fragment (悪の組織と正義の味方の裏話)
「ああ、昼休みだぁ…………」
四限目の授業終了のチャイムがなる。昼休みは楽しい食事の時間だ。食事は至福である。おいしいものに限らずあらゆるものを食べるということは生物として市場の幸福であるだろう。
「今日は…………菓子パンだなぁ」
高校生の昼食は様々だが、家族に弁当を作ってもらうのでもない限りは概ね売店で購入するパンかおにぎりだろう。学食なんかもあればそこで食べてもいい。最も高校生は基本貧乏だ。安い菓子惣菜パンやおにぎりが主体になるのではないだろうか。他人の食事事情など知ったことではない。
五つの菓子パン、四つはいつも食べている同じもので、一つは適当に行った店にあったまだ食べていない菓子パンだ。食べたことのない菓子パンを食べ、どのような味なのかを確かめるのは重要だ。新規開拓はいつも必要に迫られている。
まず最初にジャムの菓子パンを食べる。大体ジャムというとイチゴなのでたまにはオレンジとかブルーベリーとかを食べたいものだ。別に嫌いなわkでもない。十分うまい。
次にどれを食べようか悩んでいると、後ろから同じ組の男子が絡んでくる。
「よぉ、谷倉!」
「……田辺、人が食べてるところ邪魔すんなよ」
田辺良助。出席番号順で言えば俺の前に当たる人物だ。その都合何かと組む機会が多く、友人でもある。そして俺が食事中にちょっかいをかけられると機嫌が悪くなることを知っているはずだ
「んなこと知ってるっつーの。あっちでお前を呼んでる可愛い後輩がいたからな。いつも来てる子だぞ」
その言葉を聞いて小さくため息をついて教室の入り口の方を見る。そこには見知った一年下の女子生徒がいる。
「ああ……面倒くさいなあ」
「呼んでるんだから行ってやれよ。いつもの事じゃねーか」
田辺の言う通り、いつもの事なのである。一月に一回か二回、こういうことがある。
「はあ、食事中なのに……」
菓子パンを袋に入れ、袋を持って教室入り口に向かう。
「谷倉先輩、こんにちは」
「ああ、こんちは。それで何の用だよ?」
「ちょっとここじゃ話しづらいので、いつもの場所で」
そう言ってと廊下を小走りに駆けていく。行く先の場所はわかっている。その駆けて行った後を追うようなことはせず、のんびりと目的の場所へと向かった。
学校の屋上というものは基本的に施錠されているものだ。大抵創作物において学校の屋上は昼食を行ったり昼寝を行ったりといろいろな用途に使われているが、大体の学校における屋上は鍵を閉められたデッドスペースだ。つまり人の来ない空間であり、他者に見られにくい場所でもある。逆に言えば、入る手段があるのならば秘密の話をするのには向いているということである。
すでに屋上の扉の鍵は開いている。先に来た女子生徒、三笠小百合がここの鍵を開けたのだろう。ここの鍵は学校側でどこに置いてあるのかが分からない程度には使われておらず、わざわざ鍵穴の方から鍵を複製したくらいだ。面倒だったがその分誰も来ないこの空間を有効利用できている。
「おう、来たぞー」
「遅いです! こういう時は私よりも先に来て待って居るべきです!」
「お前の方が先にここに向かったのに来れるわけねーだろ馬鹿」
三笠はこちらに向けて頬を少し膨らませながら怒っている。普通ならばちょっと子供っぽいが可愛いな、と感じるのだろうが、こいつの場合は明らかに意図的な感情表現だ。そうすることが自分を可愛く見せる、ということを熟知して行動している。
「馬鹿はないでしょう! 馬鹿は!」
「ああ、はいはい。それで何の用だよ。こっちは食事中だったんだっつーの」
せめて食事が終わった後の呼び出しであればまだそこまで気が立つことはなかっただろう。こいつもそのあたりは知っているはずだが、今まで気にしたことはない。
「ああ、そうです」
ごそごそと胸元を漁っている。ポケットとかバッグとかあるだろうにわざわざそんなところに入れるあたりあざとさを演出しているのが分かる。そもそもそんなところに物を入れる女子は今時いないだろう。そういうのは創作の中だけにしてほしいところだ。
「はい! 今月のシフト表です!」
「確かもうすでにもらったはずだが?」
今月の、と言っているがもう二週目の水曜日だ。貰うには遅いし、すでに二日の時点でシフト表は受け取っている。
「そっちのせいで一人欠けたじゃないですか! 本当なら補充はなかったんですけど、急遽他所から一人来ちゃったんです! その人の分があって色々変更になったんですよ!」
そういえばそんなこともあったな、と思う。色々この業界も入れ替わりが激しく大変だ。シフト表を受け取り、その内容を見ながら思う。
「ほんとに悪の組織と正義の味方が癒着してるなんて世の中終わってるよなぁ」
俺、谷倉礼二は悪の組織の一員で、三笠小百合は正義の味方の一員。この二つの組織はお互いに協力関係にある。正義の味方は悪の組織を撃退することで政府から多大な支援金をもらい、悪の組織はその正義の味方の仕事を振りまきつつ、大きな店や組織を襲ってその場所にある資産を強奪する。互いに戦闘も行うが、過度に被害を出すようなことはせず、今回のように互いの行動を教え合ってある程度バランスをとっているのだ。本当に世の中終わっている。
「悪の組織に入っている先輩が言うことじゃないですよ」
「その悪の組織を潰さずに野放しにしている正義の味方がよく言うよ」
本気で言っているわけではないが、正義の味方側もどうしてそんな選択肢を選んだのか謎だ。そこまで世の中金というわけでもないだろう。
「楽して生きていられればそれでいいじゃないですか。あんまり深く考えるとはげますよ」
「ああ、そう」
こいつに聞いた俺が馬鹿だった。こいつはいつも自分本位の人間である。
「もう、聞いてくださいよ! 今回のシフト表をわざわざ先輩に私に来る原因になった新人がですね!」
聞きたくもない新しく来た人間への不満を全く関係ない俺に言ってくる。いや、全く関係ないということもない。今度からは互いに戦うこともあるだろうから。
「それでですね! どうもこの新人、悪の組織と手を組んでいることは知らないみたいで、色々組織内を探っているみたいなんです!」
「だからなんだってんだ……」
その手の事情はよくある話だ。正義の味方をやる人間のほとんどは正義の心とやらを持っている。こいつみたいにいろいろ腐っていたり黒くなっている人間の方が本来珍しいはずだ。
「こっちで処理するにもいろいろ大変なんですよ! 監査とか面倒なあれこれがあるので。それでですね、先輩。戦いになったら殺すか攫ってそっちでヤっちゃってください! 先輩も立派な高校男児、有り余る性欲をぶつけたいでしょう!」
「人聞きの悪いことを言うなダメ魔法少女」
その手の話題は俺に振るな。別の奴に振れ。
「何でですか? 先輩彼女とかいないでしょう? だから性欲の解消なんてされていないはずですよね……はっ! まさかこの私を狙っているんじゃないですか!?」
さっと体を隠すように腕を動かす。目線だけを向けて三笠の全体を見回してみる。見た目は悪くない、見た目だけは。
「ないわー。見た目だけなら問題なくても性格がクソすぎる」
「はあっ!? 何ふざけたこと言ってるんですか!? ぶち殺しますよ!!」
こちらの貶し言葉に強い殺気を向けてくる。なんだかんだで結構強者の魔法少女だ。
「ああ? やれるもんならやってみろよ?」
こちらも対抗するように殺気をぶつける。傍から見れば一触即発の状況に見えなくもない。俺はともかく三笠の方は半分くらいは本気だろう。最もこの程度のじゃれ合いはいつものことだ。
「……止めておきます。別にやってもいいんですが、その場合報告が面倒なんで」
「はいはい。こっちもわざわざお前と殺し合いはしたくないわ。相手すんのが面倒だからな」
互いに殺気を治め、平和な空気に戻る。
「ま、機会があれば食っとくよ。その新入り」
「性的な意味でですか?」
「食欲的な意味でだ」
さっき否定したばかりなのに同じ話題を振るのはどうなんだ。
「っと、昼休憩ももう終わりか」
昼休み終わりの五分前の休憩の終わりのチャイムが鳴る。そんなに長い間話していただろうか。
「あーっ!! もう休憩終わりですか!? まだお昼ご飯食べてないのに!!」
「それはご愁傷さま」
多分こいつのことだから自作の弁当あたりだろう。そういう所はきちんと周りの点数を稼ぐタイプだ。俺は袋から菓子パンを一つ取り出して袋ごと丸ごと食べる。
「あ、先輩! そのパン一つよこしてください!」
「ちっ。一つだけくれてやる」
適当に一つ菓子パンを選んで三笠に放り投げる。残り二つは丸ごと口の中に放り込んでのみこむ。
「アンパンじゃないですか! 私あんこ嫌いなんですけど!!」
「んなこと知るか。喰いたくなけりゃ返せ」
ううう、とうなりながらもパンを返す様子はない。一度渡したら嫌いなものでも返さない。既に経験済みだ。それを知っていたからと言って意図して渡したわけではない。偶然の産物だ。
「俺から食べ物奪ったんだ、残したら殺す」
「うう、食事に関しては先輩は本気ですからね……」
後ろでがさがさと袋からパンを取り出す音が聞こえる。それを後にして俺は教室へと戻った。