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fragment (魔王軍幹部と勇者の対話)

「ようこそ勇者さん、いらっしゃい」


目の前にいる女性はその姿だけなら普通の女性のように見える。しかし、よく見ればその体のいろいろな場所からは植物が生えている。

魔王軍の5人の頂点、その1人の森の王だ。私たちはその5人の頂点の2人を倒したところだった。

2人目を倒した後、私たちの下に鹿が訪れた。ただの鹿ではなく魔物の鹿だ。その鹿はあるメッセージの書かれた羊皮紙を持っていた。

森の王が私たちに宛てた招待状だ。その案内に従い、この森を訪れた。罠かもしれなかったが、その時は罠を打ち破り倒すだけだと考えていた。

私は森の王に何故私たちをこの森に呼んだのかを尋ねる。


「なぜあなたたちを呼んだのか…そうね、勇者さんと一度話がしたかったからよ」


話がしたい。まさか魔王軍の一員からそんな言葉が出るのは予想外だった。

魔王は勇者と勇者の属する人間全てを敵視し、勇者は魔王とその率いる魔族を討ち果たす。

古来より決められた、定められた私たちのルールだ。そんな関係だからこそ、話がしたいなどという言葉が出るのは考えの外だ。


「驚いてるわね。私たちの関係は殺し殺されるものだから仕方ないとは思うけど。でもね、それは必要なことかしら? 私はそうは思わないのよ」


そんなはずはない。今までずっと私は魔物を、魔族を殺してきた。魔物と魔族も私たちを、人間を襲い殺してきたのだ。


「でも、今私はあなたと話してる。それは私たちが敵対関係以外の関係性を持てることにならないかしら」


……確かに今ここで話しているのは今までの魔王軍たちとは違う。しかしそれだけで今までのすべてを無にできるわけじゃない。

多くの仲間を失った。多くの人の死を見た。多くの魔物を殺した。多くの魔族を殺した。多くの戦場を経験した。

お互いの歩いた道に存在したそのすべてを無視した関係を持てるわけがない。


「……忘れろなんて言うつもりはないの。私も忘れるつもりはないわ」


コトン、と互いの前に木でできた椀がおかれる。中にはお茶と思わしき飲み物が入っている。

話し合いという体裁である以上、毒が入ったものではないだろう。しかし安心して飲めるほど相手を信用できるわけじゃない。

森の王は椀に手を付け中身を呑む。少なくとも相手の飲み物に毒は入っていないようだ。


「別に何も入れてないから飲んでもいいわよ? まあ、私が言ってもそれが本当かどうかはわからないものね。ねえ勇者さん、ここに来るまでこの森でいろいろ見たわよね?」


森に来る途中、色々な動物を見た。この森では肉を食らう動物も草を食べる動物も、その両者を襲う魔物も共存していた。

それは普通の森ではありえない光景だ。そしてそれらの動物はこちらを見ても襲い掛かってくることもなく、逃げることもなかった。

いや、それだけではない。この森には外にはいない、今は人間の土地の近くにはいない多くの動物もいた。

こちらでは絶滅していた動物だ。この森にはそれらの動物がいた。


「あの子たちは人間に滅ぼされかけてたからいくつかの群れをこちらに引き入れたのよ。外に残った子たちは滅んじゃったみたいね。ああ、別にあなたたち人間を責めるわけじゃないのよ? 生物が滅ぶのは自然なことだもの。別に人間が滅ぼした生物が滅んだ生物のすべてというわけじゃないし。人間が滅ぼした生物はそこそこ多いとはいえるかもしれないけどね」


……確かに人間が自分たちの欲で多くの生物を食い物にしているのは否定できないことだ。

それを自然なこと、と受け入れるのは少し違うとも思うが、


「そうそう、あなたたちが見たのは動物だけ、じゃないでしょう?」


確かに森の中で見たのは絶滅した動物だけじゃない。多くの亜人もみた。

彼らはこの森で村を作りそこで生活していた。その殆どが人間に追いやられた亜人だ。

この森には人間が追いやり滅ぼした、様々な生物が過ごしている。


「そうね。この森はあなたたち人間により追われた多くの生物がいるわ」


………同じ人間も。


「そうよ」


この森には亜人だけではなく、人間も住んでいた。彼らに話を聞いたところ、国を追われ、街を追われ、村を追われ、住む場所をなくした人たちだった。

犯罪に手を染めた者から体の一部を失って出ていかざるを得なかったもの、生まれつき特殊な身体特徴を持つ者、多種族との混血、先祖返り、理由は様々だ。


「この森は私がいろんな種を守るための場所なの。だから一度勇者さんには見てもらいたかったの」


確かにそういう場所であるところは理解した。しかし、森の王はなぜ私にこの森を見てほしかったのだろう。


「私の気持ちを知ってほしかったからよ。私は種を守る。この森に多くの種を住まわせることは魔王様に知らせているわ。こう見えても魔王軍の上から3番目だもの。これくらいのお願いは聞き入れてくれるのよ」


私が森の王の気持ちを知ってどうなるというのだろう。私は魔王軍と敵対しているのだ。


「あなたは人間の代表よ。人間の国の王なんてまるで意味のない存在。人間にとって一番重要なのはあなた、勇者なのよ」


いまいち実感がわかないが、勇者が重要であるというのはそうだろう。魔王を討つ存在なのだから。


「もし、あなたが私の意見を受け入れてくれるなら、そんなことも必要なくなるわ。だからこの森を見せたの」


どういうことだろう。


「魔王軍が人間の国を滅ぼし、その土地全てを手に入れたら、私も広い土地を管理することになるわ。この森も含めてね。その土地に私は人間も住まわせていいと思ってるの」


人間を住まわせる? 魔王軍の一員が言う言葉とは思えない。だが確かにこの森には人間が住んでいる以上、単純に否定できるものではない。


「私は人間を滅ぼすことには反対なの。だから人間を生かしてもいいと思っているわ。だから私の管理する土地限定だけど人間を住まわせるの。この森のようにね。ただ、全員は無理だから今より数はとても少なくなるでしょうけど。でも、そうすれば人間は滅ばずにすむわ」


そんなことが受け入れられるわけがない。そもそもこちらの土地を奪い住まわせるというのだから根本的に間違っている。


「確かに変な話ね。でも、人間を生かすためにはそうするしかないわ。あなたは人間の代表よ。あなたが受け入れてくれれば全て解決するの」


私に人間という種の生き死にを決めろ、ということなのか。森の王はそういっているようだ。

………本来私がそんなことを決めていいはずがない。そんなことを決める立場に私はない。少なくとも私はそう思っている。

だが、決めろというなら私は自分の言葉を言うだけだ。


「どうするの?」


私は受け入れない。人間を生かすために人間が殺されるのを見る、そんなことを認めるつもりはない。


「そう……受け入れてもらえると思ったのだけど」


結局森の王は魔族、魔王軍の一員なのだ。その考えは人間のことを考えたものではなく、魔族のことを考えたものだ。

私たちは人間だ。私たちは人間のことを考えたことを受け入れるべきだ。だから私は森の王の考えを受け入れるつもりはない。


「なら、私たちは敵同士ね。あなたを倒して、この森にいる人間のように追いやられた子たちを生かすだけにとどめるわ」


そう言って森の王は立ちあがる。


「これから殺し合いをするのだから構えなさい」


こちらに時間をくれるようだ。いや、向こうも準備がいるのだろう。ざわざわと森が鳴動する。

森が、すべての植物が、この土地が、彼女の支配下であり、手足なのだ。

こちらもすぐに剣を構える。彼女と敵対するということはこの森すべてと敵対するということだ。厳しい戦いになるだろう。






その日、森が死んだ。木々は枯れ落ち、地が荒れた。その土地に住まう多くの動物は隣にいるもの襲い、食料を失い逃げ出した。

森はとても広大だった。故に逃げた動物は餌を求め遠くに向かい、その途中で力尽き、生き延びたものもその土地に住む生物に追い払われ死んだ。

その森に村を持っていた亜人や人は住む場所を失い、人の住まない危険な土地に向かった。

恐らくその半数以上はその地で死を迎えることになるだろう。

その日失われたものは多大であった。

勇者は思う。自身のとった道は正しいものだったのだろうか、と。


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