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fragment (悪意に負けた神と闇の呑まれた世界とその後始末)

 神は人が好きだ。


 少なくともこの世界の神は人が好きだ。それぞれの神の性質で違いはあれど、世界を管理し人に、そこに住まう全ての存在に可能な限り幸福に、安息に、平穏に、普通の生活を送れるようにする。一部の悪神や邪神とよばれるような存在でも、本質的に人が好きであることには変わりがない。それがどういう部分やどういう方向性でかはまた別だが。

 この世界……ある一つの世界を管理する神もまた人が好きな神だった。その世界はこの世界由来の世界ではなく、外部から世界蒐集存在があらゆる世界の情報を集めることを行うか形でこの世界に転がり込んできた世界情報から構築された世界である。

 この世界において世界は基本的に優しい世界である。それは神が人が好きで人のために世界を作るからだ。それゆえに、人が絶望し苦痛に喘ぎ血反吐を吐くような人生を送るようなそんな絶望の世界は作らない、作れない。そして絶対にこれは許さない、許していけないと言うことが存在しそれらを行わないよう、行えないよう世界構築の裏側で微かにそういう意思が生まれないように仕組んでいる。もっとも完璧に制御できるわけではないのだが。

 しかし、別の世界をそのまま取り込んだような世界であれば話は違う。その世界の動き、流れ、運命をそのまま持ち込んだそれはこの世界ではありえないことですら許容する。本来この世界はあらゆるすべての物事を許容する性質があるのでそれ自体は全く問題がないことではあるが、世界を作る神や世界をまとめている管理者的な神、あらゆるすべての神が色々と個々で工夫し問題とならないように対応する。それであるがゆえに神の多くはそういった絶望や苦痛に慣れていない。


「っ! また……!」


 ある一つの世界、小さな世界を見守る一柱の神もまたそうである。

 世界は戦乱の世界だ。ある一人の人間が頑張り、努力し、その世界の戦乱を治めより良い世界を作ろうと努力し、人々をまとめ戦い苦労している。それは別に普通なことだ。そんな暮らしをして、人との付き合いを作り、異性とのつながりができて想い想われる。人間性からか複数人から想われているという点が少々むっと感じる者もいるかもしれないがそれ自体は何ら問題の無いことだろう。その時代や世界の観念によっては珍しくもない。

 だが、問題はそこではなかった。その頑張っている一人の人間が報われない、そんな運命にあったことが問題だった。

 別にどれだけ人のために頑張っても、努力しても、苦労をしても、そういう風に報われずに終わることなど珍しくもない。結果がすべてとよく言われるだろう。だが、その結果が導かれる理由に一人の人間、それもただ偉いと言うだけで努力も何もしていない人間が存在していたらどうだろう。ただその地位にあるだけですべてを奪い、どれだけ一人の人間が努力してもその成果はその人間の者となる。自己の欲のために他者の想いを踏みにじり、引き離し、その全てを奪う。その結果が報われない人生だ。奪った人間は欲を満たしてさぞ幸福だろう。


 それがどれほど見ている側にとって絶望を感じるか。


「うううううう」


 神は人が好きだ。人のことを愛している。そして同時に人のことを信じている。人は善き者であると。だからこそ、人の幸福を祈り人の安息を願い人の平穏を守るのである。それらを行うのは世界を管理する神であるがゆえだが、同時に人々のためでもある。

 その全てをただ一人の人間が無造作に奪っていく。


 お前が何をした。私はお前のために世界を管理し守るわけではない。


 せめてまだその人間が戦い努力し、その成果として得るのであれば納得がいたかもしれない。しかしそうではない。ただ命令して奪うだけ。


 ふざけるな! 人の幸福を奪ってのうのうと自分だけ幸せに生きて、それが本当に幸福と呼べるものか!


 結局のところ人の幸福というものは人の主観に他ならない物だろう。誰かが幸せになれば誰かが不幸になると言われるが、幸福量保存の法則とも言われ鵜用何かが言われるが似たようなものではある。一人の人間を二人が思えば、その二人が同時に付き合える世界でなければ一人は確実に身を引かざるを得ないように、環境やら何やらで奪い奪われるような事態はおかしな話ではない。だがそれが一方的なものとなれば、それはただの蹂躙に他ならない。

 苦痛、悲哀、絶望。たとえどれほど奪われた人間が頑張り受け入れても、それ以外の者はどうだろう。その奪われた者はどうか、その家族はどうか。ちっぽけでも途轍もない幸福が、ただ一人の欲に踏みにじられて終わる。


 許せない! 許せない! 許したくない!!!


 しかし神はどれだけ心で思っても、世界への干渉は出来ない。彼女にできることは世界を平穏に管理することのみ。彼女にできるのはただ世界を見ていることのみ。それはいったいどれほどの苦痛だろう。何もできずただそれを知り、そしてそれを感じる。本人でないからこそ感じる傷みもあれば、本人のように感じる傷みもある。見通せるのは世界だけでなく、人の心もまたそうなのだから。


「ううううううううううううううう」


 彼女はあくまで善良なだけの普通の神だった。神に普通も何もないかもしれないが、特別な何かを持っている神とは違う普通に世界を見通して管理するくらいの能力しか持たない、極めて普通で善良なだけの神だった。もし彼女がもっと力のある神であれば、神託や力を貸したり、神罰でもできたかもしれない。無理を押し通すことができたかもしれない。もし彼女が善良な心がもう少し薄ければ、まだ少し心が傷つくだけですんだかもしれない。もし彼女が男のかみであったのならば、不快に思ってもまだ許容はできたかもしれない。その欲を理解するだけはできるから。

 だが、彼女にそれらのことは出来なかった。彼女は神として、すべてを見通して、その世界で黒い、黒い、闇を、絶望を、感じ、見て、知ってしまった。


「うううううううううううううううううううう!!!」


 だから彼女には耐えられなかった。闇を受け入れ、その全てを自分の中に抱え込んでしまった彼女は善から闇へ、一気に反転し、そしてその闇を暴走させてしまった。








 闇の中、一柱の神が視線を上にあげる。深い闇の底、底層と呼ばれるあらゆる世界の闇が滴り落ちて闇が降り積もり一つの闇の世界となっているそこにいる黒い髪、黒い瞳、服に至るまで黒一色。しかしその肌はどこかうっすらと光を帯びているかのように闇に映えている。


「……嫌な闇がでてしまいましたか。はあ、ああいう闇の後始末は面倒なんですよね」


 彼女は闇の世界、底層を管理する神。邪神とも呼ばれる存在である。邪神というが、正式な名前はない。邪神というのが正式な名前と言ってもいいだろう。一応偽名でよこしまなる真逆のかみということで『よこしまみか』と名乗ることはあるが、それはやはり偽名である。


「世界を闇に鎮める許可は……ああ、やはり出ていますね。まあ一般の神で受け入れられないような世界ですしそうもなりますか。最近は本当にここに鎮める必要のある世界が増えましたからねえ……ま、いいです。神殺し、いますか?」


 邪神が闇へと声をかける。少ししてのそりと闇の中から一人の男性が姿を現す。


「バアア、何の用だよ?」

「婆はないんじゃないですか? 一応母親ですよ」

「自分の体から産み落としたわけでもねえのに母親面するんじゃねえよ。だいたい育てられて覚えもねえぞ?」


 男性……神殺しの言い分に邪神も苦笑するのみである。神殺しの言っていることは何ら間違いではない。神殺しを邪神が作ったと言う意味合いでは母親というのも間違いではないが、人間的な営みから生まれたわけでもないのでやはり母親というには少々弱いかもしれない。だが別にそういう方法で生まれてもおかしくはないだろう。何せ彼らは神なのだから。


「で、何の用だ? わざわざ俺を呼んだだけってことはないだろう」

「ええ。お仕事です」

「……ちっ」


 神殺しが舌打ちをする。邪神が口の端を吊り上げ笑顔を浮かべ神殺しを見つめる。


「おや……やはりあなたは良い子ですねえ。前回のこと、やはり後悔していますか?」

「してねえよ。あいつは殺すしかなかった。そうだろうが」

「今もあれが落とした紙片を持っているの、知ってますよ?」

「うるせえよ。とっとと仕事の話をしろよっ!」

「やれやれ……まあ、いつまでも息子をからかっても仕方ありません」


 過去の話は隅に置いて、邪神は本題へと移る。


「ある世界の神が闇に堕ちて暴走したようです。このままでは世界に闇が広がり世界が良くない状態となるでしょう」

「何だよ。ババアにとってはいいことじゃねえか。普段から闇を増やすように動いてんじゃねえか」

「闇にも良し悪しはある物です。家族を殺されて怒った人間の闇と、絶望して空虚になった人間の闇は別ものでしょう? 今回の闇は良くない闇です。最近はこの良くない闇の発生率が高くて困りものなんですよ……」

「ふん。知ったこっちゃねえな……でも、何でそこで俺に話が行く? ババアだけでもなんとかできるじゃねえか」


 実際のところその闇の発生源である神を何とかするだけならば邪神でもできる。邪神以外にも、神を管理している神やら色々な神がどうにか対処できるが、神に対して何かできる神という存在は色々なしがらみや権限的なものがあって複雑な問題がある。なのでそうそう神を終わらせて闇の現出を防ぐことは難しい。

 その例外となるのが神、邪神、そして神殺しのような特殊な対神存在である。しかしそうなると確かに邪神が何とかしてもいい話ではある。


「私が行ってもいいですか……今回暴走した神、救いたくはないですか?」

「……どういうことだよ」

「あなたなら殺して闇の現出を抑えられます。そうして死んだ神から私は闇を吸い出し、残った神は世役所へ届けて生き返らせる。管理神を続けるか、それ以外の何かを仕事にするかは別ですが色々と可能性はあるでしょう。世界は闇に鎮めないといけないので残せないでしょうけどね」

「ババアだけでどうにかした場合は?」

「神もこっちに引き込みます。一生……神ですから永遠に私のオモチャですね」


 にたりと口の端をつりあげて邪神は神殺しを見る。その発言内容に神殺しも思わず無言になり邪神をにらみつける。しばしそのままの状態が維持され、神殺しが小さくため息をつく。


「はあ、しかたねえ……やるしかねえんだろ?」

「ええ」

「ったく。このババア邪神の癖しやがっていい子ちゃんぶりやがって……」

「邪神とは言いますが、そもそも私は単なる神の逆しまにいる存在なだけですよ。善に対し悪、光に対し闇、男に対し女、神に対し邪神。神が男だったから私は女で邪神なだけです。本質的には私も神の持つ力の一端にすぎないですからね」


 少しだけ、寂しく邪神が笑う。彼女は完全な邪悪ではない。彼女は自身を悪、闇、邪神として認識しそのように振る舞っているが、彼女の上位に神という存在がいて、彼女はその力として神の一端でもある。それゆえに、彼女も神に近い性質がある。すなわち善性の在り様である。闇に生きる存在、邪悪なる神、そんな存在でありながら完璧にそうであることを許されない。

 本質的に彼女は闇を管理するものでしかない。底層、闇の世界、そこに落ちてくるあらゆる闇を、眠らせている闇を生み出すあらゆる世界を。世界ある限り闇は無限に生まれる。その整理や調整もまた、彼女の仕事だ。


「……そういえば、一つだけ伝えておきます」

「何だ?」

「あなたの持っている紙片をいずれ使うことになるでしょう。あなたが殺したあれも神として認められたようで。どこかで二言の神という形で再生するようです」

「そりゃ目出てえ話だが……」

「ですが記憶が完全ではないようで。まあ元が元ですからね。あなたのもつ紙片、あの存在の力を発生させる一端でしたでしょう?」

「…………はあ、めんどうじゃねえか」


 疲れたように、神殺しが息を吐いた。






「…………やっぱババアやべえな」


 神殺しは下を見下ろす。天の上、世界の外側。神がいる場所は通常世界の上、内側ではなく外側に近い微妙なところにいる。そこから世界の内側へと戻ってきて、最初に目に入った世界の光景。

 黒。闇。黒の海。世界のすべてが闇と黒に飲み込まれている。世界を飲み干す程の闇、それは全て邪神が世界の底から引き上げてきたものだ。それだけの闇を邪神は完璧に扱いきれるのである。神ですら対抗するのは並みの神ではまず無理、世界に匹敵するだけの力をもってようやく対応できるくらいだろう。

 それだけの闇が世界を覆いつくし闇に飲み込む。闇に飲み込まれた世界は闇の中で眠りにつき、闇に沈み鎮め静まる。


「終わりましたか?」

「ああ」


 神殺しは肩に既に生きていない女性を担いでいる。この世界の管理神だった存在である。


「お姫様抱っこで持ってきたらどうです?」

「死んだ奴はただの物体だろ。生きてたら考えてやったろうけどよ」

「まあ、いいです。それはこちらが預かりますね」


 神殺しが邪神に渡す。本人が言うように邪神の方はお姫様抱っこで持っている。その状態から片手を外しその体制のまま、外した片手を死んだ女性の胸に当てる。別に特殊な趣味があるわけではない。それが一番楽な手法だからだ。

 邪神が胸にあてた手を上にあげるとそれにともなって黒い、黒い闇が出てくる。そしてその闇は取りこぼすかのように横へと抜けて下へと落ちていく。落ちていった先はこの世界を飲み込んだ全ての闇の海。


「さて、こんなところですね。では私はこの子を連れて行きますので」

「ああ。俺は戻っとくわ」


 そこで邪神と神殺しは別れた。世界を飲み込んだ闇はまるで穴が空いたかのようにどこかに退いていき…………闇のあったその場所はすべてが消えていた。








「ふう……しかし、やはり神の経験や配置するものはもう少し口出ししたほうがいいですかね……私の仕事じゃないような気がします」


 世界源流を揺蕩いながら邪神は色々と思惑、思考をぶつぶつと愚痴として呟く。


「最近は望ミ絶チも育ちが良すぎて困りますね……もう少し流入する世界を選択するように仕向けますか? ええ、また言いますけどこれ私の仕事じゃないですよね。神、創造主も何をやっているのやら]


 最近の情勢からぶつぶつと邪神は愚痴を吐く。そんなふうに死んだ女性の神を世役所に連れて行こうとしている所に、世界源流の強い潮流が流れているところにぶち当たる。


「きゃっ!?」


 邪神という存在の割には実に可愛らしい叫びだと思える悲鳴をあげる。しかしそれも一瞬、すぐに強い世界源流の潮流に耐え、その元を睨む。


「……全く、実に不満です。そもそも海のような海流ではないのにどうしてもう………………あれ?」


 手の中に、重みがない。それに邪神が気づいた。


「あ」


 先ほどの流れ。それを浴びてその衝撃により、邪神は持っていた彼女を取り落としてしまったようだった。

激情から生まれた感情を叩きつけた内容。ストレス発散の代物。なお、この後も何かに続く模様。核かどうかは未知数ですけど。

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