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六話

 その日の夜は、同居している祖母にアミのことを説明するのに大変だった。

 祖母は祖母で自分の息子が成人もまだまだなのに女性を連れ込んだとあっては平常心ではいられなかっただろう。その誤解を解くのに、それはそれは苦労した。

 アミのことは、祖母をだますのは気が引けたけど、知り合いのハンターの娘さんを一時的に預かっているということで納得してもらった。

 ソシアルに睡眠が必要かは知らないが、寝る場所を提供しないというのも不自然なため、アミには来客用の部屋で寝てもらうことにした。

 そして、一夜明ける。

「ぐ、あ?」

 寝いびきをたてて目覚めた宗太郎は、自分のそっけない部屋の天井を見る。シミの少ない天井板に昨日の出来事を映し出すかのように思い出し、ハッとして起き上がった。

 窓を見ると日はもう登っており、いつもより遅めの起床だと気づく。昨日色々あって疲れていたのか、眠りこけていたようだ。

「遅起きとはいいご身分だねえ。さっさと降りてきたらどうだい」

「あ、ばあちゃん。おはよう」

 部屋から出た宗太郎を待ち構えていたのは、祖母のまどねだった。階段の折り返しからこちらに顔だけを見せている。

「すぐ行くよ。ところでアミは?」

「あの娘はいいこだよ。朝食の準備もしてくれたよ。どこかの朝寝坊さんとはおおちがいだね」

「ごめんって。ばあちゃん」

 まどねを追って階段を降りると、そこにはアミがいた。エプロンをかけ、出来立ての朝食を運び、朝から元気よさそうだった。

「おはようございます。宗太郎さん」

 アミは元気よく挨拶し、宗太郎を席へといざなう。

 机には基本的な一汁三菜が置かれている。献立は、ほうれん草の胡麻和え、焼き鮭、豆腐、それにご飯とみそ汁とシンプルだ。

 ほうれん草はシャキシャキと火を通しすぎず新鮮で、噛めば触感は良さそうだ。焼き鮭も脂がのって光が照り返し旨そうである。それに、ご飯は炊きたてらしく粒の一つ一つがはっきりとしており、湯気も香りだっている。

「さあ、それじゃあいただこうかね」

 まどねの音頭で三人とも席に着く。

 三人で、いただきます、と言ってそれぞれ箸をつけた。

「おいしいね。このほうれん草の胡麻和え、よくできてるよ。アミちゃん」

「え、嘘。アミが作ったのか、これ」

「はい、作り方はまどねさんから教わりました!」

 どの食事もおいしく、箸がすすむ。そうして朝食をとっていると、一つの気がかりに気づく。

 アミの目の前にも一人分の食事が並んでいるが、彼女が箸をとっていないことだ。

「あっ… …」

 アミは見た目はほとんど人間だが、その身体を構成しているのはアミダ細胞だ。アミダ生物は基本的にアミダ細胞しか摂取できず、人間のような食事はできない。

 おそらくアミもそうだ。消化できない以上、口にすれば吐き出してしまう恐れもある。

 それを、まどねに悟らせないようにするにはどうしたらよいか。

「あれ、アミちゃんは食べないのかい?」

 時すでに遅しである。

「ばあちゃん、アミは―――」

 と宗太郎が言いかけた。その代わりにまどねはさも当然のように言った。

「こうも人間に近いと食べられると思ったけれどね。ごめんね、気を使わせちゃって。ソシアル用の食事、持ってくるわね」

「―――えっ?」

 なんとまどねは既にアミの正体に気付いていた。

「ばあちゃん、アミに訊いたのか?」

「なんだい。宗太郎は私をからかうつもりでアミちゃんを連れてきたのかい。こう見えても私は半世紀も前から加工屋をしてるんだよ。ソシアルか人間かなんて一目で見分けられるよ」 

「で、ばあちゃんは驚かないのか」

「そりゃあ、驚いたさ。孫が初恋の相手を家に連れてくるみたいにソシアルを連れてくるなんて。私は泣きそうになったよ」

「いや、そういうことじゃなくてさ… …」

 ソシアルの命令回路は未だに人が操る人形の域を出ない。一定の単純作業や、簡単な指示を受け応えるソシアルでさえ高等な命令回路を必要とする。

 他にも外見を人間に似せようとするならば、複雑なアミダ細胞の組み合わせがいる。そうでなくては、ソシアルにありがちな能面のような顔になってしまうのだ。

 それなのに、まどねは人間のように反応するソシアルのアミに驚きもしていない。

「驚きはしたさ。でもね。どんな技術や節理でできていようとね。話をして分かり合えるものに悪いものはないのさ」

 驚愕すべきはまどねの懐の広さだろうか。物事をありのままに受け止めるというその姿勢は宗太郎も参考にしたいと思った。

「それにね。こうして食卓を囲んでいると、孫が増えたみたいで私は嬉しいのよ」

 まどねの息子とその嫁、つまり宗太郎の父母が亡くなり早十数年。案外、まどねは心に余裕があるというよりも空白を持て余しているのかもしれない。

 ともかく、アミはアミダ生物用の食事に取り換えると。三人は和気あいあいと食事を食むのであった。

 種は違えど、それは一家団欒と相違なかった。


 朝食を終えると、まどねは出かける用事があるというので、今日の店番は自然と宗太郎ということになった。

 アミには土地勘をつける意味合いで出かけてはどうかと勧めたものの、店番というのをしたことがないというので居残ることにしたらしい。

 店のシャッターは遅めの午前十時に開き、ガレージと同じような黒いアミダ細胞が入ったカプセルや小型のアミダ生物を棚に陳列した店を開店させた。

店の手伝いをする気満々なアミは早速宗太郎に質問してきた。

「次は、何をいたしましょうか!」

「カウンターで客が来るまでひたすら待つ。以上」

「はいっ!」

 宗太郎はアミをスルーするつもりで素っ気なく言ってやったつもりだが、アミはそんなこと気にもしない。

 アミは元気よく歩き出すと、私が一番とでも言うかのように、店のカウンターに腰かけた。追って、宗太郎もその隣に座る。

「宗太郎さん。お客様が来たら、まず何をすればよいのでしょうか」

「あー。いらっしゃいませー、って言って。客が品物を確認して、質問や会計があるようなら動く。アミにはアミダ関連の質問なんて分からんだろうし、俺がやるよ」

 実際のところ、アミは正直居なくてもいい。掃除は一人でもできるし、客の応対も宗太郎だけで事が済む。いつも通りにしておけば、特に問題もない。

 アミがここにいるメリットとはなんだろうか。

「でもでも。私だって挨拶ぐらい元気にできます。挨拶は一人よりもたくさん、たくさんよりも大きくできるのがいいと、オットー博士も言っていました。私、頑張ります」

 強いて言えば、店の清涼剤といったところか。もしかしたら、客引きをさせれば意外に役に立つのかもしれない。と、宗太郎はふと思う。

 しかし、今日のところはまず店での応対をさせることにした。

「お客さん。来ませんね」

「ああ、いつものことだ」

 通りにはまばらに人通りがあるものの、店に客が寄ってくる様子はない。アミダ関連の道具や生物は日用的に使われる一方、故障することは少ないのだ。

 アミダ生物を新規に購入するか。あるいはアミのように骨折や破損があったり、命令回路を書き換える用事でもない限り、店に人が来ることはない。三日に一人来れば多い方だ。

「もしかしてですけど」

 時間を持て余している中、アミが口を開く。

「お店、全然繁盛してないんですね?」

 それは、否定できない。

「そうだよ。俺がハンターの出稼ぎに行かなきゃならないくらいには赤字だ。好きで継いでいる仕事とはいえ、何か改善しなくちゃとは思っているんだが」

 ただし同じ加工業でもレーナのように、企業の専属をしている場合稼ぎは一定とはいえ、安定して高収入を得られるらしい。

 宗太郎もどこかの大手のパトロンがいればいいのだが、そう都合のいい縁は中々ない。

「稼ぎは少ないけど、食うには困らない。けどな… …」

 質素に暮らすならいい。しかし宗太郎は育ちざかりのハングリー男子なのだ。

「お肉、食べたい。ステーキ、焼き肉、ハンバーグ食べたい。もっと贅沢に暮らしたい!」

 お金はあるに越したことがない。今の生活費にしろ、将来の未来設計にしろ。金はいくらでも必要だ。できればガレージを使った工房も、専用の施設に建て替えたい。

 それもこれも、貧乏が悪いんじゃ。

「で、では、私も一肌脱ぎます。文字通り、そのまま意味です」

「どれだけ頑張ってもソシアルばれするだろ。それにそんな水商売、男の金の問題でさせられるかよ!」

 宗太郎は頭を抱える。アミは一途なのか、頭の回転のベクトルがおかしいのか。どうも奇妙な発想に行き着く。

 できれば、こちらの言い分を聞いて大人しくしてもらいたいものだ。

「―――」

 そんなこんなで店番を続けていると、店先に人影が現れた。

 客だろうか。

「い、いらっしゃいませー!」

 アミが一番に気付き、元気良い発声でお出迎えする。パタパタ、という効果音がしそうな足取りで、アミは店頭に向かった。

「慌てるなって、ガツガツ行くとお客に逃げ―――下がれ!」

 宗太郎は気づく。その人影は人間ではない。

 アミが、えっ、と反応する間もなく。人影、いやソシアルが両腕に携帯していたアミダ兵器の銃口をこちらに向けてきた。

 そのソシアルには首輪はなく、引き金を引く躊躇もまた一切なかった。


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