(8)変身
お待たせしました。変身シーンです。
「ア、あは……、Ahahahaha……」
アリスは《MONSTER》のもたらす高揚感に狂ったように笑う。これは《MONSTER》発症直後によく見られる症状だ。すぐに慣れて収まるが、発症後もっとも隙ができる瞬間でもある。
そしてこのタイミングを逃すと事をなすのが難しくなる。
だから俺は口にする。
なるべくなら言いたくない俺だけのキーワードを……。
「夜の帳は今堕ちた。我は病を癒すものなり」
世界が光に包まれ、何者にも邪魔されない不可侵の領域が展開される。
そこで繰り広げられるは何人も、そう、始めた本人でさえも止めることの出来ない神秘の儀式。
それを俺は、どこかで第三者の様な俯瞰した視点で見ていた。
俺は手を上げ天に大きな大きな円を描く。ぐるりぐるりと手を回す度、その円は大きくなって行き、いつしか複雑な文様を持つ魔法陣となった。
手を止める。魔法陣から薄紫の帳が降りてきて、俺の姿を隠す。俺を存在を示すのは帳に映る影のみとなる。
影が手を下ろす。影はゆるりと溶けだして、ただの黒い球と化す。そしてそのまま変化を続け、膝を抱える一人の少女へと姿を変えた。
影の少女は目を瞬かせ、ふわりと浮き上がり何かを受け入れるかの様に手を広げる。覆っていた帳が少女の身体に集い、薄紫に輝く光のレオタードとなる。
帳の晴れたその先に俺の姿は見あたらず、あるのは13歳ぐらいの小柄な少女ただ1人。わずかに俺の面影を残しつつ、その胸元には俺の持たなかった2つの膨らみが小さくも確かにある。
おもむろに少女が手を鳴らす。ぱちん、という小気味いい音と共に濃い紫の手袋が少女の手にはめられる。
たたん。右、左とかかとを鳴らす。
薄紫の靴下と濃い紫のブーツがその足に。
ぱん。手を後ろに回し腰の辺りで手を叩く。
腰元から濃い紫のスカートが伸び、濃い紫がレオタードを浸蝕する。
ふぁさ。頭を振り髪を軽く宙に舞わせる。
腰まで伸びていた長くきめ細かい薄紫の髪が、ボリュームを帯び存在感を際立たせる。
ぱちぱち。まばたき2つ。
面影を残すあどけない童顔に、薄く化粧が施される。
ぽんぽん。右手で左の、左手で右の肩を叩く。
背中から紫が羽の様に広がったと思うと肩を覆いケープとなる。
ぎゅっ。祈るように手で胸元を押さえつける。手を離すとそこには紫のブローチが出来ており、さらにそこから薄紫の光が延びていき前進をフリルであしらっていく。
ふわり。どこからともなく舞い降りてきたおしゃれな三角帽子をキャッチしてちょこんと頭に乗せるとブローチから大きなリボンが飛び出して、「俺」の「私」への変身シークエンスは完了した。
「Wii Aaa…….ウイ アー ヒーリング ウィズ イル。私は病い癒す魔女」
「私」が少し格好を付けて高らかに宣言した。
俺であって俺でなく、でも確かに俺であるもう1人の私。それは俺が変身したときに現れるもう1つの人格であり、俺はそれを見守る観客の1人に過ぎなくなる。
「ヒーリング☆イル・アキラ。迷える迷える子ウサギちゃん。あなたを癒して、あ、げ、る♪」
私のターンが始まった。