(1)発端
(2016/06/26)三人称から一人称へ変更。
(2018/07/22)WICHの綴りをWITCHに修正。
ある日の事。
そう、これは特に特別でもない、とある平日の出来事。
まったく運が良いのか悪いのか、偶然にも俺がふと訪れた母校の小学校で《MONSTER》が発症した。
発症してしまったのは確かに運が悪いのだが、そこに俺が居合わせたのは運が良いとも言えるだろう。最近似たようなことが多い気もするが、探偵物の探偵じゃあるまいし単なる偶然だと思いたい。
ともかく、その一報は職員室へ駆け込んできた少年達によってもたらされた。
そしてそれは、ちょうど俺は元担当と職員室で昔話に花を咲かせていた時の事だった。もちろんそれを聞きつけた俺が、すぐに現場へと直行したのは言うまでもないだろう。なんせ俺は《MONSTER》対策のプロだからな。
今回《MONSTER》が発症したのは飼育小屋で飼われていた1匹のウサギだった。
原因はもちろん不明、駆け込んできた少年たちが何か知っているかも知れないか今はその余裕はない。今は目の前の脅威をどうにかしないといけない。
Gu……、GuU……、GuruRu……
そのウサギはらしからぬ鳴き声を上げて徐々に大きくなっていく。見ると額には角らしきものも生えている。
こりゃ、完全に発症するまで時間の問題だな。ここまで来たら抑えることはできないだろう。
「う、うさちゃん?」
声の方に視線を向けると、案の定、逃げ遅れたらしき少女が飼育小屋の隅で尻餅をついていた。
俺はさっと、彼女の元へと駆け寄る。人命救助の意味もあるが、それ以上に俺が彼女の近くにいると言うことで取れる選択肢が増えるからだ。
「ダメだ。もう発症は抑えられない。早く逃げるんだ」
俺は彼女に逃げるように促すも、彼女は頑なにそれを拒絶する。腰が抜けて動けない。という訳ではないようだが……。
「いやっ。うさちゃんを殺さないでっ」
その場を離れようとしない所か俺にすがりつく彼女の様子から、彼女とあのウサギは縁浅からぬ関係らしいと察しが付く。
だが《MONSTER》を発症した動物は殺すしかない。それは常識だ。
だからこそ彼女が、自分が離れればウサギが殺される、そう思うのは当然の事だった。
「はあぁ」
俺は大きなため息をついた。
あまり取りたくない手ではある。けど彼女が逃げようとしない以上は彼女自身にどうにかさせなければならないだろう。
それが本来の仕事だしな。
懐からナイフを取り出した俺は、指に傷を付けると彼女の口へと突っ込んだ。
急なことに少女は驚くが、四の五の言わせている暇はない。だから一言で簡潔にやるべき事を伝える。
「飲め」
咄嗟のことで理解が追いつかない。そんな表情を彼女は見せるが、俺の只ならぬ雰囲気と押され、彼女は息を飲んだ。
そう俺の流した血と共に。
「よし、飲んだな」
彼女の口から指を抜いて訪ねると、彼女はこくりと頷いた。
「なら祈れ。君はもう感染した。君があの子を助けるんだ」
その言葉の意味を理解できぬまま、それでうさちゃんが助かるなら言うとおりにしようと彼女は目を瞑り、祈りを捧げた。
おそらくただ純粋にうさちゃんを助けたいと思いを込めて祈っているのだろう。
すると彼女の体が淡く光りだした事で、彼女の内側から言葉が生まれたのだと俺には分かった。
その言葉は《WITCH》発症の為のトリガー。彼女のためだけの呪文。
「アウトブレイク オブ ウィッチ”アリス”!」
光が弾ける。
辺りが光で包まれる。彼女の背が伸び、胸が膨らむ。服は光となり、光は 新たな服となる。踊るように繰り広げられるその光景は、とても幻想的で見るものすべての時を止めた。俺にできるのはだた観測のみ。
髪が驚くほどのボリュームを帯びながら、自然と結われ本来ならあり得ないような髪型を実現させる。
最後に軽くメイクを施された少女は軽くステップを踏みポーズを決めた。
「魔法少女アリス。癒します!」
こうして彼女は、俺にとってはいつもの様に《魔法少女》を発症したのだった。