スノーファンタジー(僕と雪女の最初で最後の恋)
雪女が好きすぎて作者が暴走した短編。
まったく後先考えてないので、今後のことを考えていません。
ああ、そうか。
きっと僕は雪の魔法に掛けられたんだ…………。
僕は星の降る雪山で君を見つけた。
青みがかった白銀の髪。
雪と同化してしまいそうな白い肌。
そして、嬉しそうに、寂しそうにゆれる、氷蒼の瞳。
そんな名も知らない君に恋をしたんだ…………。
一年の内、晴れる日は数日だけで他の日はほぼ雪が降り続け、
雪が溶けることない極寒の地。
人間は絶対入ってはいけない、雪の精が住むと言われる禁忌の場所。
そんな人里離れた雪山に、僕はいたんだ。
ここに来ることは誰にも言ってない。
だって、誰にも、僕にも理解できない衝動だったから……。
僕は本能に導かれるようにここに来たのだ。
だって、ここには……。
僕はその思いを胸に雪山を登った。
いや、登ると言うより泳ぐと言った方よかった。
膝まである新雪をかきながら進んでいくさまは、海で溺れそうになって手足をばたつかせている子供を連想させた。
そんな人間を拒絶する雪山の頂に彼女はいた。
一目で彼女が人外のものだと思えた。
彼女の人ならざる美貌もさることながら、問題はその服装だ。
うっすらと青みお帯びる薄手の着物は離れていても分かるほど上質だが、それしか身につけていない。
この極寒の地で、人間では数分も持たない服装なのだ。
さすがに無知な僕でも分かる。
彼女は異質な存在なのだと…………。
でも、僕の心に不思議と恐怖は無かった。
彼女に出会えた喜びの方が大きかったからだ。
「本当に……本当にいたんだ!」
独り言のように呟き、膝まである雪を掻き分け、泳ぐように彼女に向かう。
ほんと、彼女を見るまで怪談とか、昔話とか、まったく信じていなかったのに、今は信じる気になっていた。
「あなた……なんで……ここに……何しに来たの?」
そんな僕を出迎えたのは、冷たく、トゲのある声。
なのに僕には、
僕の身を心配するように聞こえた。
それどころか冷たく睨む氷蒼の瞳に、どこか温かみを覚えた。
もしかして僕の思い違いかもしれないが、君の態度に寒さで凍りついた頬も自然にほころんだ。
僕はこれまでの人生で。
誰からも愛されなかった。
誰も愛せなかった。
一人で生きてきたんだ。
いや、そんなこと、どうでもいい。
君に出会えたのだから。
そんな思いが顔に出てたのだろう。
「しょうがない人ね」と彼女は僕に微笑んだ。
その笑顔はとても綺麗だったけど、どこか寂しそうでもあった。
そんな運命的な出会いを経た僕たちは、
誰が?
いつ建てた?
そんな疑問のある朽ち果てた教会に移動していた。
外気の寒さはしのげたのだがまだ寒い僕は、彼女には悪いが持っていたマッチで枯れ枯れのイスを壊して火をつけ、暖を取っていた。
「ねえ、人間の住む国には、四季というものがあるの? 夏って暑いの?」
焚火の炎を珍しそうに見ながら、人間に生活に興味津々といった彼女の銀糸が揺れた。
「うん。そうだね……」
僕は、僕の時間が許す限り彼女との会話を楽しんだ。
「私はこの国を出たことが無いの。だからこの国を出て夏というものを見に行きたい。ううん。この国を出ていろんな所に行きたい。それが私の夢よ」
迷いのないキラキラした瞳の彼女。
でも僕は苦笑いして、
「でも、夏はすごく暑いよ? 君は溶けちゃうかもよ?」
「大丈夫よ。これでも私、暑さには強い方だから」
「いやいや、何を基準に言ってるの? ここ、無茶苦茶寒いからね!」
「え? 今日は暖かいほうでしょ?」
その言葉を聞き、彼女は絶対、この国を出てはいけないと思った。
「むうぅぅぅ」
彼女は頬を膨らませ、恨めしそうな視線を一瞬だけ向けた。
そんな仕草もいとおしくて、僕は穏やかに彼女を見ていた。
なぜだろ?
それで、全部わかると思ったのだ。
「まあいいわ、夏に行けなくったて……。だって、この世界は知らないことの方が、想像する方がロマンチックなのでしょう?」
そして次の瞬間には、口元で手を合わせ微笑む彼女。
彼女の仕草一つで、僕の心臓はビクリッと跳ね上がる。
なんだか、まったく、他愛のない会話しかしてないのに…………。
彼女の一喜一憂が楽しかった。
嬉しかった。
僕は幸せだった。
そんな彼女に、僕はふとした疑問をぶつける。
「ねえ。君って何歳? やっぱり雪の妖精だから300才とか? もしかして……それよりもっと上?」
僕の質問が唐突過ぎたのか?
彼女は一瞬驚いて、
「…………それで、人間の世界には馬もいないのに、走る馬車があるって本当?」
思い切り不自然に無視された!
いや、無視なんて生ぬるい物じゃない。
これは『黙殺』って部類のものだ。
でも、まあ、いいか。
僕は笑いながら彼女の問いに答える。
それからも僕は、彼女といろんなことを話した。
彼女の国のこと。
僕が住んでいた村のこと。
彼女が、彼女の国では王女様候補だってこと。
そして…………………………。
僕は病気で、こうしていられるのも、もう僅かだってこと……。
「そう……やはり……そうなのね…………」
僕のが吐露した言葉に、彼女は驚くことは無かったが一縷の望みも絶たれたように、その瞳が悲しそうに揺れた。
それはまるで、泣きたいのを我慢しているように見えるのは、僕の自惚れなのかな?
僕はここで死ぬことが幸せだと思っている。
でも、彼女はどうなのだろうか?
村の言い伝えにあったのだ。
『かの山に登った者、生きて帰らず』
確かそんな言葉だったと思う。
「ごめんね。君はとても良い人なのに、きっとこの国の人も良い人なのに、この国に来ると皆死んじゃうって噂が、また広まっちゃうね?」
そんな僕の言葉に、「そんなこと気にしないで」と言うように彼女は僅かに首を振り微笑んだ。
寂しそうに笑う彼女の側に、近づきたくて立ち上がろうとして。
僕はそのままくずおれた。
どうやらもう、最後の時が来たらしい。
「無理をしないで」
すでに身動きできない僕の体は彼女に抱きかかえられた。
「こうすると、少しは楽かしら?」
スッと僕の後頭部を優しく包むなにか。
僕の頭部がすっぽりと彼女の膝に納まった。
もしかしなくても、これが膝枕と言うやつだ!
自分が情けないと思うと同時に、これはこれで良かったと思う自分がいた。
だって、
最愛の女の膝枕なのだ!
僕は極上の時間を味わう。
後頭部がヒンヤリしているけど、どこか暖かい。
これが温もりってやつなんだろうか?
それに、
もう痛み止めの薬もないのに、全身を襲ういつもの痛みも襲ってこない。
こんな、身も凍るような雪山でも……。
ああ。
僕は幸せだ。
「………………幾千の月日を越えて待っていたのに、あなたはもう、逝ってしまうのね?」
彼女が僕の頬を優しくなでる。
僕の頬に、なにか冷たいものがぽとりと転げ落ちた。
「ねえ? 命はいずれ終わるもだよ。どんなに愛し合っていても、いずれ終わりが来るんだ」
彼女の悲しみを、少しでも和らげようとするが、
「ならなぜ? ……私たち出会ってしまったのかしら?」
柔らかく、それでいて悲しい音で彼女が囁く。
その声音は僕を責めると言うより、なにか運命みたいな巨大な意思に逆らうように響いた。
「ねえ、どうして? どうして私たちは出会ってしまったの?」
頬をなでる寂しそうな彼女の笑顔を、僕はただ眺めていた。
それだけなのに、僕の胸がキュッとした。
いつもの発作じゃない。
だってこの痛みは…………。
痛いけど、どこか悲しくて、甘くて、優しくて……とても大切な感情だと思えたんだ。
「……ごめんなさい。少し取り乱したわ」
僕の表情が困っているように見えたのか?
彼女は仕切り直すように、粉雪みたいにふわりと微笑む。
そんな彼女に、僕は上手く笑い返せただろうか?
「ああ。ああ。なんだか……」
僕の体に限界が来たのか?
とても……とても眠くなってきた。
もう、痛みも寒さも、なにも感じない。
彼女頬をなでる感触だけが、僕の感じる唯一の感覚だった。
彼女と一緒にいるからだろうか?
もう、病気とか死とか、何も怖くない。
それに、
どうあがいたって、僕の命はもう僅かなのだ…………。
でも良いんだ。
「……………………」
無言の彼女に、無言で視線を向けた。
ありがとう。
何も言わないでくれてと…………。
氷蒼の瞳から落ち続ける、涙をぬぐいもしない彼女の手を僕はそっとつかんだ。
「僕は君に出会えて、初めて愛を知ったんだ」
「でも……あなたは……」
何か言おうとした彼女の唇を、僕は首を振ることで制した。
だって、これが僕の答えだからだ。
これは、僕にとっての終焉。
言うなればハッピーエンドってやつなのだ。
「ああ。そんな……ああ……」
世界の終りのように、でも、静かに声を上げる彼女。
そんな彼女の声を聞きながら、僕は満足して目蓋を閉じた……………………。
「ああ。ああ。せっかく出逢えたのに……。もう、さよならなの?」
ポツリと彼女が呟く。
彼女が今、どんな顔をしているのか見たい。
でも、
もう体が動かない。
目蓋も閉じたまま開かない……。
死期を悟った僕だが、それでも彼女の言葉は聞いていたい。
聞いていたかったんだ……。
そんな僕の耳朶に響く彼女の声。
「こ、これは、さよならじゃないわ!」
彼女は鼻をすすりながら、寂しそうに言った。
なぜだろう?
潤んだ蒼氷の瞳が強い意思が光った気がした。
「さよならじゃないわ……私は見つける。何年、いえ、何十年、何百年たっても、例えあなたが何万回生まれ変わっても! 私はあなたを探し続ける。必ず見つける。そして……幸せになるの! それがあなたと私の、本当のハッピーエンドなのよ!」
コトリッと何かが頬に落ちた。
ああ。
なんでだろう?
愛しい君が悲しそうに泣いているのに、なんでこんな満たされた気分なんだろう?
愛された経験の無い僕には分からない。
僕の頬に流れる涙の意味さえも……。
でも、これだけは君に伝えられる。
僕の体は、もうほとんど動かないけど、口の端を吊り上げる。
「うん。それじゃ……僕も……頑張るよ。君に……見つけてもらえる……ように……今度こそ……一緒に……」
頬の筋肉が引きつる。
心臓はすでに動きを止めていたようだ。
多分、僕の体は硬直しているのだろう。
それでも僕は彼女に笑顔を向けたい。
ああ。
僕は上手く笑えただろうか?
「ええ。ええ。今度はちゃんと、例えどんなことがあってもあなたと一緒にいるわ!」
そんな不安を払う様に、彼女は多分微笑んだ。
ああ。
僕は満足だ。
星降る雪山で、
優しく光る月光の下で、
僕は雪の妖精《最愛の女性》に会ったんだから…………。
「ああ……行ってしまったのね…………」
永い、本当に永い間、待っていたのに……。
私の伴侶がやっと見つかったと思ったのに……。
最愛の人になるはずだった、あなたは逝ってしまった…………。
一夜だけでも、いえ、数時間、数秒だけでも、もっと一緒にいてほしかった。
でももう、それは叶わない夢。
私は、冷たくなったあなたの、魂の抜け殻になった肉体をそっと床に置いた。
「まったく……どこまで焦らせば気が済むのかしら……」
私は乱暴に頬を拭う。
頬についていた何かが、カラカラと床に零れ落ちた。
だが、そんなものは知らないし、知りたくもない。
私は空を見上げるように上を向く。
別にこれ以上、瞳から零れるなにかを阻止したのではない。
ただ、これからのことを考えるためだ。
「すんっ……………………。さあて、次にあなたを見つけるまでに、私は何をしようかしら?」
言いながらも私は無理やり口の端を上げた。
そんなことは決まっていることだからだ。
次に会った時には、私はあの人の全てを守る盾に、剣になろう。
あの人に降りかかろうとする、全ての災いから救おう。
そのために、私は強くなる。
精神的にも、肉体的にも……。
だって私は、彼と幸せに、本当のハッピーエンドになりたいのだから………………。