二話
どこまでも続く晴天は今日という日を祝福してくれているかのように明るく澄み渡っていた。まるで空に海を縫い合わせたかのようだ。
近くには森があり、木々がうっそうと茂っている代わりに化け物の口みたいな大きい獣道がぽっかりと開いていた。
もう少し離れた小高い丘の上には大きな一本の樹木が生えており、起伏の少ないこの土地ではよく目立っていた。
そんな樹木の木陰の下、宗太郎は木の葉のようなものを身体に巻いて草むらに潜んでいた。
よく見れば、身に着けているのは緑色のアルミ製で作られたフードで周囲の背の高い一年草に迷彩として紛れ込み、一見して人がいるとは分からない風になっていた。
またフードで隠れきれない足元は子飼いのシュトラウスである、タコを座らせて隠している。
そこから約五十メートル先には背の低い草の生えた高原があり、点々と数えて五十匹ほどの群れた野生のシュトラウスがいた。
シュトラウスは駝鳥のような長い首を持ち、頭にアンテナを三本立て。全身に毛皮や羽毛などなく無機質にのっぺりとしている。アミダ核は胸のところにむき出しで、卵型の胴体に二本の割りばしみたいな脚が付属していて。胴体は固いセラミックス状の羽によってカバーされていた。
多くのシュトラウスは高原の上を這うハーベストというアミダ生物を、首をもたげ悠然と追いかけて捕食している。ただその中の一匹だけは首を天に向かって伸ばし、周りを見回していた。
そいつは<牛飼い>と呼ばれるリーダーで、群れの監視役だ。生意気なことに赤外線と電磁波を感じ取るレーダーを頭部に内蔵しており、近づけば一キロ先にいる捕食者でさえ探知してしまう。
そのため、狩りの際はこのレーダーに探知されるのを承知で時速四十キロのシュトラウスに車や改造したアミダ生物で一気に近づくか、隠れて近づくか、になる。
宗太郎の作戦は後者で、特製のフードは視覚的だけでなく、赤外線や電磁波でも見つからないようになっている。更に、シュトラウスの後ろに隠れることで微々たる違和感もごまかすことができている。
待つこと数分、<牛飼い>も食事をしないわけにもいかず、首をもたげてハーベストを追いかけ始めた。
ここで宗太郎は動き出す。フードの下に隠していたのはアミダ兵器、名前はクーゲルといい。宗太郎は、外見はライフルに似た上下にバレルが二つ付いているそれを、タコの上で構える。
寝そべるわけにもいかないため、直立のまま左腕で右腕の橈骨を握って固定し、固定された左腕の二の腕にクーゲルの銃身を置いた。
距離は宗太郎にとって必中の距離だ。
プツッと銃声よりも小さい、空気が瞬間的に漏れるような音がこぼれる。すると、樹木の一番近くにいたシュトラウスの一頭がふらりと体勢を崩して、地に伏せた。
そして、シュトラウスの群れが一斉に首を持ち上げた。
宗太郎は間髪入れず、フードを脱ぎ捨てて、背の高い一年草から飛び出した。
「アラララライ!」
喚声と宗太郎の姿に驚き、シュトラウスの群れはあわめきたつ。宗太郎はその間も、走りながらクーゲルを構えて近くのシュトラウスを狙い、撃つ。
またしてもシュトラウスに命中し、倒れる。だが、シュトラウスは一度地面に身を投げうったかと思うと、二足の脚をばたつかせ再び立ち上がった。
「っ! 弾が抜けたか」
アミダ生物全般は生物とは身体の仕組みが違う。血を流さず、アミダ核からの電気信号だけで動くアミダ生物は鉛の弾丸を喰らっただけでは止まらない。
そのため、クーゲルの弾丸は弾頭にアミダ細胞を組み込んだ特別製だ。この弾頭はアミダ細胞に触れることでアミダ生物の全身に電気による強制停止命令を送ることができるのだ。
つまるところ、弾丸は貫通してしまえば効果がない。
「アラララライ!」
宗太郎はクーゲルを振り回し、シュトラウスの群れを森へと追い込む。するとシュトラウスらは自然と森に穿たれた大きい獣道に殺到した。
あらかた追い回し、森の中にシュトラウスを押し込んだ後、宗太郎は慌てることなく首にかけた銀色の笛を吹いてタコを呼ぶ。
シュトラウスの群れはもう森の奥へとずいぶん突き進んでしまい、追いつくにはだいぶ時間がかかりそうなほど距離を離されてしまった。
だが宗太郎に焦る様子はない。むしろ余裕を持って、群れの後を悠々と付いていくのだった。
森の中へと進むと、道端に二匹シュトラウスが倒れていた。その胴体にはセラミックの羽を貫くように槍が刺さっていた。
ブービートラップである。
けもの道の上には弛んでしまった太いロープが残され、道のわきにある茂みの中には加工した樽が四つに仕切られている。宗太郎があらかじめ設置していた簡易射出装置だ。槍の穂先にはもちろん、クーゲルの弾頭と同じものが使われている。
その道の先にも、同じような間隔でシュトラウスが倒れており、どれも身体に槍を残している。罠はどれもうまく作動したようだ。
「これで三匹、… …ここに三匹で六匹か」
宗太郎が仕掛けたブービートラップは全部で六つ。慌てているシュトラウスはこれが面白いほどかかる。下手に追いかけて狙い撃つよりも確実だ。
走らせるタコの上から、宗太郎はかかった獲物の数を指折り数えて、けもの道をたどっていく。
すると、その道すがらうずくまるシュトラウスに近づく人影があった。
「なんだ。なんだ。これは俺の獲物だぞ。横取りか?」
歳は宗太郎と同じくらいの十代半ばだろうか。風に揺れる麦穂畑のようなきれいなブロンドの髪で、目には瑠璃色の光を宿している。頭にアンテナのようなくせ毛と、奇妙なことに造り物とすぐわかる猫耳を生やしている。腰からは更に奇矯な、金属で作られたようなケーブル状の尻尾を二本伸ばしていた。
赤茶けたワンピースを身に着け、狩りには到底向かない服装をしている彼女に、宗太郎は抗議めいた言葉を発しながら傍に寄った。
その時、女性は何か言葉を発した。
「弱―――いじ―――ません」
「えっ、何だって」
宗太郎は騎乗したまま挨拶も悪いかと思い、タコから降りる。徒歩で近づくと、女性は中々の美形で整った顔立ちをしていることが知れた。
そんな女性がキッと宗太郎の顔を睨み、思いもよらない行動に出た。
「弱い者いじめは、いけません!」
女性はワンピースを翻すと、跳躍。そのまま左ミドルキックを宗太郎の腹に深々と刺した。
宗太郎は突如のことに反応もできず、横っ腹に衝撃を受けてふらついた。
「ゲッ、ゴホッゴホッ。何しやがる」
「貴方は野蛮です。こんなか弱い生き物たちを罠にはめて苦しめるだなんて、恥を知りなさい」
「恥も何も、こっちは許可取って日々の糧を得てるんだよ。飢え死にでもしろってのか」
「おなかがすいてるならそこのハーベストでも取って食べればいいじゃないですか」
人間にはアミダ生物を吸収する消化構造がないため、それはもちろん無理だ。
話している間にも、女性はシュトラウスに刺さった槍を抜こうと奮闘し始めた。
「こらっ。何してやがる」
「あっ―――」
槍はあまり抵抗なく抜けた。そうなると、シュトラウスも自由が利くようになり起き上がる。
そして、暴れるは暴れる。助けてくれた命の恩人の女性に対して遠慮容赦なく、固い羽根で何度も女性の頬を殴る。
女性はこれにはたまらず、のけ反って後ろに倒れこみそうになってしまった。
「あぶな!」
宗太郎は咄嗟に腕を伸ばして女性を受け止めた。
その間に、束縛から放たれたシュトラウスは女性など気にも留めず、群れを追って駆け出して行ってしまった。
宗太郎は女性の身体を見やる。ケガは、なさそうだ。
「これは、ハグ、ですね」
星をちりばめたスカイブルーの眼が、宗太郎を見上げる。その綺麗な目の輝きに、旋律のような言葉に宗太郎はドキリとさせられた。
「私はアミと言います。お兄さんのお名前は?」
「お、俺は宗太郎。大山宗太郎だ」
「宗太郎さんですね。私、人間の皆さんと仲良くなりに来たんです」
人間の皆さん、というフレーズに違和感を感じつつも。宗太郎はアミの迫力に圧倒され、おお、と相槌を打つ。アミの目にある光点の輝きは増すばかりだ。
アミは春風のごとく一息に言葉を紡ぎだす。
「宗太郎さん。私と生殖行為をしませんか!」
「なっ!?」
唐突な言葉に宗太郎は度肝を抜かれ、その手にしていたアミの身体から離れる。
一方で当の本人はうろたえることなく、宗太郎の顔をまっすぐと見つめていた。
宗太郎もまた悪寒を感じつつもアミの顔をしっかりと見返していた。