第四章《災厄の種》 Ⅲ
アスモデウス、自称・恋のキューピッドの言葉を鵜呑みにしたフレアは、レイアを押し倒すために早起きしました・・・・・・なにを書いているんだ私は・・・・・・?
◆フレア・アデラード 視点
やっと朝が巡ってきた。今日、わたしは貴女を手に入れる――レイア。
「おっ、フレア自分から起きるなんて珍しいな」
二階の自室から一階の居間へ降りてきたわたしに、エイダお母さんが声をかける、隣にカーラママもいる。
「おはよう、エイダお母さん、カーラママ・・・・・・」
わたしが挨拶をすると、怪訝な表情を浮かべる二人。
首を傾げながらカーラママが訊ねてくる。
「フレア、今日は元気がないようだけど・・・・・・?」
「そんなことないよ、わたしは元気だよ・・・・・・」
そう、わたしは元気だ。なぜなら、ころからレイアを――えっと・・・・・・なんだっけ?
『――レイアを押し倒して無茶苦茶にする、でしょ・・・・・・?』
わたしの精神? にいる【アスモデウス】が助け舟を出す。
昨日の夢に出てきた、【アスモデウス】は、恋のキューピットのようなものらしいので、わたし恋の手助けをしてくれるようだ。
『そうそう、それ――であってるんだよね・・・・・・?』
『初めはカマトトかと思ったけど、本当に天然なのね・・・・・・』
『えっ、ああ、わたしの髪は天然だよ~、ゆるふわウェーブだって羨ましがられるよ、えへへ」
『本当に天然ね・・・・・・』
表情は見えないけど、多分、【アスモデウス】は呆れ顔だと思う。
――やっぱり、【アスモデウス】の言ってることはよくわかんない。
【アスモデウス】と話していたわたしは呆けた状態に見えたらしく、今度はエイダお母さんが声をかける。
「おい、本当に大丈夫かフレア・・・・・・?」
「・・・・・・」
「フレア・・・・・・?」
「えっ? あ、大丈夫だよ、問題ないよぉ~」
自分でも歯切れが悪かったと思うが、体には不調はないので問題なし。
家にいても二人を心配させるだけなので、すぐに家から出ることにした。
「大丈夫なんで、行ってきま~す」
家から飛び出すわたし、その姿を唖然と見送る二人。
「フレア、朝ごはん食べて行ってないな・・・・・・」
「お弁当も忘れて行ってるわ・・・・・・」
そのときわたしは重大な失敗をしてしまったことに気がつかなかった・・・・・・。
【まどろみの森】を走るわたし。
「それより、レイアと戦うことになったら勝てるのかな~?」
わたしの質問に【アスモデウス】が少し考えてから応える。
『普通に考えたら戦闘経験が皆無なアナタに勝ち目はないけど・・・・・・」
「・・・・・・けど?」
『“魔力量”はアナタの方が上のようだし、アナタ自身の“花宝具”でもあればねぇ・・・・・・』
「えっ? “花宝具”って・・・・・・」
『“花宝具”は、その“無原罪者”専用の武器なり“魔法具”のことで、“無原罪者”の『遺産』であり『記憶』だとされてるわ』
レイアの“碧海の書”だったり、レティシアの“蒼天の書”のことだと思う。
でも、遺産? 記憶? どういうことだろう?
「それってわたしにもあるのかな~?」
『アナタには記憶があるでしょ? つまりアナタの中に眠っているのよ」
「ああ、つまりわたしの記憶に眠っている、ってことだね。ちょっと、探してみる・・・・・・」
『そんな簡単に見つかるわけ・・・・・・』
【アスモデウス】の言葉を最後まで聞くことなく、わたしの意識はわたしの記憶へと沈みゆく・・・・・・。
記憶の海を漂うわたしの意識、わたしの今まで生きてきた七年間では何も見つからない。
――それじゃあ、前世の記憶は・・・・・・?
わたしの知らない“わたし”が語りかける。『前世』という言葉で思い当たるのは、最近、夢で見た『勇者・レイアと魔王を討伐する』という話。
――そう、確かあのとき・・・・・・。
わたしが彼女と旅をするときに持っていた杖の名は・・・・・・。
――『向日葵』のような杖の名は・・・・・・。
――聖杖《ヘーリアンテス》。
海を漂っていたわたしは森に佇み、目の前に輝く『向日葵』を模した自分の身の丈ほどの杖に触れる。
杖は光の粒子となり、わたしの中に溶けていく。そう、この杖は前世の“わたし”が残した『遺産』であり、過去と現在のわたしを繋ぐの『記憶』。
そっと胸に手を当て、ゆっくりと目を閉じる。
この『記憶』が過去の“わたし”と彼女を結んでくれたように、現在のわたしと彼女を繋いでくれる。
そして、彼女のことを想う、現在も過去も変わらぬ、『白百合』のように美しい彼女を・・・・・・。
◇レイア・エンフィールド 視点
学校の周囲を私の“使い魔”である“青い蝶”に目立たないようにフレアを捜してもらったが見つからなかった。まるで、曇り空に太陽が隠されているように、彼女を見つけることを何かに遮られているようだった。
授業が全て終わり放課後となった現在、私とレティシア、翼と渚は教室で雑談に興じていた・・・・・・雑談?
「私が彼女を望むことは・・・・・・太陽に恋をすることのように儚い望みなのかしら・・・・・・」
「いい加減にしろっ! 根暗雪女ァァ!」
「・・・・・・言葉遣いが汚いですよ、翼」
暴言を吐く翼を注意する渚。綺麗な声で口が悪い翼はもっと女の子らしくしたらもっと親しみやすいだろうと思う、まあ、彼女はこのままで充分に魅力的だけどね。
「いやだって、レイアがじめじめしてると教室の湿度が上がるうえに、寒くなってきただろぉぉ!?」
「そうですね・・・・・・、心なしか寒くなってきました・・・・・・」
私の気分が下がっているため、私から発せられる“魔力”で室内の気温が下がっているようだ。私と『霊体』のレティシアは寒さを感じないが、翼と渚はかなり冷えてきているようだ。
そこで、レティシアが「いいこと思いついた」と前置きしてから『霊体』のように浮いていて軽い口を開く。
「渚と翼で抱き合って温め合えばいいじゃない。ええ、それがいいわ、翼は体毛がもふもふしてて温かいのでしょう?」
「んなわけあるかぁぁ! 耳と尻尾以外、普通の人間じゃぁぁ!」
「そうですよ! 翼のお肌はスベスベですよ、耳と尻尾はふわふわですけど」
「へぇ~、渚は翼の裸を見たことがあるし、触ったことがある、ということよねぇ・・・・・・?」
レティシアの指摘に、渚は墓穴を掘ってしまった、という顔する。
「昔は一緒にお風呂に入っていたりしただけです・・・・・」
「さ、最近はないぞ、もうお互いいい年だからな・・・・・・」
「お年頃の間違いじゃない? それと、どうして最近、一緒にお風呂に入っていないのに翼の肌がスベスベだとわかるのかしら~?」
小悪魔に弄ばれる純真な二人、流石に可哀想なので彼女たちに変わって補足説明する。
「着替えのときに目に入ってしまうのでしょう、意識しないようにしようとしてもつい見てしまう、という彷徨の時期特有の症状よね?」
少し遠まわしな表現だが、思春期だから気になる女の子の着替えをつい見てしまう。だから、渚は翼の肌が綺麗なことを知っている、逆もまた然りということだろう。
「まあ、そんな感じだな・・・・・・」
「ええ、そのように解釈していただいて差し障りありません・・・・・・」
翼と渚は二人して顔を見合わせて恥じらいを見せる。私には見える、彼女たちの輝かしい未来が・・・・・・。
私もレイアと輝ける未来が訪れるとように、下を向いていなで前向きになろう、そう思った矢先――世界が眩い光に包まれる。
瞬時に反応して目を庇う私たち、次に目を開けたたとき視界に広がる光景に戦慄が走る。
夕暮れだった空は、黒い太陽が黒く暗く染めていた。いやこれは――。
「皆既日食・・・・・・?」
太陽が月に覆われており、夜の闇より深く、夜の静寂より静かな世界となっていた。
下校する生徒の喧騒はなく、私たち以外に人気をまったく感じさせない無機質な夜。
「おそらく、ここは“無原罪者の庭”の中、でも術者は一体誰なの・・・・・・?」
しかし、私が口にした疑問はすぐに解消する。
教室のドアを開かられる音に一斉に振り向く、そこに立っていたのは私が捜していた少女。
「レイア、会いに来たよ」
いつものように、太陽のような微笑みを浮かべるフレア。彼女の微笑みに不安を覚えたのは初めてだった・・・・・・。
次回、太陽と月は重なり合い、彼女たちは巡り逢えましたが、その心はどこまでも遠くにあるのでしょう。
だから、彼女たちは戦うことになる宿命です。




