ミラーハウスにおんねん。
ここはすっかり人気の無くなってしまった裏野ドリームランドという遊園地。
周辺に人気はなく、山間に位置する為に昼間であっても薄暗い場所で、この季節はジメジメと嫌な空気が漂っている、そうだ。
我々のような、幽霊と呼ばれたりオバケと呼ばれたり、物の怪とも呼ばれたりするような存在からすると、ここはまさにドリームランドなのだが。
オープンした当初、人が毎日のように大勢やって来ていた頃から、我々はここに住んでいる。
このように広い土地を用意する際には、上に物を建てるべきでない場所も含まれるものであり、我々が生まれた原因となる穢れた土地なんかもそれに相当するものだ。
墓地であったり、沼地であったり、祠があったりしたわけで、それらを潰して遊園地を建てるとなるとそりゃ我々みたいな存在も生まれようもんである。
幽霊だとか、オバケだとかは元々人間だったのではないかと思われるかも知れんが、人間や動物の負の感情や無念の魂などが土地に縛られて、集まり、凝縮されて我々のような存在が生まれるのだ。
だから我々には生前の記憶などないし、ただこの世に負の感情を抱くだけの存在としてここにいるのみ。
人が寄れば脅かし、怖がらせてやるのが本能のようなもの。
まさに遊園地とは真逆な存在なのである。
来る日も来る日も人間を怖がらせていたのだが、ある日我々のうちの1人がぽつりと言ったのだ。
退屈だ、と。
それからと言うもの、我々の日々は一遍してしまった。
気付いたのだ、何の意味があるのかと。
人間を怖がらせるのが本能?
だから我々は人間を怖がらせるのだ?
それに何の意味がある?
我々は食事を必要としないし、着る物なんぞその時々によって替えられる。
居場所はこの遊園地であるし、家賃なんぞ払う必要もないから金も必要ない。
いかんせん人間が持っていた恨み辛みが元で生まれた存在なだけに、人間としての知識も持っている。
この生活の先に、いったい何があるのかと。
我々はどこから来て、どこへ行くのかと。
人間を怖がらせる事も止めてしまい、怨念がそこにおんねん、なんてダジャレすら言えない存在へと成り下がり、我々はただただそこに存在するだけの念のみとなってしまった。
そんな生ける屍、もとい死んだ怨念である我々の一部が、営業中のミラーハウスでぼけっとしていると、同じくぼけっと鏡を見ていた少年の中に入り込んでしまうという事件が起こった。
一部始終を見ていた者によると、口から入った怨念がその少年の身体を乗っ取り、奇声とも言う嬉声を挙げて走り出し、そのままミラーハウスから出てしまったとの事だ。
そばにいた少年の両親と思わしき男女が慌てて追いかけていったそうで、ミラーハウスの外で転げ回っていた少年を見つけて驚愕していたそうな。
曰く、いじめにあっていた少年は、その辛い境遇から逃れる為に引っ越し・転校をしており、転校先でもすぐに仲の良い友達が出来るでもなく、ぼけっと日々を過ごしていたそうな。
そんな少年が、ミラーハウスから出て来ると、人が変わったようにひょうきんな性格になっているではないか。
彼に何が起こったのか、両親には分からなかっただろうが、両親の目から見れば長らく塞ぎこんでいた息子が地を這い空駆ける勢いで喜びを表しているではないか。
多少性格が変わっていようが、この子は辛い経験をしたのだ。
その分今はこの子の思うままにさせてやろう。
多少目つきがおかしかろうが、口元が歪んでいようが、たまに家へと帰る道を間違えようが、そんな些細な事は気にしない。
この子なりに前に進んでいるのだ、そうなのだと話していたそうな。
これは後に少年の中から飛び出て来た怨念が語った経験談である。
少年の中に入った怨念が、少年から外へと出てこの遊園地に戻って来たのだ。
この事実に我々は沸き立った。
ただでさえ存在意義を見出せない我々のような物。
人を怖がらせるという使命のようなものを放り出してからはする事がなかったのだが、人の中に入ってその人間に成り代われるという事実が判明し、そしてイヤになれば逃げ帰れるのである。
みんなこぞってミラーハウスへと籠り、中に来た人間へとどうやって乗り移ろうかとやっきになったのだ。
しかし事はそうそう上手く行くはずもなく、例の少年のような無気力状態で遊園地の中にあるアトラクションへと入って来るような人物がそうそういるわけではない。
だが我々もそう簡単に諦められるわけもなく、もしかしたら少年の噂が広がり、このミラーハウスへ入る事で人格が変わるような人生のターニングポイントを得られるのではないかと期待して連れて来る家族がいるのではないだろうかと期待して、その日を待っていた。
そして遂にその時が来た。
無気力そうな少女を連れた、少し歳のいった男女、恐らく少女の祖父母だろうか。
祖父母が少女の両脇を抱えるように、ゆっくりとミラーハウスの通路を進んで行く。
我々は無気力状態の少女の身体を乗っ取るべく、口へと目掛けて一斉に飛び込んだ。
そして運良く、私が彼女の身体の所有権を奪う事に成功した!
何ていい気分なんだ!!
しかし慌ててはならない、冷静に作戦を開始しようと思う。
下手に話すとボロが出るかも知れない、祖父母だとは思うがもしかしたら歳の行ってからの子供という可能性も捨て切れない。
この身体を乗っ取ったからには当分出て行ってやるつもりはないし、その間不信感を持たれてはやり辛い。
それに、この少女と以前の少年の噂を聞きつけて、同じような家族がどんどんミラーハウスへ来てくれるよう噂を流せば、いろんな人間の身体を乗っ取る機会を得られ、我々にとって好都合だ。
それらを考慮した上で、私は二つの足で地面を踏みしめ、暖かい体温を感じる両脇から逃れ、2人へと向き直る。
そして、ニコリとほほ笑んだ。
すると、女性の方があんぐりと口を開けたかと思うと、声を上げて泣き出した。男性の方はそんな2人に感じるものがあったのか、まとめて抱き締めて来た。
ん?何やら少し手の位置が気になるが、まぁいいだろう。さっさと家へと連れ帰ってほしいものだ。
ミラーハウスを出た私達は、自身をおじいちゃんと呼ぶ男性の運転で家へと帰った。
祖母の方は今までの精神的疲労と、何の反応も見せなかった孫がニコリと笑った安心感からか、食事を済ますとこてんと横になって寝入ってしまった。
祖父がそんな祖母にタオルケットを掛けてやると、私へと向き直り、ニタリと笑って手を引き、寝室へと連れて行った。
慣れた手つきで服を脱がせ、布団に横にさせる。どうやら着替えさせるのが目的ではないようだ。
自身もズボンを脱ぎ捨て、少女の身体へと覆いかぶさった。
と、ここで私の頭の中に強烈な怒り、悲しみ、そして明確な殺意が湧き出て視界を真っ赤に染める。
それと同時に、身体の持ち主である少女の記憶が流れ込んで来た。
両親、事故、引き取られる、血の繋がりのない祖父・・・。
どうやらこの身体の所有権を一時的に奪い返されたようだ。
気付けば祖父に馬乗りになり、首を絞めていた。
その状態で再び所有権を手放したようだ。
そうか、人のまま人を殺す事を躊躇ったか。
まだ人間である事を辞める気はないようだな。
分かった、それならば私に任せなさい。
私は人間の負の感情そのものだ。
このもはや祖父とも言えないただのクズを始末してやろう。
その後の対応も任せなさい、あなたは身体の片隅に隠れ、目を瞑り耳を塞いでいるといいわ。
全てが終わり、私がこの身体から出て行く時に再びこの身体を返そう。
その時が、お前がお前を取り戻す時だ。
もう私達はお前のそばにいてやれないが、いつでもお前を想っているからね。
あの時は遊園地へ連れて行ってあげられなくて、ごめんなさいね。
さぁ、あとは任せて、隠れておきなさい。
首の骨が折れる音がした。
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「ドリームランドのミラーハウスに入って、出て来たら人格が変わったように飛んだり走ったりした男の子の話、聞いた事ある?」
「え~、私が聞いたのはミラーハウスに行った夜に、おじいさんの首を絞めて殺した女の子の話だったよ?」
「うそ!それ初めて聞いた~、うちの学校の子?」
「隣の中学だったかな?家族でドリームランドへ向かう途中に事故に遭って、女の子だけ生き残ったんだけど、もう抜け殻みたいになっちゃって、引き取ったおばあさんも大変だったみたい」
「可哀想、でもそれで何でおじいさんを殺す事になるのよ」
「それが、警察が調べたらさ、抜け殻みたいになった女の子に毎晩おじいさんが性的虐待してた事が分かったんだって。女の子の世話が大変で、そこまでおばあさんが気付かなかったのかもね」
「えー!?おじいさんが孫を?おかしくない?」
「それが、おじいさんは血が繋がってなかったらしいよ?詳しくは知らないけど」
「へ~、でもそれだとミラーハウスに行って人が変わったって噂とは、ちょっと違うくない?」
「それがね、おじいさんを殺した後に、自分が虐待されてた証拠を集めた後、事故に遭う前に住んでた家に行って、ご両親の遺品の整理とか遺産がちゃんと残されてるかとか調べてたんだって。中学生には出来ない、まるで死んだご両親が女の子に乗り移ったみたいだったって」
「それって、ミラーハウスでご両親の無念な思いが女の子に入った、って事?」
「かも知れないね、死んでからも、娘の事が気になったんだよ、きっと」
「その子、今はどうしてるんだろうね。中学生でしょ、それに正当防衛と言えなくもないだろうし、心神喪失状態がどうのこうのってなれば、罪に問われないかも知れないし」
「それがね・・・、おばあさんに殺されたんだって」
了
何故少女は祖母に殺されなければならなかったのでしょうか。
怨念よりも怖いのは、人間なのではないでしょうか。
的な事が書きたかったのでした。