fragment (種族侵略許すまじ)
「くっ…………これは……流石に無理だな」
女性の騎士が街の防壁から地平線を見つめている。
その視線の先には蠢く黒い線。彼女のいる場所からではそれらの行軍の音は聞こえないだろう。
しかし、その光景を見ているだけでまるでその場の音が聴こえてくるかのようだ。
「……オークどもめ」
オーク。彼女の視線の先にいる生物たち。
数多の生物の雌を食い物に、苗床にし繁殖する醜悪な生き物。
この世界においてオークとはそういう生き物だ。種族侵略生物。そういう存在だ。
オークたちの動きは既にこの場所に伝わっていた。様々な街が襲われ、殺され、攫われ。
彼らの生態もわかっており、それによる繁殖の危険も理解していた。しかしそれがこれほどとは。
地平線の先、女性騎士がいる街を襲おうとしているのは無数のオーク。
生まれて成長しきるまでの時間もあるだろう。それにしても、多すぎる。
恐ろしいことにあくまで戦士として出張ってきている数でこれだけの数なのだ。
オークたちの巣にはもっと多くのオークがいるだろう。他生物を借り腹にするとはいえ雌もいる。
「しかし、どうしようもないな……」
数が数だ。食料的な問題については知りようがない。気にしても仕方がない。
彼女のいる街には防壁があるが、それであの数のオークに対抗できるか?
魔法、兵器、何を使ったとしても数の暴力にどれほど対抗できるものか。
「は、ははは……」
諦めるような笑い声が出る。実際もう諦めの気持ちが強いだろう。
オークたちはもう目の前に迫ってきている。対抗策はない。いや、行ってはいるが。
その攻撃でどの程度の数を削れるだろう。一匹、二匹、三十匹? 相手の数はその百倍以上だ。
万を超えるオークが地を埋め尽くしている。いや、正確な数はわからない。
ただ、それくらいに多いと思える数であるというだけだ。
「神よ……」
彼女にできることは神頼みくらいだっただろう。それに価値はない。意味はない。
ただ、そう願うことしかできなかった。
それが、何者かに届いたことは、彼女そしてその街にいた者にとっては幸運だっただろう。
「っ!?」
空から降り注ぐ光の柱。それはオークの群れに着弾し爆発を起こす。
着弾先にいた無数のオークが肉片へと変わる。
「なっ!? これは……!?」
魔法ではありえない。仮に魔法にしても威力が高すぎる。
もしこの街にそれほどの魔法使いがいればその名を知っていてもおかしくはない。
まあ、魔法使いには変人が多いので隠れていた可能性はあるかもしれないが。
「あれは……」
オークたちの頭上に現れたのは一人の男。しかも宙に浮いている。
その男は少々特殊な存在だった。
「種族侵略……この世界でもオークは変わらないな」
彼は許さない。オークを含めた他の生物を侵す、犯す、そんな生物群を。
「滅べ!」
光がオークを消し飛ばしていく。オークたちに抵抗する手段はない。
そうして光が収まった時、そこにいたオークたちはいなくなっていた。
「さて……ゴミの元は根本から絶たないとな」
彼は別の場所へと飛んでいく。オークの危険があるのはこの場所だけではない。
この世界にいるすべてのオーク、種族侵略者の必滅を。
それが神たる彼の与えられた、生まれた役割なのだから。
「あれ、いいのか?」
「何がです?」
「他世界に勝手に赴いて、生物を滅ぼすの」
異世界転移、異世界転生、さまざまな異世界に関与する物事には取り決めがある。
通常の世界移動能力であれば話は違うが、神の関与はかなり複雑なものとなる。
本来、異世界に神が勝手に移動することは許されない。
そのうえ、今回はオークの殲滅を行っている。本来なら対処しなければならない案件だ。
「ああ……別に問題ないみたいですね、彼に関しては」
「そうなのか?」
「はい。私としても勝手な異世界移動は困りものですが……厳密にルールがあるみたいで」
彼に与えられているルールはいくつかある。
一つは種族侵略者が存在する世界であること。オークや触手、魔族や人間など。
一つはそのことにより世界がいずれ滅ぶことが確定していること。
一つは世界として神側の関与の薄い世界であること。
そういった案件が成立して初めて彼はその世界に行ける。
「それはまた……」
「もちろん、すべての世界ではありません。そういった世界への救済策は他にも色々とあります」
既に滅んだ世界から、今まさに滅ぼうとしている世界。
色々な世界があり、それらはまた別の物語として機能する。
彼が関与できるのはそういった物語になりえない世界、観測者のいない世界である。
「そもそも神がそういうことが嫌いなもので」
「ああ、確かに」
「私としてももっと対処する案件がありますからね……主にあなたのせいで」
「ああ、確かに」
攻撃が飛んでくる。今お互い普通に会話していたとは思えないような苛烈な一撃である。
「おおっと、また酷いな」
「この程度避けられるのですから構わないでしょう?」
「まあ、な。で、あいつに関しては放置なのか?」
異世界移動に関わる彼は世界を管理する側としては困りものである。
しかし、彼に関しては彼等の大本である神が関わる案件でそう簡単に手を出せない。
「放置です。残念ながら私では手の出せない部分です。彼自身世界を滅ぼすような者でもないので」
「そうかー。なら俺もいろいろやってもよさそうだな」
「あなたは……………………いえ、しかたのないことなのですが」
「っと! 危ないなあ」
「八つ当たりです。文句は言えませんから、代わりに手を出すことにします」
「酷いな」
とはいえその光景は彼等には日常的である。
男性が問題を起こし、女性が対処する。そんな関係せいで。
「それよりも……彼女に関してはどうなっています?」
「発見できていない。邪神のところの娘さんが発見して以降こっちではまったく」
「神殺しが直接出向いて逃げられたのが最後ですか……厄介です。他の神格級も関与しているのに」
「神の方は?」
「教えてくれません。手を出すな、とは言われてませんから対応はできますけど」
「まったく……面倒な。とっとと異世界観察に戻りたいなあ」
「転生や転移さえ行わなければ幾らでもして構いませんよ? 見るだけで迷惑は被らないので」
「それはつまらん」
再び女性の方から男性へと攻撃が向かい、男性はそれを回避する。
「近々、皆さんを呼んで話したいと思います」
「そうなのか。ああ、でも維持と管理や惰楽と快楽は来ないんじゃないのか?」
「それはしかたがありません。個々の事情があります。まあ、全員が来るのは期待していません」
「半分も来たらいい方、か」
「その二人以外は来てほしいものですけどね」
神様同士での会議。絶対にそこにあるのは面倒ごとである。
「じゃ、その時にまた」
「はい。では」
オーク殺すべし。慈悲はない。風評被害の場合仕方ないが、そういう世界のオークは絶対に許さない。




