loop閑話 クルドさんチームの恋愛事情
クルドさんのチームは自分が加わらなかった場合、基本は五人のチームを維持していて、クルドさん、ロック、ハンナ、カイザ、クーゲルだ。女性一人、男性四人。そのため、チーム内での恋愛事情は結構わかりやすい。ハンナを巡ってロック、カイザ、クーゲルの三人が争う形だ。クルドさんは過去に何かあったらしく、ハンナに限らずそういった内容にかかわった様子を見せたことはなかった。三人の争いは、当たり前だが直接的な実力で勝負するわけではなく、男としての自分の魅力をハンナに仕事の中で見せつける、という静かな争いだ。
基本的に、この男同士の争いはいつも誰が勝利するかが決まっている。同じ村の出身のためか、ハンナのことを最初からある程度知っているロックがハンナとくっつくこととなっている。ただし、これは自分がかかわらなかった場合のみの話だ。
自分がかかわった場合、どうしても自分がかかわらなかった場合のチームの受ける仕事とは別の仕事に誘導したり、受けなかった仕事を受けたりと、状況が変わってくる。そのため、いつもロックが勝っている恋愛情勢はまるでわからなくなる。ロック以外の二人とくっつくことがあるだけでなく、まさかのクルドさんに対して好意を寄せたこともあったくらいだ。まあ、その時はしっかり断られたらしい。
こういった恋愛事は基本的に他人事で、今まで何度もチームに入ってもそういったことに巻き込まれることはなかったので、完全に油断していた。だからだろう。今回こんなことになってしまって今、自分は混乱している。
「もう一度言うわ。私はスィゼが好きなの」
「…………」
自分は今、ハンナに告白されている。
結局のところ、ハンナに告白されたまではいいのだが、自分にできるのは断ることだけだった。それを告げた時、何故断るのか、自分のことが嫌いなのか、など言われたが、別に嫌いでもないし、全く好意を寄せていないわけでもない、とは言った。しかし、だからこそ余計に理由がわからないということになり、さらに感情的な物言いをさせてしまった。まあ、言えるわけもないし、言ってもわからないだろう。死んでループをするから恋人関係になってもしかたがない、なんて。結局こちらがはっきりと理由を言わなかったせいで怒って行ってしまった。そのあと、クルドさんに少し飲んで話さないか、と誘われた。断る理由がなかったし、タイミング的にハンナの件についての話もありそうなので誘いを受けた。
「スィゼと飲むのは初めてだな」
「いつもは断ってますし」
あまり酒を飲むのは好きじゃない。恐らく転生する前の日本での生活の名残だろう。酒を飲んでもいい年齢の制限がどうにも気にかかるせいだ。それ以上にアルコールはあまり相性が良くないという理由もあるけど。
「まあ、飲め」
クルドさんが運ばれてきた酒の入ったコップをこちらに渡してくる。一気に飲むのは苦手なので少しずつ飲む。クルドさんも自分のコップを煽り、酒を飲んでいる。
「……私は、いや、俺はこれでも長い間冒険者をやってきている。その中でチーム内での恋愛事も何度かあった」
クルドさんが話し始める。
「意外とチーム内での恋愛はこじれることが多くてな。そうなると雰囲気が悪くなってチームを抜ける仲間も少なくなかった」
「……自分がハンナの告白を断ったことに関して、ですか?」
「……まあ、そうだな。なんでお前がハンナをフったのかは知らないが、お前は色々と隠し事が多い。事情があるんだろう」
色々と新しい迷宮や鉱脈に案内したり、ループの都合で解決法を知っている依頼の解決をあっさりしたりと、色々と新米冒険者としてはおかしいことをしている自覚はある。そのあたりに目を瞑ってくれているクルドさんはいい人だ。
「ハンナをフったことに文句があるわけではない。娘というか、妹みたいなものというか、元々の村の仲間として思うところもあるが、他人の恋愛にどうこういうのは違うからな。だが、それでチームの雰囲気が悪くなるのはよくない。スィゼ、お前はハンナと今までと同じように接することができるか?」
「……自分はどちらかと言えばフった側なので大丈夫です。ただ、ハンナのほうがどう思うかは難しいんじゃないですか?」
好きになった相手に告白し、フられるというのは結構なショックだろう。それを経験する羽目になったハンナの心情のほうが問題になるはずだ。
「確かにハンナのほうがつらいだろう。後で話を聞くことにしよう」
「そうしてください。話せる相手がいることはいいことですから」
「……お前は俺に隠し事を話してくれたりはしないのか?」
信頼はしているが、流石に話せる内容ではない。正確には話す意味がない。一時的にループのことを知ってもらうだけでは意味がないからだ。
「残念ながら」
「……そうか」
一言だけを言葉に出し、クルドさんは酒を飲む。
「……クルドさんは恋愛事を避けてる節がありますけど、昔何かあったんですか?
「自分は隠し事をしているのに俺の詮索をするとはな」
言葉ではそう言っているが、顔は笑っている。若干苦笑い気味ではあったが。
「……あまり面白い話でもないがな。昔俺が所属していたあるチームでの話だ」
酒の勢いか、昔のことをクルドさんが話し出す。
「そのチームでは…今のチームのように、女一人で男が複数の構成だった。と言っても当時は恋愛に意識を割くほどの余裕がなくて、今のように自分の実力を格好よく見せる、なんてことはなかったがな。そんな中、女の方から俺に好きだ、と言ってきてな。そのまま関係を持ったんだ。まあ、そこまでは変な話じゃない」
そこで一度話を切る。思い出すのが苦しいのか、また酒を注文し、それを飲んでから話を再開した。
「……ああ、どこまで話したか。確か女と付き合ったところまでか? 俺と女は付き合い、何度か関係ももった。チームの仲間には内緒でな。内緒にするのは女側からの提案だった。女ひとりのチームで誰かが付き合っていることが分かると喧嘩になるかもしれない、ってことでな。まあ、そいつがそんなことを言ったのは別の理由だったんだが。ある日、チームの一人が言ったんだ。その女と付き合ってるってな。それを聞いたときは俺がそいつと付き合ってるんだ、って言いそうになった。だが、事を荒立てるのもどうかと思ってすぐには言わなかった。他の男の一人がその女が自分と付き合ってる、って言いだすまでは」
「……まさか」
「その女はチームの男全員と付き合っていた」
なんとも恐ろしい話だ。しかし、こういう話は直接付き合うまで至らなくても、似たような話はいくらでもある。性別が逆の場合の話も少なくもないだろう。まあ、よくある話の一つと言ったところだろう。
「結果、チームはそれが分かって早々に解散した。それから俺は女と付き合うということに苦手意識を持ってな」
「トラウマというやつですか」
「そこまで酷くはないな」
笑顔でクルドさんは答える。苦い思い出になってはいるが、心の傷にはなっていないようだ。
「……俺の話は教訓みたいなものと思ってくれればいい。お前も、俺みたいなことにはなるなよ?」
「はい」
そこで会話が終わり、そのあと少し酒を飲んで宿に帰った。クルドさんもいろいろと大変な経験をしているようだ。
その後、最初のうちはハンナとの間で少しギクシャクとしたが、そのうち自然に元の状態に戻っていった。自分がフったあと、ハンナがどういう気持ちだったのか、その後も恋愛感情が残っていたのか、そのあたりはわからなかった。それを知る前にいつも通りに戦争に参加して死に、ループの最初に戻ったためだ。結局、ハンナに告白されたのはこの時だけだった。
バッサリと一言で語られている幾度ものループの中ではこういうことも会った、という話