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fragment (邪神の小さな暗躍)

「やはり王宮はいいですね。権謀術数が渦巻く魑魅魍魎の巣。実に良い闇があります」


 ただ、所詮は城というちっぽけな場所で行われているに過ぎないつまらないものですが。まあ、それでも私の方にはなるので十分ですが。やはり少しは面白みがないとこちらとしても楽しくないんですけどね。

 さて、王宮をでたのはいいですが、やはり光の中を堂々と歩くのは私としてはよくないです。少し陰を、街の裏を行くとしましょう。陰には闇があるものです。たまに大きな面白い広いものがあるんですよね。


「ふむ? 弱々しいですが、芽生えを感じる闇の匂いがしますね。少し行ってみましょうか」


 早速面白い匂いを感じます。強い闇ではありませんが、心の中に初めて生まれた闇といった所でしょうか? まだ方向性も定まっていない、生まれたばかりの闇はうまく使えば大きな闇に転じたり、面白い方向性に成長してくれたりします。退屈しのぎくらいにはなるでしょうか。この世界に干渉して大したこともせず、ちょっとばかり闇をもらって終わるかと思いましたが、幸先良い展開でしょうか。

 おっと、見えてきましたね。あの子の闇ですか。ふむ。少女ですね。身なりのいい少女、でも衰弱気味であまり意識がよくない状態です。そういえばつい先日王宮にいたけれど、何かの理由で処刑された貴族がいたという話を聞いた気もします。その血族の一部は処刑されなかったそうですが、王宮からは追放という形になったとも。恐らくはそのうちの誰か、と行った所でしょうか。権力争いに敗れ、酷いことになる貴族は少なくいないですが、こんな街の裏で死にかけているのは少し珍しいでしょうか? このくらいの年の頃でも初物ならばそれなりに価値が付きますし、若いのですから売り物としては悪くないはずです。誰かが拾っていくものかとも思いますが。

 いえ、そうなればいいというわけでもないですね。ここで私が見つけたのは一種の幸運でしょう。邪悪の塊、闇の支配者、世界の底の神である私が幸運というのもへそで茶を沸かすくらいおかしな話ですが。


「まだ生きていますか? 死んでいたら返事をしなくてもいいですけど」

「…………う」


 反応はあるみたいです。目を開け、こちらに目線を向ける程度のことはできるようですね。ふむ、芽生えた闇は悪くないものです。この子が貴族の子、王宮から追いやられた敗北者であるならば、闇も生まれて当然といった所でしょう。今までの生活が一変してこんな場所に堕ちてしまっているのですから。実にいいものですね、こういう絶望と悲壮に満ちた人間の心理、闇は。こういう闇はちょっとつついて刺激すれば、狂気と激情に変わり、強い闇として様々なものを飲み込んで壊していくんですよね。ここで私が見つけたのも一種の運命のようなものです。少し誘惑してあげましょう。


「あなたは復讐をしたくはありませんか?」

「……ふくしゅう?」


 オウム返しですが、反応はあるようです。頭に入り込むほど、はっきりとした理解をしているわけではなさそうなので残念ですが、これならば反射的に答え、その答えを繰り返し自己完結してくれるでしょう。


「そう、復讐です。あなたを追いやった全てに復讐したくはありませんか?」

「……すべてにふくしゅう」


 この子の持つ闇がちろりと揺らめくのが見えます。心が動いているのでしょう。言葉を受け入れているのでしょう。それが闇に刺激を与えている。ああ、この反応を見るのはやはりいいものです。さあ、大きくしましょう、その闇を。


「私が手伝いましょう。あなたの復讐を。全てを壊し、すべてを犯し、すべてを飲み込む。あなたを追いやったすべてに復讐する。あなたにはその権利があります。さあ、手を取って。一緒に行きましょう」


 闇への誘い。甘い言葉には毒があるものです。それは心を犯し、黒く染める。さあ、手を取りその闇を大きく育てましょう。


「わたしは」


 闇は大きく、激しく燃え上がるようにして育つ。そして彼女は私の手を取って――――


「ふくしゅうなんてしない」


 ――――彼女の中の闇が消えた…………えっ? どういうことですか、これ?


「わたしは、ふくしゅうなんてしない。だけど、みんなをみかえしたい」


 確かに彼女は私の手を取り、心の中にあった闇は大きく成長したはずなのに。それが消えるとは。いえ、それだけではないですね。消えた心の闇のあった場所、そこから滾々と光が湧き上がっています。ああ、なんということでしょう。実に惜しい話です。まさか彼女が主人公タイプだったとは。こういうタイプは逆境を跳ね返す逆転の性質を持つものです。だから一気に闇を光に塗りかえた。


「見返すだけでいいのですか? あなたはこのままでは死んでいたでしょう。死んでいなくても、どこかに売られたり、慰み者にされたりと悲惨な目にあったでしょう。自分をこんなところにい追いやった相手を同じ目にあわせたくはないんですか?」

「それはいやだ。だって、そんなのかっこよくない。きれいじゃない。わたしは、つよくりっぱでありたい」


 子供の言うことじゃないですね。ですが、その心構えは買いましょう。同じ上に立つものとして、強いものは実にいい。ああ、ですが惜しむらくはこの強い心を闇に染められなかったことでしょう。ふ、ふふふ、ふふふふふふふふふふっ! あは、ははははははははははははは!! ああ、実にいいです! こうでなくては物事は面白くない! 世の中上手くいくことばかりじゃないのは知っていますが、こんな面白い広いものをしたのは久々ですよ! ふふふふふふふふ!

 おっと、少々暴走してしまいました。若干漏れたせいでこの子も少しひいていますね。


「ぜひとも復讐に走ってもらいたかった所ですが、あなたがそう決めたのであるならば仕方ありませんね。しかし、行く当てもないでしょう? ついてきてください。これからあなたが育つのにふさわしい場所に案内しましょう」


 さて、とりあえず適当な貴族の屋敷でも乗っ取りましょう。あまり上とつながりの少ない、それでいて上に届きやすい場所がいいですね。









 今私がいるのは貴族の集うパーティー会場であるはずなのに。ちらちらと、会場内を動く黒い影が見える。それは黒い、浮かぶようなはっきりとしたドレスを着た少女。明らかにパーティーに来た多くの貴族とは違う、異色の浮かぶような衣装がどう見ても目立っているはずなのに、誰も彼女に反応しない。そもそも、あんな貴族の娘なんていたかしら。黒い髪、黒い瞳、肌は……あまり変わらないわね。でも、あの黒い目と髪は珍しいはず。そんな子がいれば少なくとも覚えていないはずはないわ。

 っと、そんなことばかりに目を向けていても仕方ないわ。このパーティーの目的は顔を売ること、多くの人にあいさつしないと。情報収集の意味もあるし、もっとすることはあるはず。でもやっぱり気になってしまう。あの黒い影が。


「あっ」


 目が合った。嫌な予感、雰囲気が漂う。あれはやばいものだ、そうと気付いて目を逸らす。でも、目を逸らしたからと言って何なのだろう。あれが存在することには変わりないのに。いや、目を逸らすのは悪手だ。あれがどこにいるかわからないなんて怖い。もう一度彼女に目を向ける。あれ、いない?


「こんばんは」

「ひっ」


 後ろから声が聞こえる。ねっとりした、闇を孕んだ絶望と悲哀、すべての怨嗟が籠った声だ。思わず悲鳴を上げてしまったが、他の人に奇妙に思われていないだろうか。周囲の様子をうかがうが、まるで反応した様子はない。普通のパーティー会場だ。


「ほら、こちらを向いてください」

「きゃあっ!?」


 肩をつかまれ、無理やり後ろを向かされる。そこには先ほどからパーティー会場のあちらこちらを行ったり来たりしていた黒いドレスの少女がいた。さっき、目が合った、あの時はかなり遠くにいたのに、一瞬でここまで来るなんて普通じゃない!


「大きな声で悲鳴を上げるのは淑女としてどうかと思いますよ? まあ、他の人には聞こえていませんから安心して叫んでもいいですよ」


 静かに言っているが、行っていることは恐ろしいことでしかない。周りを見ても、まるで先ほどの悲鳴が聞こえていないかのようだ。そもそも、今彼らにこちらが見えているのかもわからない。もしかしたら、今ここで私がひどい殺され方をしても気が付かないのではないかと思うほど。


「な、何が目的なの!?」

「別にあなたに何かをする気はないですね。あなたに何かしたところで意味はありません、もっと大きなところの方がいろいろ便利ですから」

「ならなんで……」


 特に何をするでもないのならばなぜこれは私にちょっかいをかけてきたのだろう。


「いえ、目が合ったので。まさか私を見ることができる人がいるとは思いませんでした。よほど鈍感なタイプなのか、それとも闇との親和性が高かったのでしょうか? まあ、そのあたりの話は別にいいですね」


 何を言っているのかわからない。しかし、やはりこの存在は特殊、異常、この世のものではないのだろう。人間に見えるが、人間ですらないのかも。


「そうですね。ちょっとした助言……これからおきる出来事で、あなたにとって助けになるかもしれない情報を上げましょう。たまたまとはいえ、私を見つけたご褒美です」


 目の前の少女はどこからともなく、一枚の紙を取り出した。そして、同じように棒状の何かを取り出し、神に何かを書いている。あれは何だろう。インクをつけているわけでもないのに棒の先からインクが出ている。もっとしっかり見たいけれど、緊張で体が動かない。いや、動かせない。まるで何かに縛り付けられ、抑えられているかのように。


「はい、書き終わりました。いずれ必要になるかもしれません。困ったことがあればその場所に探し、書かれている人物に会うのも一考ですよ。それでは良い饗宴を。最後になるかもしれませんけどね」


 そう言って目の前の少女は去っていった。ふっと消えるように見えなくなると、それと同時にパーティーのざわめきが再開する。いや、今まで音が聞こえていなかっただけだ。そしてそれに気づかないくらいに私は緊張していたようだ。


「………………」


 まるで白昼夢のような時間だった。だけど、手元には彼女の書いた紙が確かに残っており、それがあの出来事が現実であったと証明している。いったいあれは何だったのか。最後に不吉なことを言われたけど、一体これから何が起こるというのだろう。









「まさか私を見ることのできる子がいるとはおもいませんでした。思わずちょっとした運試しも兼ねた贈り物をしてしまいましたね」


 あれはいったい誰にとっての吉となり、凶となるのでしょうね。今回のパーティーにわざわざ来たのは、そのあたりの机の食べ物を漁るのも一つの目的ですが、最大の目的は闇を育てること。すこし闇を流せば人の心の闇は大きく成長するものです。たまたま見つけたあの子は光に帰ってしまいましたからね。拾ったのでしっかりと面倒を見るのは仕方ありませんが、私がわざわざ光を育てるというのもしゃくな話です。

 なので、光と闇の争いの構図を作り出すことにしました。だから、わざわざこんな貴族の集まるパーティーなんかに着て人の心の闇を育て、争いを暴発させようと画策しているのです。全てはあの子が争いの舞台に立つために。別にあのこのためではないんです。全ては闇を育て、それを糧とする、すなわち私のためです。実を言うと、あの子の光を闇に染める手はあるんですよね。光の敗北、すなわちこの光と闇の戦いの構図に参加させ、そこで闇に敗北させる。ああ、その時の絶望はあの強い光を闇に転嫁させるでしょう。


「ふふふ、楽しみですね」


 人生は都合よくいかないことも多いです。この戦いも、やるだけやって結局うまくいかないかもしれません。あの子が参加することにならないかもしれません。別にそれはそれで構わないでしょう。初戦は一つの退屈しのぎでしかないのですから・


「さあ、始めましょう。光と闇の争い、その最初の一幕を」


 まだあの子が参加するのには早いですが、布石の一つはとっとと終わらせましょう。これから長い争いになるのですから。


なお、徹底的に育てた拾った娘と助言を与えた貴族の少女が手を結んだ結果、光と闇の争いは闇が完全敗北した模様。

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