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fragment (幸福の神、姉と妹)






「あなたの願いは何ですか?」






 いつもどおり、己の有り様、己の役目を果たす幸福の求罪者。


「ふう……一世界で一人か二人、地味で面倒な仕事ですね。まあ、あそこであの人たち相手に負けて追いかけられている現状、あまり過度に活動できないので仕方がないんですけど。それでもやはり面倒です……こんなこと、やらなければいいと言われそうですが、私の役割ですから仕方がない。それに私としても救われない、救えない人を幸せにできる私の役目は大好きなんですよ。絶対に掴めない幸福ですら、私の力なら掴めるのですから」


 幸福の求罪者のしていることは悪行である。あらゆるすべての者に幸福を与える……ただ、それは実在する幸福とは違い、その存在に夢を見させるもの。幸福の夢、絶対に逃れられない己の幸福の願いをかなえ、その夢の中に落とし込む悪意の力。自分からは覚めることのない夢ゆえに、その力の影響を受けた者は一生目覚めず夢の中、幸福のまま死に至る。彼女はその使われない肉体を自分の目的のために再利用する。最終的にすべての者を幸福の夢に誘うこと。

 幸福であることは悪行であるとは言わない。幸福であることは悪いことではない。しかし、そのやり方、在り方、形態、状況、正しく幸福の形にあるのならばである。この世界において、幸福とは正しく幸福にあることが幸福であるとされる。そもそも幸福とは何を持って幸福とするのだろう。経済的に満たされることか、快楽に満たされることか、愛に満たされることか、家族と生きる事か、愛するものと生きる事か、自分の望む形で生きられることか、幸福と一言に言ってもその形は多様な形で存在する。

 ただ、この世界において、もっとも重要とされる幸福は愛による幸福。正しく、人がお互いを愛し作り上げる幸福によってなされる幸福の形。この世界において、ある種の世界観において一途な気持ちを抱き続けることや、特殊な状況における多夫多妻(多くの場合一夫多妻)が認められるのも、正しく愛による幸福を作るため。人を愛し、その取り合いで不幸になる者を失くすための世界側の頑張りだ。もちろん、そういった価値観が認められるかどうか、受け入れられるかどうかはまた別の話。誰しも独占欲はあるし、複数に対して気持ちを向ける場合気持ちの分散や偏りを問題視されることもある。まあ、そういう細かい話をあまり気にしすぎても仕方のない話だ。

 幸福の求罪者の力は幸福の夢を見せること。それは現実では絶対に叶わないことも叶えられる。だからこそ、悪意に満ち満ちた能力ではあるが、彼女のそれは誰しも幸せにできる可能性のある希少な能力と言える。ただ、それをすべての者に適用しようとしているせいで極めて危険とみられているのだが。それを変えればいいのだが、彼女はそれを変えるつもりはない。なぜならそれこそ彼女の役割、すべての者を幸せに導くことが彼女の役割なのだから。


「さて……聞いている人もいない独り言はともかく。次は何処に向かいましょうか? それなりに離れたところの世界でないと、近くに来た彼女の部下あたりにかぎつけられるかもしれません…………おや? あれは……また闇の底から浮上した世界ですか。邪神は本当にこういった世界の管理が杜撰ですね。いえ……たぶん、あの人がまた思い出したのでしょう。何度沈めても、何度そこに埋めても、黒い底の闇の発生する世界のことを忘れることはできない。何をきっかけにその世界のことをもい出すかもわからない。それゆえの影響でしょう」


 浮上する世界。闇の底、邪神の管理する<底層>。それは世界の底であり、すべての世界の闇の集う場所。邪神の子と呼ばれる闇の存在が住まう場所であり、あらゆる世界の人の闇、すべての世界に生きる者の闇が溜まる場所であり、創造主の持つ心の闇を眠らせるための場所。稀に観測された世界において、この世界での存在を許容できない、許容していはいけない、許容されない世界をしまい込み、闇の中で還元し元の情報へと戻す処置を行うのも役割としてある。しかし、それらの情報は完全に消えることはない。この世界において、一度世界に取り込まれたものはそう簡単に消えず、それは何度も同じ世界として再発生する。頻度は世界によりけりだが、特に創造主を含め世界の観測側に立つ存在、神々に覚えのいい世界は復活が速かったり多かったり。


「火贄さんの仕事でもありますが……まあ、まだ回収、断罪されていないのであれば、少しは関われますか? ふふ、闇のある世界なら私の仕事は少なくないですからね」


 世界を闇の底にしまう案件は主に創造主の嫌悪や憎悪が原因である。それは創造主の許容できないこと……悪意による行いが観測される世界。どの世界でも怒り得るが、それが大きく、はっきりと観測されるゆえに闇の底に封じられる。それだけ大きな闇がそこにはある。運命といってもいいくらいの闇、運命と言っていいくらいの存在。悪により砕かれる、貶められる、世界を憎悪しかねないくらいの運命とその運命を持つ存在……あるいは主人公と呼ばれる者。世界における特殊な運命を持つ者はそれだけ大きな力である。世界に占める存在の力が大きいものである。それを取り込めれば、幸福の求罪者がいちいち小者を取り込むよりも大きな力を得られる。


「少し見てみましょうか…………っ!?」


 自身の糧……という言い方はあれだが、己のしたいことをするためには大きな力、大きな存在がいる。以前やったような獣のようなものを生み出すために。しかし、それは実行できそうにない状況が起きた。

 その世界に、光の花が咲く。その光の花は神の力、世界を救うほど大きな光の力である。


「花…………なんの花でしょう? いえ、そういう問題ではないですね。あれは……系列として、私と同じ性質の力……『幸福』の力ですか」


 幸福の力。この世界において神は様々であるが、その中でも幸福の力を持つ神はそこまで多いとは言えないだろう。現状はっきりと表に出てきている名に冠するほどの者は、<祈りと幸福の神>と<幸福の求罪者>くらい。つまり、今までの神とは別の力を持つ存在。それも、光の性質……善側の幸福の神だ。『二言』の神、創造主の『悪』から生まれた神、そして今度は『光』の神。


「…………世界に存在する幸福の運命を束ね、もしかしたらあり得たかもしれない不幸の運命を祓う。運命誘導系の力ですか。幸福に導く、導きの神。しかし、強い光の力を感じますね……多分私と同系統、創造主の系列から生まれた神ですか」


 光の花の根元、そこにいる神の姿を彼女は見る。小さな少女、ふわふわとした印象抱く、頭に花の冠を頂く女の子。頭の花冠は幸福や愛を花言葉に持つ花。


「羨ましい……私と違い、本来望まれて在る形で生まれてくるなんて」


 幸福の求罪者は創造主の『悪』の部分から発生した存在。確かに生み出された存在ではあるが、発作的な形に近く、また本来神としてあるべき正しい力の行いをするものではない。悪意の影響を強く受け、己の有り様からもゆがんだ形で人を幸福にすることしかできない存在。そんな自分のことを悪く言うわけではないが、やはり正しい形で人を幸福にしたいという思いもある。彼女は己のやり口が悪であることを認識しているのだから。

 そんなふうなことを考えながら、若干の嫉妬を含めた視線を少女に向けていた。流石に彼女と少女の距離は結構空いていることもあり、気づかれることはなかった。しかし、そんな彼女に向けて、近くにきて声をかける存在が一つ。


「おいおい、あんまりきつい視線を生まれたばかりの少女に向けんなよ?」

「っ! …………"渡り鳥"。何の用ですか?」

「別に用なんてないさ。ただ、親の仇を見るような目であの生まれたばかりの子供を見ていたのを見つけたからちょっと注意しただけだぜ"求罪者"」

「…………そうですか。あなたにそんなことを言われるとは私も落ちたもので。駄鳥」

「なんでえっ! 誰が駄鳥だって!?」

「浮気三昧不倫三昧のそこら中の雌鳥をひっかける屑でしょう。駄鳥で十分ですよね」

「ふざけんなっ! 俺っちが相手してんのは未亡人だけだ! 決して寝取りはやんねえっ! だいたいそんなことしたら"断罪者"に真っ二つでこの世界から存在消されちまうだろうがっ!」

「そうですね…………まあ、いいです。しかし、本当になんでこんなところに?」

「なに、どっかよさげな世界がないかと探してあちこち移動してる最中だったのさ。ちょうど近くによさそうな世界を見つけてそっちに行こうかと思ってるところにお前さんを見たもんでな」

「そうですか…………あなたはこちらの行うことには干渉してこないので別にいいですけど」

「ま、いろんな神さんの問題は俺っちには関係ねえ。俺っちは俺っちの役目を果たすだけだ。そこはお前さんたちと一緒だ」

「そうですね」


 世界の外側、世界源流の中をまともにわたることのできる存在はその大半、ほとんどが神かそれに類する存在。またはそれに匹敵する存在。一部の世界移動系の能力を持つ存在でもない限りはそれくらいの特殊な存在、力を持つ存在でなければ世界移動はできない。"渡り鳥"もまた一種の神である。神は己の持つ役割に縛られる。後天的に神になったならばともかく、最初から神として生まれた神は。


「さて……私はそろそろ移動します。妹のような子を見る羽目になったのは個人的には不愉快ですが、あの子に罪はありませんし、私が害意を向けるのも話が違います。一応私は幸福を与える側の存在ですから」

「歪んでるがな」

「言わないでください。理解はしています。止めるきはありませんが」

「そうか。ま、いずれ止められるだろうが、それまでは頑張りな」


 そう言って"渡り鳥"は当初の目的通り、目をつけていた世界へと飛んでいく。それを見送り幸福の求罪者は少女の方を一目見て、すぐに視線を外す。


「私は私のやるべきことをやるだけ…………幸福の眠りにつかせたものを集め、いずれ来る"神殺し"との戦いに備える。ええ、私の役割を果たすために。全ての者を幸福にするために。たとえそれが、『悪』と呼ばれる行いだとしても」


 そう呟き、彼女はその場を去った。

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