(2)不安
(2016/06/26)三人称から一人称へ変更。
(2018/07/22)WICHの綴りをWITCHに修正。
「って、私。変身した!?」
呆然と自身の姿を確認し始める少女・アリス。それはよくある光景だったが、それ故に一番油断している瞬間だと俺は知っている。だから、俺はアリスに注意を促す
「よそ見すんな。ほら、さっさと避けろ」
「きゃっ」
俺の助言叶わずアリスはウサギの体当たりを受けてしまった。
「ちっ」
彼女が左腕に受けたかすり傷を見、俺は思わず舌打ちをする。面倒なことにならなきゃいいが……、たぶん無理だな。俺、運悪いし。
「ちょっ、酷いです」
アリスは俺に抗議の声を上げるが、そんな事よりさっさと終わらせろと言いたい。さっきまでの臆病そうな彼女ならともかく、《WITCH》を発症したいまならおそらく……
「なら、ちゃんと戦え。いまそいつを元に戻せるのはおまえだけしかいないんだからな」
その言葉にアリスははっとする。
そうだ。いまウサちゃんを助けられるのは自分しかいない。私がちゃんとしないと。そんな感じの事を自分に言い聞かせたのだろう。
対峙するウサギは前後の脚を地面につけた状態でもアリスと同じ高さを誇っている。もし立ち上がったらいまの2~3倍ぐらいになるだろう。
本来のアリスで有れば怖じ気付いて身動きとれなくなるかも知れないサイズである。だが今のアリスにはその様子は見られない。
額から延びた鋭い角の先に、先ほどの体当たりで掠った為についたアリスの血が付いているにも関わらず、アリスは怖じ気付くこともなくウサギと対峙した。
「いくら発症直後と言ってもすぐに癒すのは無理だ。すこし攻撃してそいつを弱らせるんだ」
「うん。わかった」
俺からのアドバイスにアリスは2つ返事で了承の意を示す。本来のアリスなら躊躇しそうな内容だろう。にも関わらず間も置かずの2つ返事だ。
その様子を見、俺は小さく呟く。
「やっぱり攻撃性は上がっているのか?」
俺が以前から抱いていた不安の色を濃くなった。それは《WITCH》発症者は凶暴性が上がる、と言うほどではないが、《MONSTER》に攻撃することへの抵抗が減ると言うこと。
今は《MONSTER》に対してのみ見られる兆候だからいい。もしそれが《MONSTER》以外に向かったら、そしてもし《MONSTER》がいない時に発症したら、《魔法少女》は新たな驚異になり得ないだろうか。
そんな不安を振り払い、俺はアリスの戦いを見守る。今俺ができることは《MONSTER》をよく観察し、必要であるならアリスにアドバイスを投げることだ。
戦いは一方的と言ってもいい内容で、たまに油断して攻撃を喰らっていても致命的というのはない。だがやはり、さっきまでウサギを気遣っていた少女の戦いとは思えない。
「アリス、もういい。そろそろ浄化を、そのウサギを癒してやるんだ」
「うん。わかった」
やりすぎになり兼ねないところでアリスを制し、浄化を促す。何度もこの様な場面に立ち会った事のある俺だから分かるぎりぎり浄化できるタイミング、もし《魔法少女》が暴走してもフォローできるタイミングだった。
「潜れ、癒しの扉!」
ウサギとの間を取ったアリスは、右手を掲げて叫ぶ。
「モンス・イン・ヒーリングランド!!」
振り下ろされた右手から放たれた光の玉は、ウサギに近づくに連れて門の形となり、そしてそのまま通り過ぎた。ウサギが門を通り抜ける際、Guruと小さな声がした物の通り抜けた後に残ったのは、元の姿と思われる小さなウサギだけだった。
「お大事に」
アリスが告げる決めの一言。
それを確認し、一部始終を見届けた俺はウサギに駆け寄りその様態を確認する。多少の体力は奪われている様だが息はある。ウサギの体内に《MONSTER》も感じられないし問題ないだろう。
「完治確認。オールグリーンだ」
俺の言葉にタイミングを合わせたかの様に変身が解けたアリスは、その場にへたり込む。どうやら戦いが終わって気が抜けてしまったらしい。
くすりと笑いをこぼした俺は、眠るウサギを抱き抱えてアリスの元へと向かった。
「ほら、お前の助けたかったうさちゃんだ」
そう言って抱き抱えていたウサギをアリスへと突き出す。少々ぶっきらぼうな仕草になってしまったが、まあ仕方ないだろう。
「うさちゃん」
ウサギをぎゅっと抱きしめ嬉しそうにするアリス。
その光景を微笑ましく思うが、アリスの左腕に残る傷を見つけ、眉をひそめてしまった。
それはおそらく、一番最初の突進で受けた傷。発症中に受けた傷は浄化完了後には直るはずだった。だがその傷は直っていなかった。悪い予感が当たってしまったかも知れない。
「ほら、怪我をしているじゃないか。気を抜くからこうなるんだ」
「ごめんなさい……」
申し訳なさそうに謝るアリスの左腕を取り、手持ちのハンカチで血を拭き取る。傷そのものは思ったほど深くなかった為、手当は絆創膏だけで十分だろう。
「まあ血は止まっているようだけど、一応、今日1日は水につけない様にな」
「うん」
俺の言葉に素直に頷くアリスに、《WITCH》の後遺症らしき物は見当たらない。ひとまずは大丈夫だろう結論付け、とりあえずその場を後にする事に決めた。
「じゃあ明日また来るから、そいつが発症したときの状況とか詳しい話後で聞かせてくれ」
そう言い残し去っていく俺にアリスが答える。
「うん。お兄さんまたね」
そう元気に答えるアリスを手を挙げて答える。いや俺、女だからという苦笑は背後にいる彼女からは見えないだろうな、と嘆息するしかなかった。