(5)不穏
飼育小屋に行く道すがら昨日の話を聞く。話しながらだから少し歩みが遅くなっているのはしょうがない。
「……なるほど。その男子達からウサギを守ろうとしたアリスが逆に突き飛ばされた後、ウサギの様子が変わり始めたんだな?」
「はい」
ということは発症原因はストレスでなく、怒りという事か。それも、近しい者への暴力に対するものだろう。
「ねぇ、本当にするの?」
不意に俺たちとは違う声、男子生徒それも複数人の物と思われる越えた聞こえた。
「当然だろ」
「それともお前、怖じ気付いたのかよ」
どうやら彼らの目的地は俺たちと同じらしく、視界に収める時にはちょうど飼育小屋へ入ろうとする手前だった。
「そ、そんなことないけど……」
躊躇する気弱そうな少年。このまま止めてくれるとこちらとしても楽で有り難いんだが、残る2人はどうやら乗り気のようだ。
「先生が言ってたぜ? 一度完治した《MONSTER》は2度と発症しないってな」
そう。少なくとも今まで再発の例は発見されていない為、現在では完治すれば再発しないという見解が一般的だ。
だが、あくまでそれは完治してたらの話。現状《WICH》による治療以外で完治させる方法は見つかっておらず、自然と症状が収まった場合は再度潜伏した可能性の方が高い。
まあ今回の場合は俺が確認したから問題ないが、彼らは治療の現場に立ち会った訳でもなく完治したという情報どころか発生したこと自体を規制しているから、彼ら視点で考えれば再発の可能性は十分あるはずなのだ。
なのに、彼らはその事に頭が回っていない。わざとなのか無意識なのかどちらにしても危険だ。
「それに《MONSTER》を倒せば、俺たち英雄だぜ?」
「え、えいゆう?」
「そうそう。《MONSTER》になった悪いウサギを倒す俺、ヒーロー間違いなし!」
言うまでもないだろうが、別に《MONSTER》に発症するイコール悪という公式は成り立たない。
確かに発症すれば凶暴性が増してしまうが、それは《MONSTER》共通の症状であり、完治すれば当然それも治まる。
そもそも、だ。
《MONSTER》に限らず善人ならかからないとか悪人しか発症しないという病気は存在しない。
そりゃ生活習慣が悪ければ発症率が上がることはあるが、生活習慣が良ければ100%かからないってことはないはずだ。……専門家じゃないから絶対にそうだとは言い切れないがな。
ちなみに「バカは風邪をひかない」って言うが、あれは風邪をひかないのではなく、ひいても気づかないだけだと俺は思っている。……だからどうしたって話だが。
そう言えば彼らは「《MONSTER》になったウサギを倒したら英雄」と言っていたがそれはない。
なぜならあのウサギが《MONSTER》を発症していたのは過去のことだし、しかも完治した動物達に関しては逆に保護対象になるのだ。
もし倒したら英雄どころが犯罪者だ。未成年だから刑は軽くなるだろうが大きな違いはない。
それについては学校で教えていることだし、彼らも知っていると思うのだが報復に目が眩んでいるのか、都合の悪いこととして忘れているみたいだな。
ちなみに保護の理由としては完治して得たと思われる《MONSTER》抗体の研究のため。
いつの日か彼らの血などからワクチンが作られるかも知れないし、もし抗体が次世代に受け継がせる事が可能ならば長期スパンとしての被害を削減できるかも知れないのだ。
と、ふと一緒に飼育小屋へ向かっているアリスに目をやるとその体はわずかに震えている。
……嫌な予感がする。
周囲にはアリス以外の女生徒は見当たらないし、呼びに戻るのも難しそうだ。
はぁ、これは覚悟するしかなさそうだ……。
俺がそう思ったのは、不安に駆られたアリスが飼育小屋へと走り出したちょうどその時だった。