world dragon閑話 彼らの留守に
大樹の世界竜、そこで起きた大迷宮の異常。それに信行達が駆り出された。その間、信行達の住んでいる家にはだれもいない……ということはない。信行達、信行とカナエとルカとルナードとマルフレアの五人はいなくなるが、当然それ以外の人員は必要ないので家に残る。つまりは家の中にフィルモアが残ると言うことになる。
フィルモアは現在カナエから教育を受けている最中だ。カナエがフィルモアに行う教育は徹底しており、あらゆるすべてを学ばせている。その過程でいなくなるとなると教育が途中で中断するし、そもそもカナエのいない間に家のことをフィルモアに任せたいところではあるが彼女には力不足となる。それは問題だ。ならばどうするべきか。
カナエはそう考えて彼女は自分の元同僚に話を持ち掛ける。カナエのような存在、カナエのような教育を受けている人間はカナエのように異世界からの来訪者に提供されるためのものだ。原則として一人の来訪者に一人を提供するのが基本。場合によって変わることはあるが、そういうことはめったにない。彼等もしくは彼女らは相応に教育を受け、相応に能力を持つ。カナエのような大迷宮を一人で抜けられるような異端児は相当な例外ではあるが、それぞれがそれなりの上位者として存在している。少なくとも迷宮の中迷宮レベルならば彼ら彼女らが三人組めば問題なく迷宮探索をできるレベルだったりする。探索以外の能力も当然高い。
彼ら個人の能力はカナエにはるかに劣るものであっても、少なくとも子供一人の教育位ならば十分にできるだろう。
「と、いうわけでこれからよろしくね」
「はいです! よろしくお願いします!」
と、一人の女性がカナエに頼まれフィルモアの教育と家で必要な仕事をこなすことになったのであった。
「ふー。あの子本当にこれ全部……一人じゃないけど、あの子供の教育をしながらやってるのかしら?」
カナエに家の事とフィルモアの教育を頼まれた女性。リルカと呼ばれる女性だが、必要性はないのでこの場では名乗っていない。別に名乗っても構わないのだが、あまり意味がないし下手に知り合いを作るのも面倒だ。カナエとは知り合いではあるが、本当に知り合いであるくらいであり、そもそも彼女らの立場はあまり外にはかかわらない。今回はカナエが頼んできたことで例外的だが。
「本当に、あの子凄すぎでしょ」
カナエのやっていることは多岐にわたり、それらをこなすことは相当な体力と労力が必要である。あまり信行達に見せることはないし、余裕な態度をみせているが実はかなり多忙に渡っている。家の事だけでここに来たリルカが疲れる、大変だとぐちをはきたくなるくらいなのだから他のこともやっているカナエは本当に規格外の能力を有している。
「何でもできて、戦いにもできて……まあ、選ばれるわけよね。別に私が選ばれたかったと言うわけではないけど」
信行の下に行く人員の選出は長など上の方の関係者や異世界からの来訪者という存在に関して詳しく知っている人員によって行われる。その結果カナエが選ば絵れたわけだが、そのほかの人物、カナエと同じ立場の人間の反応はそれぞれで違う。
そもそも、彼女たちはもともとそういう立場になることを望んでそこにいるわけではないことの方が多い。カナエもそうだが、大体は身寄りもない孤児であったり、身売りしなければならないほどの何かを背負ってしまった人物であったり、他にできるようなこともない人間であったりといろいろな人間もいる。その中には様々な考え方があり、信行の側に行っていい生活をしたいと思う者から、そんな面倒な立場に就きたくないと思う者、普通の人生を送りたいと考えるものなど様々で信行の下に行かず安堵した人間も少なくない。もっとも彼らが普通の立場を持てるかどうかは怪しい所だが。
もともと異世界からの来訪者という存在自体が来ること自体稀少で、世界竜の背の上の世界次第ではその話自体が御伽噺に近いくらいのことになることもある。そんなことに期待をかけている人間の方が少ない。そういう意味合いではカナエのようなそのことに対して精一杯尽くす気持ちを持ってい方が珍しいのだろう。
「……なんであの子あんなことになってるのかしらねー」
カナエのことはリルカもあまり知らない。そもそもカナエ自身はあまり周りに対して積極的に仲よくしようとはしていない。同僚、仲間としての関係性はあれども、カナエ自身は自身の研鑽に全力を費やしていた。それゆえにそれについていこうとする人気やかかわろうとする人間はどうしても彼女に巻き込まれ面倒なことに成り得る。ゆえにあまり関わろうとする姿勢を持つ者は少ない。
「終わりましたです!」
「あ。ありがとねー」
「他に何かやることありますか!」
「んー、ないから休んでていいよー」
「……わかりましたです」
フィルモアはやることがないとなるととぼとぼと歩きだす。
「やることがないとだめなのかなー。熱心なのはいいことなのかもしれないけど……うーん」
リルカとしてもフィルモアの扱いは難しい。そもそも彼女自身子供とかかわることは少ないゆえにどう教育したらという気持ちがある。それ以前に彼女自身普通の教育を受けたともいえない。そういう意味では教育自体も間違っている部分が多いだろう。ただ、カナエの望むフィルモアに対する教育という点ではカナエが受けた教育と変わらないリルカ達に対する教育であれば全く問題はないともいえる。
「まあ、あれか。仕事全部終わったら、どういうことをやればいいか、何ができるようになったらいいか教えましょうか」
そんなふうにリルカは考え、残った自分の仕事をやっていく。フィルモアに任せるわけにはいかないような仕事は数多くある。だいたいはカナエのしていたような仕事が大半だ。それを任せるにはフィルモアはまだまだ未熟で若く幼い。リルカとしては心労の募るところではあったが。
「さあ、行くわよ!」
「はいです!」
カナエの任せたことの一つに、フィルモアの修行、戦闘訓練もある。リルカは戦闘に関しては一流とは言えないが、しかし子供に負けるほど弱くもない。
「やあっ!」
「ったー……」
「あら、どうしたのリルカ? 怪我はしてないみたいだけど……」
「ああ、ちょっとねー」
信行達の住む家での仕事が終われば彼女は元の自分の住むところに戻る。フィルモアの教育を行うにしても、彼女は別に住み込みで働いているわけではない。なので夜には戻るようになっている。一人部屋というわけでもなく、同居人もいる。その同居人がリルカの様子を見て心配する。
「確かカナエさんに頼まれて子供の教育を頼まれたのだったかしら?」
「うん、そうなんだけど……」
「言うことを聞かない子だったの? 乱暴な子だったとか?」
「違う違う。教育の中に戦闘もあってね……」
「そんなに強かったの?」
「うーん、最初はそこまでだったんだけど……」
リルカとフィルモアの戦闘訓練は最初はリルカの方が優勢だった。迷宮探索者としての実力のあるリルカと実戦経験のないフィルモアでは当然リルカの方が強いのは当たり前だ。だから最初はリルカの方が優勢だった…………最初の内は。
それが変わったのはフィルモアの能力の使用が許可されてからである。フィルモアの能力はあまり使わないようにという風にされているが、実際リルカとしてもその実力を確かめるために能力の使用を認める必要性がある。なのでその能力の使用を認めたのだが。その結果、リルカが防ぎきれないようなフィルモアの攻撃がぶち込まれたのである。その結果が今の体の痛みだ。痛いで済むだけましともいえるが。
「凄い能力だったのね」
「別に凄くはないでしょうけど……ただ、まともに戦うならあの能力は有用かもね」
大食の能力は目立つ効果もなく、大した能力ではない…………ように見えるかもしれないが、その実単純な戦闘においては極めて有用性の高い能力である。一時的だが今まで食べてため込んだエネルギーのすべてを放出できる、場合によっては世界一つを容易に破壊できる可能性のあるほどに強力な能力でもある。まあそれには相応のエネルギー量を有するものを食べないといけないと言う前提があるのだが、極端なことを言えばそれくらいなことができる可能性もある能力である。
カナエが普段はその能力を使わないようにいうのはため込んでいたほうがいざという時に有用だからである。
「……カナエさんもそうだけど、その子も相当なのね」
「そうね。まあ、そういうもんなんでしょうよ」
信行という異世界からの来訪者。その存在の近くに来る存在は大きな運命に巻き込まれたものである。そしてそれらもまた、特殊な運命や存在や能力などを有する。類は友を呼ぶ、運命はより近しい運命に引き寄せらる。
「大変そうね」
「だね。やっぱり私たちがいかなくてよかったわ……ついていくの大変そうだし」
「私は構わない所ではあったけど……そうね、無理そうだものね」
異世界からの来訪者。その近くに在るのもまた簡単ではない。大きな運命、激動の運命、そういった物に寄り添えるのはまたそれに匹敵するほどの存在や運命を持ち得る者だけなのだから。たとえいくら教育を受けても、それについていけない物は少なくない。
留守中の話。本当はその期間中のフィルモアの日常話みたいなのを書きたいところだったけど書けなかった、残念。




