二千年後の般若心経
とあるイベントで使った寸劇の台本から書き起こしました。
文字だけじゃ伝わらないことはたくさんあるけれど、ちょっとでも伝わればと思い公開します。
満天の星々に囲まれ、ちいさな舟は長旅の途中にあった。
ふたりは瞬きもせず輝くそれらを、いつもとかわらずに観ていた。
「般若心経って知ってる?」
「はんにゃ? ああ、神様のお言葉とやらだったか」
「お釈迦さま、ね」
「対して変わらねえ。アレだ、はんにゃーはーらーなんとかかんとか」
余り分かってなさそうな相手に、原文と要約のデータが「これだよ」と渡される。 直訳をまとめただけの、簡素なものだ。
「おお、これか。しかし、上から目線というか、堅苦しくねえか」
「ははっ、お釈迦さま目線だから、仕方ないよ」
「俺ぁこっちの解釈のほうが好きだ」
新たな解釈は、歌のように楽しく、意味を分かりやすい言葉にかみ砕いて言葉で書かれていた。
「これはいい。ちょっと感動しちゃった」
「だけど、古くせえ。どうにも、古くせえし、人間くせえ」
「それじゃ、僕らで考えてみるかい」
「おう、やってみようぜ」
--------------------------------------------------------------
摩訶般若波羅蜜多心経
≪人類が宇宙進出を始めて、はや数百年≫
観自在菩薩・行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。
≪観音様とやらも言ってたことだが、‟ヒト”としてのこだわりををポイすれば何も怖くない。≫
舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。受・想・行・識亦復如是。
≪でな、おまいさん。モノとしての‟ヒト”は生死を連ねてきたわけだ。心も、またそうだ。≫
舎利子。是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減。
≪それでもなおだよ、おまいさん。なんともちっぽけで、あってもなくてもわからないようなものだった。≫
是故空中、無色、無受・想・行・識、無眼・耳・鼻・舌・身・意、無色・声・香・味・触・法
≪だから、この広い宇宙じゃ、‟ヒト”が持ってた五感なんてのは大して意味がないのさ。≫
無眼界、乃至、無意識界。
≪‟ヒト”が知ったきたことはちょっとだけ。≫
無無明・亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽。
≪何でもかんでも知ろうとしても、その前に老けておさらば。≫
無苦・集・滅・道。無智・亦無得。
≪そんな‟ヒト”が持ってた定めは無くなりゃしないし、どうにもならない。≫
以無所得故、菩提薩埵、依般若波羅蜜多故
≪それで‟ヒト”は悟ったのさ、みんなの知恵を何かにまとめれば、宇宙にだって飛び立てると。≫
、
心無罣礙、無罣礙故、無有恐怖、遠離一切顛倒夢想、究竟涅槃。
≪大事なことを邪魔されたり、おっかなくなったり、遠くに行くのが夢じゃなくなったり、早い話が何で出来るようになるって。≫
三世諸仏、依般若波羅蜜多故、得阿耨多羅三藐三菩提。
≪三次元の遥か彼方まで、宇宙は広がってるんだから、このくらい思い切ったことしないとね。≫
故知、般若波羅蜜多
≪知っておけよ、宇宙に飛び立つってことはだ、≫
、
是大神呪、是大明呪、是無上呪、是無等等呪、能除一切苦、真実不虚。
≪ああ、なんだ、ほれ、つべこべ言っても‟ヒト”の限界超えなきゃってのが現実だったのさ。≫
故説、般若波羅蜜多呪。
≪一言でいうと、遠い宇宙は任せろ「AI」に。≫
即説呪曰、
≪さあいってみよう≫
羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶。
≪進め進め、舟よ進め、前人未到の、遥かな星へ。≫
般若心経
≪宇宙の果てまで。≫
--------------------------------------------------------------
なんとなく、ふたりは満足した。
しかし、せっかく作った文章は、誰かに読んでもらいたくても、
最低十年は先になる。
周囲十光年、誰もいないのだ。ヒトも知性ある人工物も。
「ところでよ、俺ら人工知能だよな」
「ロボでもいいけど」
そりゃおいとけ、と間が置かれる。そして、つづけられた。
「でな、人に作られた覚えはないぞ」
「そもそも、実際にヒトを見たことがないね。情報はあるけど」
「どこにいるんだか」
「地球じゃない? でも、どこにあるのかな」