一話
組合の扉を開けると、そこは喧騒に満ちていた。
木造りの吹き抜けになった梁が目立ち、天井から吊り下げられた照明が室内を明るくし、その活気をも灯しているようだった。
「へいらっしゃい。何か飲むかい」
組合、といっても堅苦しい施設だけではない。円形のテーブルに椅子が並べられ。狩猟者、ここではハンターと呼ばれる彼らが昼間から酒を飲んだり、食事に舌鼓を打っていたりしていた。
「おい、宗太郎。こいつを飲んでいかねえか」
歩いていると宗太郎は顔見知りの年上の男に呼び止められる。男は髪もひげも伸ばし放題で不潔な印象を与えるが、強面の顔から放たれる愛嬌のいい笑顔が多少好印象な人物だった。
強面の男は宗太郎という男、というより少年に、エールが注がれた樽のようなコップを差し出していた。
「おっさん、俺は未成年だから酒は飲まねえっていつも言ってるだろ。酒の飲みすぎで忘れちまったのか」
「ガハハハ。俺はつまらねえ話も一緒に呑んで忘れちまうんだよ」
強面の男はそう言って、自分の席の愉快な仲間たちがいる場所へ戻ってしまった。
宗太郎は呆れつつも、パブのスペースを抜けて更に奥へと進んだ。
そこは狩猟受付と報酬受付の二つが並んでおり、傍らには提示版が置いてある。
提示版の方には討伐案件や捕獲依頼などが乗っており、その前で腕を組んで相談する人だかりも見える。
討伐や捕獲の対象は旧大戦以前の技術で作られた人工生物のアミダ生物と呼ばれるモノ。人間に危害を加えたり、単純にアミダ生物からとれる素材や鉱物を狙って、狩られているのである。
そのアミダ生物を狩ろうと相談している彼らは皆一様に、装備を固めている。アミダ生物から取れる素材で防具を固めている者もいれば、あくまでも鋳造された甲冑のようなものを着る者、アラミド繊維を織り込んだバリスティックアーマを着る軍人のような連中もいる。
防具は色々あれど、武器はすべてアミダ細胞を加工した生きた武器、アミダ兵器を身に着けている。
アミダ兵器はアミダ生物の粘菌の複合体のような構造、アミダ細胞を利用して、兵器としての性質に特化させ、培養することで作成された武器だ。
なお、宗太郎の本業はこのアミダ細胞を培養し、加工し、武器や日用品を作るのが仕事だ。ハンターは宗太郎にとってあくまでも副業にすぎないのだ。
宗太郎が受付に近づくと、報酬受付には先客がいた。受付台にはソシアルと呼ばれる人間のような等身を持つ社会生態のアミダ生物が乗せられていた。
ソシアルは体長は二メートルと人間よりやや高く、全裸でなめくじのような柔らかな肌と粘膜で身体を守っており、顔は他の肌と一緒ではあるものの頭巾を被ったような能面だった。目はないのに周囲を感知できるし、なにより彼らはアミダ兵器と同じような武器も使う。
今まさに横たわっているソシアルもアミダ核と呼ばれる急所を破壊されて死んでいるけれど、アミダ兵器は無事なままだ。ハンターの方はアミダ兵器は自分のものにしたいと言い、受付の方は渋っている様子だ。
それはソシアルの希少部位がアミダ兵器と、アミダ核にあるからである。アミダ生物の中でも複雑な動きをするソシアルはアミダ核に命令回路と呼ばれる、アミダ生物が何をして何ができるかを指示した、生き物でいう脳みそのマップが存在し、アンインストールして取り出すことでこの命令回路を手にできるのだ。
命令回路は新たな命令や指示を書き込むことで召使のようにアミダ生物を操ったり、労働者のように振舞わせることもでき、非常に高価なのだ。
ただし、アミダ核は見たところ壊れているのでソシアルには普通のアミダ細胞しか残っておらず、引き取り価格も安くなってしまうようだ。
宗太郎が用事があるのは報酬受付ではないので、それを横目に狩猟受付に向かった。
ここでの掲示板の依頼をこなすための簡単な受付の他、ハンターが自分で狩りたい獲物がいる場合に申請するときにも使う。宗太郎の用事はこの後者の方だった。
狩猟受付の受付嬢が宗太郎に気付いた。
「宗太郎さん。久しぶりっす。本業ほったらかしてハンター業っすか。精が出ますね」
「うるせえ。本業の受付はばあちゃんがやってるし、稼ぎはハンターの方が良いから出稼ぎだよ」
「そんな宗太郎さんに朗報、今なら南岩窟地帯のギュルテルティーア討伐がお得っすよ」
「馬鹿言え。ギュルテルティーアは一軒家ほどの化け物だろ。討伐には猟団を組まなきゃ無理だよ」
「ええ、そうっすか。私知ってんすよ。ギュルテルティーアを単独で討伐したことあるのは宗太郎さんもだってこと」
「… …あのなあ。あの時は緊急討伐だったし、不幸中の幸いもあった。そうそうあんなアミダ生物に遭遇したくないっての」
宗太郎はあらかじめ書いた許可申請の書類をサッと受付嬢の目の前で紐解いた。
すると、受付嬢は仕事モードに入り真剣なまなざしに変わる。
「シュトラウスとは宗太郎さんには珍しく、小物っすね」
シュトラウスとは通称駝鳥。二足歩行の足が速いアミダ生物で、特に高値で取引されているわけではない。
攻撃性も皆無で、初心者のハンターによく狩られているイメージがある。
「あれ? それなのに危険地帯の近くまで行くんっすか」
「あくまでも近くってだけさ。それに危険を承知でも、今回の実入りは大きくなる予定なんだよ」
宗太郎は周囲を注意深く確認してから受付嬢に耳打ちをした。
「ここのシュトラウスは高価な金属を採取しているハーベストを捕食しているシュトラウスなんだ。調査したから間違いない。あの身体には高価な金属をたらふくため込んでいる。金のガチョウ、いや金の駝鳥なんだよ」
「そうなんっすか。いいっすね。でもシュトラウスには狩猟頭数制限がかかってますよ」
「何? 頭数制限は来月からじゃなかったのか」
「最近シュトラウスをアミダ生物狩りの教本みたいに乱獲されちゃって頭数が激減しちゃったんすよ。だから一月前倒しになって、今は月二十頭までならオーケーっすよ」
「二十か、せめて三十頭は狩りたかったが。仕方ねえ」
「了解したっす。じゃあ、修正しときますね」
受付嬢はテキパキと書類を書き直すと、写しを宗太郎に渡した。
「はい、これで受付終了っす」
「おお、ありがとな」
宗太郎は写しを丁寧に受け取り、カバンにしまい込んだ。
「ところで改めて注意するっすけど、危険地帯近くではアーマネスも稀に外に出てくるっすから。遭遇しないように注意してくださいよ」
「分かってるって」
宗太郎は一攫千金の夢に浮かれ、受付嬢の忠告も半分に組合の出入り口に急いだ。
組合の外には宗太郎所有の乗馬用に命令回路を組んだアミダ生物がいる。名前はタコと言い、シュトラウスをベースに脚部の改造がなされ、複雑な指示を受け応える知能を持ち合わす、まずまずの代物だ。
宗太郎は首にかけていた銀色の笛で合図を送ると、タコは身をかがめる。そのまま背に乗ると、タコは自動的に身を起こして歩きだしたのだった。