第二章《破滅の死神》 Ⅲ
ヒーローは遅れてやってくる、と言いますが、もっと早く来たら、被害も少なく済むと思うのですが、そこは触れない方がいいのでしょうか?
アリスちゃんを中心に闇が世界を包み込み、昼間の景色が一変し夜になる。
【無原罪者】のみ使用できる【無原罪者の庭】。実際の世界とは違う虚像の空間を創り、術者が解くか、術者を殺さないと出れない。
「フレアお姉ちゃん、これで助けは来ないよ?」
「アリスちゃん、やっぱり【無原罪者】だったの・・・・・・?」
「そうだよ、フレアお姉ちゃんもそうでしょ? もっとも実戦経験はないみたいだけど」
そう言ってアリスちゃんは右手を上に伸ばして呟く。
「現れて《死神の大鎌・デスサイズ》」
アリスちゃんが呟くと手元に漆黒の大鎌が出現する。そして、大鎌をわたしに向けて微笑む。
紅い月に照らされ、漆黒の大鎌を掲げ、人形のように可愛らしく狂気に染まった笑みを浮かべるその姿は、死を司どる『死神』を連想させた。
「フレアお姉ちゃん、二人っきりだとドキドキするね?」
「そ、そうね・・・・・・、わたしも緊張してきた・・・・・・」
顔が引きつてるのが自分でもわかる。わたしはこの娘に恨まれるようなことしたのかな?
確かに私はアリスちゃんを知っているのかもしれない、でも全然思い出せない。
「安心して、アリスはお姉ちゃんたちのこと大好きだよ? でもね、アリスを殺して、見殺しにしたお姉ちゃん達を許せないの・・・・・・」
わたしとアリスちゃんは姉妹なのだろうか? でも余り似ているようには見えない。
それと、『お姉ちゃん達』ということは他にも姉妹がいるのだろか? 全くわからない。
「だから、フレアお姉ちゃんには痛い目みてもらうよ。でもそれが終わったら、また姉妹仲良くみんなで暮らそうね?」
そう言い切ると、漆黒の大鎌を構え一気に肉薄する。
わたしは『物理障壁』を張った、『赤い魔法陣』が前方に展開させる。これで防げるはず――
『物理障壁』とは、『魔力』を行使して、物理攻撃を防ぐ為の『魔力の盾』を作り出すこと。
それと、『魔術』と『魔法』の対処をする場合は『魔導障壁』を展開させることで防げる。
そして、『魔法陣』とは、『魔術』及び『魔法』を行使する際に、『精霊』に『魔力』を媒介とし、イメージを構成し展開させる為に浮かび上がる円状の紋様のことである。
『初級魔術』は『魔法陣』を必要としないが、『中級魔術』以上になると『魔力』を制御するのが単純ではない為、その処理を円滑にし手助けるのが『魔法陣』である。
アリスちゃんの大鎌がわたしの『物理障壁』で防いだと思いきや、一瞬で硝子が砕けるようなに割れ、防御の術を失ったわたしの右肩を大鎌が切り裂く。
「うっ・・・・・・!」
右肩から鮮血が飛び散る。躱そうと左に逸れたおかげで浅い傷で済んだ。
わたしは距離を取ろうとアリスちゃんに背を向け走り出す。そこに、アリスちゃんが左手をわたしに向け魔術による追撃が行われる。
「――ファイヤーボール」
アリスちゃんの左手から放たれた火球がわたしに迫る。
これなら防げると思い立ち止まり、今度は『魔導障壁』を張る、『赤い魔法陣』と火球が衝突し爆発する。
「きゃっ!」
爆発は防いだが、火球の威力は思ったより威力が高く、わたしは後方に飛ばされ屋上のフェンスにぶち当たった。
「フレアお姉ちゃん、防御するより避けた方が良いと思うよ? 余計な労力を使わないし、もしくは力ずくで相手の攻撃を潰すとか、ね」
アリスちゃんは教師が丁寧に助言をするような口調で話し、愉快そうに笑う。
「どうして・・・・・・」
「んっ?」
「どうして、こんな酷いことをするの・・・・・・?」
わたしが尋ねると、笑っていたアリスちゃんの表情が一変し憤怒に満ち溢れていた。
「酷いのはお姉ちゃん達でしょっ!? 苦しんでるアリスを助けるどころか殺して、フレアお姉ちゃんなんかアリスを見殺しにしたじゃないっ!?」
アリスちゃんは取り乱し声を荒げて怒鳴る、彼女の悲痛な叫びがわたしの胸に刺さる。
「わたしがアリスちゃんを見殺しにしたの・・・・・・?」
「憶えてないの? じゃあ体で思い出してもらうね」
再び大鎌を構えるアリスちゃん、その瞳には涙が溢れていた。
到底、嘘とは思えない、わたしたちの過去にあった出来事だったのだろうか? しかし、思い出そうとする思考を電流が走るように遮れる。
「アリスちゃん・・・・・・」
「どうしたの・・・・・・?」
「わたしはアリスちゃんのことも過去のことも・・・・・・、ちゃんと思い出せないけど・・・・・・」
「やっぱり憶えてないんだね・・・・・・」
「アリスちゃんがわたしのこと許せないなら・・・・・・、わたしをアリスちゃんの好きにしていいよ・・・・・・?」
「本当に・・・・・・?」
「うん・・・・・・」
「じゃあ、アリスの悲しみを体で慰めて貰うよ・・・・・・、もちろんそれでいいよね・・・・・・?」
「うん、いいよ・・・・・・?」
これでいい、アリスちゃんは可愛い妹だから。妹のお願いを聞いて上げるのは姉として当然の務め。
わたしは目を閉じた、アリスちゃんがゆっくり近づいて来る足音が聞こえる。
それにしても『体で慰める』ということは如何わしいことをされるんだろうか?
(だとしたらアリスちゃんおませさんだね)
と小さく笑った。その不意に――
「――フレア、自己犠牲なんかして、後で本当に後悔しないの?」
耳元で艶っぽい少女の声が囁かれる、この声は数日前に聞いたあの少女の声――
「レティシア!?」
目を開くと、隣に半透明の長く蒼い髪で青い瞳の少女が微笑んでた。
「レティシア!? レティシアお姉ちゃんがそこに居るの!?」
アリスちゃんは驚き目を丸くしている。しかし、アリスちゃんにはレティシアが見えてないようだ。
それと、レティシアお姉ちゃん? ということは、まさか私達は三人は姉妹なのだろうか?
そして、辺りを見回すと無数の青い蝶が舞っている。
「レティシアお姉ちゃんが居るということは、あの女も――」
アリスちゃんが言いかけた、その刹那――突如、アリスちゃんの左側に青い蝶が一斉に集まり、青い光となって少女のシルエットが浮かび――。
「――疾風撃閃」
剣を持った少女がアリスちゃんに高速の突きを浴びせる。アリスちゃんは大鎌の柄で受け止めるが、勢いを相殺しきる事できずに壁に激突して轟音を立てる。
剣を持った少女は宙返りし、アリスちゃんがさっきまで立っていた場所に着地する。
腰より下まである碧色のロングストレート。右の瞳は髪に隠れ、左の瞳はこの空に浮かぶ紅い月のよう。端整な顔立ち。白雪のように白い肌。華奢でありながら豊満な胸――は置いていて。
間違いなく数日前に『魔族』の男達に襲われてるところを助けてくれた少女だった。
少女はこちらに振り向き、わたしを安心させるように微笑を浮かべる。
「フレア、助けに来たわ・・・・・・」
水のように透き通った声、聞いてるだけで心が安らぐ。
彼女はレイア、《剣の魔女》と呼ばれる【無原罪者】。
次回、フレアを巡ってレイアとアリスが激突します、意味としては間違ってないと思います。




