五話
組合の扉を開けると、そこは相変わらず陽気なパブが待ち構えていた。
間もなく夕方というので宗太郎が来た時よりも人が多い。狩りがうまくいって祝杯を挙げる者、昼から飲み続けいている者も交えて、活気づき始めている。
宗太郎は今日の収穫と出会いに辛いジンジャーエールで一杯といきたいところだが、まだ仕事は残っている。
報酬受付に行くと、ちょうど運搬を頼んでいたシュトラウスやアーマネスが別の入り口から搬入されていた。
「宗太郎さん、大収穫っすね。でも、頭数制限に引っかかった分は差し引かせてもらいますよ」
報酬受付の受付嬢は狩猟受付の受付嬢と容姿も喋り方も瓜二つだ。聞いた話では双子の姉の方らしく、見分けは立ち位置でつけているようなものだ。
受付嬢は狐を思わす切れ目の長い眼で宗太郎と、隣のアミを見た。
「見かけない娘っすね。宗太郎さんの恋人ですか?」
「はいっ!」
「大声で返事するな! それに違う!! こいつはさっき会ったばかりの自意識過剰少女だ。名前はアミっていうんだ。俺はこいつに、助けられた」
受付嬢は自慢の金色のポニーテールを振って、二人を交互に見合わせた。
「助けられたって、彼女もハンターですか?」
「いや、ちょっと複雑ないきさつがあってだな… …」
さて、どのように説明しようか。アミが実はソシアルであることなど言えようもないし、蹴りでアーマネスから救われたなど伝えようもない。更に彼女はハンターではないのだ。狩猟許可証を持たない彼女が緊急とはいえアーマネスを狩ったとあれば手続きも面倒だ。
宗太郎はつい口を滑らせた自分のせいなので、何とか言い逃れることにした。
「あれだ。武器を落とした時に拾ってくれて、こう。間一髪でアーマネスのアミダ核を撃ち抜いたのさ」
「それにしては、アーマネスの損傷具合がひどいのですけど」
「生きるか死ぬかってときだったんだ。ちょっとした秘密兵器を使ったのさ。なあ、アミ」
アミは急に話題を振られたので、意図を察したのか首振り人形みたいに首肯した。
「そそそそそ、そうです」
ただし、嘘は下手なようだ。
ともあれ、宗太郎は今回の狩猟物をザっと見渡す。
シュトラウス二十八頭、うち損壊が激しいのは十一頭。これはアーマネスに蹴り飛ばされて死んだ個体だ。実質狩りでとれたのは十七頭だ。
頭数制限を超えたものはペナルティとして適正価格よりかなり安値で組合に引き取られる。不可抗力とはいえ、仕方がない。狩猟資格を停止されないだけ温情だ。
アーマネスはというと、こちらはアミダ核ごと断裂している。それでも、重機関銃部位が1つ壊れ、足が一本折れているのを除けば状態は悪くない。
アミダ兵器である四連装ミサイルポッド、重機関銃一丁、ワイヤーアンカーは無事だ。取り外せば、そのまま使えるだろう。
「ここまで解体できてアミダ核が使えないのは少し残念っすね」
「無茶言うなよ。アーマネス相手に停止だけさせようと思ったら、持っているアミダ弾頭だけじゃできないって。アミダ細胞の質が違うんだよ。質が」
アミはそう聞いて、キョトンとする。
「宗太郎さん。アミダ細胞の質って何ですか」
「ああ、知らないのか。アミダ生物は生物的な代謝を必要としない代わりに、アミダ細胞が持つエネルギーだけで動く。つまりアミダ細胞はエネルギーの貯蔵庫だ。シュトラウスがハーベストを食べるのも、アミダ細胞のエネルギー量を維持するため。しかし、アミダ細胞には生物ごとにエネルギーの貯蔵量が違う。それを俺たちは、質って呼んでるんだよ」
「なるほど、なるほど。私のおなかがすくのも、同じ理由なんですね」
アミの独り言に、受付嬢はいぶかしがるような顔をした。
宗太郎はそれをごまかすように話題を変える。
「ところで、総額はいくらぐらいになりそうだ?」
「えーと、ですね」
受付嬢は素早く電卓を叩き計算をする。基本的なアミダ生物の買い取り額に、シュトラウスのため込んだ金属、アーマネスの買い取り額にそれぞれ運搬費や損壊度によるマイナスも計算に入る。
「このくらいっす」
受付嬢は計算を書き込んだ紙を見せてくれた。
宗太郎の本業の加工屋の収入に比べれば、シュトラウスは合計で半月分、金属の買い取りは三か月分、アーマネスに至っては六か月分にもなる価格だ。
狩猟に用いた使い捨ての道具云々による経費から差し引いても、これはかなり破格の値段だ。
「そうだ。アーマネスのワイヤーアンカーは持ち帰らせてくれ。培養しなおせば、うちのクーゲルの改造に使えそうだからな」
「了解っす。じゃあ、アーマネスの買い取り額から少し引いておきますね」
そんなやり取りを横から見ていたアミは、感心したように目を輝かす。
「お金持ちですね。宗太郎さん」
それでもアミの持ち金をやや上回る程度にしかならないとは、アミも思わないだろう。
宗太郎は本当のことを知っていて複雑な気分になりながらも、アミに耳打ちする。
「馬鹿言え、ハンターじゃないから正式には渡せないがアーマネスの分はお前の分だ。まあ、アンカーは手数料と思って譲ってくれ。何なら差額分出すからよ」
「えっ」
アミは目を丸くして驚く。まさか自分の取り分があるとは、思ってもいなかったのだろう。
「やっぱり、宗太郎さんは優しいです!」
そう言って抱き着こうとするアミを、宗太郎は衆目の中なのも相まって両手でかたくなに拒否した。
気持ちはうれしいが、女性とちちくりあう様を他人に見せつけるほど恥も外聞もないわけではない。場所とタイミングは選んでほしいものだ。
「お二人は仲が良いっすね」
受付嬢から温かい眼差しを受けつつ、二人がじゃれあっていると後ろから声がかかった。
「あら、小物狩りのくせに今日は大物じゃない」
どこか高慢不遜、高飛車なこの声は宗太郎にとっては聞きなじみのあるものだった。
「なんだ。レーナか。久しぶり」
宗太郎の傍らに少女はいた。背は小柄で月の光と錯覚するような銀色の長髪が目立ち、黒曜のような瞳が強い意志を宿している少女だった。服は黒いドレスで、元々細身の体をより一層細く見せている。まるで、お人形という表現がぴったりな風貌だ。
「久しぶりもなにも二日前に会ったじゃない。忘れたの。相変わらず、ソシアルより物覚えが悪いようね」
「へーへー、ご存じのとおりですよ。そんなレーナ様がこんな所に何用かな?」
ワザとらしく丁寧に言ってやると、レーナはこめかみを押さえて呟く。
「こんな奴、心配して損したじゃない」
代わりに、受付嬢が答えた。
「レーナさんには用事があって今回の件を話したら、宗太郎さんのことを心配してすっとんできたんっすよ。冷たくしないでくださいよ」
「バッ、バカね。私はアーマネスを仕入れたからアミダ核が手に入ると思って慌ててきただけよ。でも、来ただけ無駄だったようね」
無残にもアミダ核が砕かれているアーマネスを見て、レーナはため息をつく。
それに気づいたアミは被りを振って頭を低くした。
「す、すいません。私のせいで」
「なんで貴女が謝るの? 狩猟したのは宗太郎の方で―――。うん?」
レーナはアミに近づくと、まじまじと顔を見た。何か訝しがられるようなことでもしたのだろうか。
「どうした。レーナ」
「… …ううん。何でもない」
アミから目を離すと、レーナは宗太郎に向き直る。
「アーマネスの核がないなら、私はもういる必要もないわね。これに懲りたら危険地帯には近づかないようにするのよ」
「ああ、ほどほどにしておくよ」
「ち、か、づ、か、な、い、の!」
「わ、分かったって。肝に銘じておく」
レーナは、ふんす、と鼻息荒く忠告すると、そのまま組合の出入り口から出て行ってしまった。
アミはそんな後姿を見つめつつ、はたと気づいた。
「私、自己紹介もまだでした。レーナさん。とはどんな方なんですか」
「俺と同じ加工屋兼ハンターってとこだな。ただし、俺と違って加工業の方にご執心だ。それにソシアルの専門家でもある。この街なら、ソシアルに関してレーナ以上の腕前はいないさ」
「それは宗太郎さん以上と言うことですか」
「俺なんかペーペーさ。好奇心が高じて加工屋もハンターもやってるだけで天性の才ってのはこれっぽっちもないんだよ。まったく、嫉妬するね」
と言いつつも、宗太郎の顔は微笑に満たされている。まるでレーナのことを他人事ではなく自分のことのように喜んでいるかのようだった。
「レーナとは、これからも世話になるはずだ。その時にまた自己紹介をすればいいさ」
宗太郎はアミにそう諭したのだった。