デート
裕二が綾を外に連れ出すのを私はカウンターからずっと見ていた。二人は
何か言い合ったあと裕二が皆本さんを抱き締める。その瞬間、私は胸の奥が
きゅっと苦しくなった。
「裕二・・・」
裕二から大体の事情は聞いている。客に水をかけたことは確かにとんでも
ないことだけれど、もし、私が裕二の彼女だとしても同じことをしてたと思
う。
ってなんで私が裕二の彼女なのよ。それじゃまるで私が裕二のこと好きみ
たいじゃない。
・・・いや、隠すのはよそう。私は裕二のことが大好き。裕二と初めて出会ったのはまだ私が幼稚園の頃。その時から私はかなりおてんばな性格だった。かなり男勝りな性格だったみたいで、ガキ大将をとっちめて子供たちをしきっていた。
でもそんなとき私の幼稚園に裕二が転校してきた。裕二も私に負けないぐ
らいの負けず嫌いでよく対立してた。でも、なんどか喧嘩するうちに逆にに
仲良くなって、友達として付き合って・・・。
小学校高学年の頃、私は初めてスカートを履いた。その時の裕二の驚きっ
ぷりは半端じゃなかった。なにせ裕二はそれまで私のことを男だと思ってた
のだから。信じられないわよね。
それでも、私と裕二は変わらずに付き合い続けて・・・私が裕二のことを好きになるのはそう時間がかからなかった。
まさか私が人を好きになるなんて思わなかったし、クラスの女子の話とか
を聞いていても興味がわかなかった。
でも裕二を好きになってから私はすごく見た目を気にするようになった。
クラスの女子の言ってたことがすごくよくわかった。好きな男子に振り向いて欲しくて、色々見た目を気にしちゃうってやつ。それで、裕二を振り向かせようとしたのだけれど、あいつは全然気づいてくれなくて、
それでもう私は告白しようと思った。
メールよりもやっぱり直接言いたかったので、私は裕二に会いに行こうと
した。それが去年の冬。
でも、私はその時に裕二が彼女、皆本さんと腕を組んで歩いているのを見
て呆然とした。そして裕二と彼女がキスするのを見た。
たまらなくなって私は家に戻ってずっと泣き続けた。
初恋にして生まれて初めての失恋だった。
初恋は実らないと言うけどまさにその通りだった。
その後は裕二に会ってもいつもどおりに接するように頑張っていたけどで
きていたかわからない。
後になって私はもっと早く告白すればよかったと後悔した。私が裕二とのこの距離感が心地よくて進展する勇気がなかったから他の女に取られた。もっと早く告白すれば今頃私は・・・。
裕二が馬鹿で能天気っていうのは嘘だ。
そうやって裕二のことを悪く言えば彼女が愛想を尽かして別れてくれない
かなって思った。そんな馬鹿なことを考えてしまうぐらい私は裕二が好きに
なっていた。
この前裕二が皆本さんと腕を組んで歩いていたことも、遅刻のフリして二
人でずっとさぼっていたことも、そして今日の裕二の首のキスマークを見た
ことも、思い出すと私は胸が苦しくなって、目から涙がまた溢れ出そうになった。
「いけない、まだ仕事中なの・・に・・」
裕二・・・。どうして?どうしてあの人と付き合ったの?私のほうが裕二のこと知ってるのに・・こんなに思っているのに・・・
どうして・・・
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
「一つ思ったんだけどさ。なんで綾はここが俺のバイト先だってわかったん
だ?俺確か場所のことは言ってなかったよな」
綾が落ち着いたあと、ずっと抱きついている綾に聞く。
「祐くんの匂いをたどってきたからです。これでも嗅覚には自信あるんです
よ。祐くんの匂いならどれだけ離れていても見つけ出すことができます」
おいおい、そんな警察犬みたいなことできるわけないだろ。
俺は苦笑しつつ、もうすぐバイトが終わるから中で待っとくか?と言うと
綾は素直に従った。
そしてその後は何事もなく今日のバイトは終わった。
だが帰る際、理恵の元気がなかったのが少し気がかりだった・・・。
「綾、そう言えばすっかり忘れてたけど門限ヤバイんじゃないのか?」
「使用人に、お父様に黙っておくように言ったので大丈夫です。お父様が私
を呼ばない限りは大丈夫です」
「そうか。ならいいんだけど」
そうは言ってもあまりこの夜の中をずっとぶらぶらするのは危ない。
が、俺もずっと綾とくっつきたいと思ったので、少し公園に寄り道するこ
とにした。
途中のコンビニで適当にお菓子をジュースを買い、公園内のブランコに揺
られながら綾と食べる。・・・綾は俺の膝の上だ。
「もうすぐ夏とは言え、まだ夜は涼しいな」
「はい。おかげでこうして祐くんとくっついていても暑苦しくならなくて快
適です。まあ夏でも私は関係ないですけれど」
そう言って綾が笑う。横から見るその表情はとても可愛らしい。
「でもほんと俺なんかが綾の彼氏で本当にいいのか?ってたまに思うよ」
前も言ったように綾は、高校入学当初から注目され、その可愛らしさと
成績の優秀さ、運動神経の良さからクラス中、いや、学校の男子から絶大な
人気を得ていた。それに加えて社長令嬢ときたもんだ。俺なんかが綾の彼氏
で本当にいいのか?と時々不安になる。
「俺なんか、なんて言わないでください。祐くんは十分立派な人です。むし
ろ私なんかには勿体無いぐらいの素敵な人です。それに、私には祐くんしか
いないんですから。安心してください」
「じゃあもし俺が別れようって言ったら?」
「自殺します」
「それは嫌だな。綾が死んだら俺も生きていけるかわからない」
「私もです。祐くんがいないと生きていけません」
綾にそこまで依存される程愛されていることに俺はとても嬉しく思った。
「まあでも、綾と一緒に住んで、結婚して、子供を作って、子供を成人させ
るまでは死なないさ」
「こ、子供!?」
どうやら子供を作るということに反応したらしい。そう言えば綾は下ネタ
に弱いんだったな。
「ちゃんと綾を養えるようになったら綾の子供が欲しいよ。綾は嫌か?」
すると綾は首をぶんぶん横に振ってみせた。
「私も!・・・祐くんの子供なら何人でも産みたいです。その・・初めての時は優しくしてください・・ね?」
「はは。気が早いって。俺達はのんびり行こうな」
「も、もう!からかったんですね!」
綾がぷんすか怒るが全然怖くない。むしろ可愛かった。
その後は綾ととりとめもない話をしながら、帰途へと着いた。俺は綾を家
まで送っていったのだが、ギリギリまで綾に引き止められて、結局帰ったの
は日を跨いでからとなったのだった・・・。
綾と別れたあと家に戻り、少し予習でもするかと思い、勉強用具を広げた
ところ、ドアがノックされた。
「お兄ちゃん、入ってもいい?」
「理沙?ああ、入って」
理沙がパジャマ姿でおずおずと部屋に入ってくる。時刻は既に1時を越え
ている。本来なら理沙はこの時間には寝てるはずなのだが・・・
俺は勉強の手を止めて理沙の方を見る。
「どうした。眠れないのか・・・?」
理沙はたまにこうして夜中に俺の部屋にやってくることがある。そしてそ
ういう時は必ず怖い夢を見たあとか、不安になった時か、ホラー映画を見た
日だ。
「その、今日見た映画が怖くて、それで寝れないの・・。お兄ちゃんの部屋で寝てもいーい?」
俺は一瞬綾のことが頭によぎったが、それで理沙が眠れるなら、と了承し
た。やれやれ、どうやら俺は妹にすごく甘いのかもしれないな。
俺が了承すると、理沙は顔をパァっと輝かせて俺に抱きついてきた。
「ありがとうお兄ちゃん!大好き!」
「こらこら、寝るんだろ。ほら、添い寝してやるから」
俺は結局予習することを諦めて、理沙と寝ることにした。理沙は俺のベッ
トで横になると安心したのか、すぐに寝息を立て始めた。俺は理沙の髪を撫
でながら、眠りに就いた・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・
「で、俺は思うわけよ。彼女はやっぱ巨乳の方がいいと!」
昼休み、綾が先生に呼び出しされたので教室で巧と昼ごはんを食べている
と唐突にそんなことを言いだした。
「お前そんなこと言ってるから彼女できないことにそろそろ気づこうや・・・。さすがに哀れに思えてならないぞ」
「ふっ!俺にエロを取ったら何が残ると言うんだ!それにお前が淡白すぎるか
らこうして俺がはっちゃけてやってるんじゃないか!
ていうかさ、お前綾ちゃんと付き合ってるのになんでそんなに落ち着いて
られるの?普通の男子なら狂喜して飛び上がって嬉ションものだぜ!?」
「嬉ションって・・・いや犬じゃないんだから」
「それぐらい舞い上がらないとおかしいってことだ。なんでお前そんなに落
ち着いてんだよぉ!!」
「というかそのことなんだけどさ、俺が綾と付き合ってることって学校内で
結構噂されたりしてるの?」
俺がそう言うと巧が信じられないような顔をしてこちらを見た。あれ?そ
んなにおかしいこと言ったかな・・・。
「噂どころかお前、いつ殺られてもおかしくない状況だぞ!?なんせ校内のほ
とんどの男子は綾ちゃんに告白して振られてるからな。それでも諦めきれず
に、ファンクラブとか勝手に作り出して信仰してると来たもんだ。そんな信
仰している相手が男を作ったとなればどうなるかわかるだろ?」
「ああ・・・なるほど。俺校内の男子ほぼ全員を敵に回したのか」
巧が頷く。
「お前と綾ちゃんを別れさせようと本気で何かしてくる奴もいるかもしれな
い。お前、一人だと危ないぞ」
「いや、俺に来るのは別にいいんだ。まあ、綾に手を出したらただじゃ済ま
さないけどな」
「でも気をつけろよ?次の日になったらお前の追悼式なんて俺はごめんだぜ?
」
演技でもないこと言うなよ!
まあでもいくら俺と綾との関係を引き裂きたいからといってさすがにそこ
までする奴はいないだろう。
そうしてその後も巧に注意されて、昼休みは終わった。綾がチャイムが鳴
る数十秒前に教室に入ってきたのは言うまでもない。
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・
放課後、俺は綾と一緒にショッピングモールにデートをしていた。道行く
男たちが振り返って綾のことを見るのでいい気はしなかったが、すると綾は
ランジェリーショップに行きましょう!と言って俺の手を引っ張っていった
。
ランジェリーショップに付くとさすがにカップル以外の男はいなかった。
とはいえ、ほとんどが女性客だし、男が入るような場所でもないのですごく
肩身が狭かった。時折、女性客に見られているのが気になる。
「あ、祐くん今他の女を見たでしょ!」
「いてて!」
綾につねられる。俺は見てたわけじゃなくて、ジロジロ見られているのが
気になっただけだ!と慌てて説明したが、綾はジト目でこちらを見ていた。
「そういえば!なんで突然ここに来たんだ?」
俺は慌てて話をそらす。こうなった時の綾はすごく疑り深いのでそうした
方がいいと判断した。
すると綾ははっ!と思い出したようで、何かを探し始めた。
「祐くんにブラジャーを選んでもらいたいんです。・・ちょっと待ってくださいね」
そう言って綾は暫く悩んだ後、二人のブラジャーを持ってやってきた。一つは真っ白なシルク製のブラジャー。もう一つはアダルティーな黒い色の大人のブラジャー。
「ええ!!俺が選ぶのか?」
「はい♪どっちがいいと思いますかっ?」
綾がニコニコして二つのブラジャーを掲げる。
綾はやっぱり純真で綺麗な心をもっているからやっぱ白いほうかな・・?
綾がアダルティなブラジャーを着用してもそれはそれでそそるものがあるんだけど、そんなものを学校で付けさせるわけには行かない。
俺は白いブラジャーを選んだ。綾はわかりました、じゃあちょっと借りさせてもらってサイズが合うか着用させてもらいますね!と言って試着室へ入っていった。
一人ぽつんと取り残された俺。さっきまでは綾がいたから大丈夫だったが、やはりここはすごく居心地が悪い。男がいる場所じゃないからな・・・
「え?裕二?」
「あ?」
突然名前を呼ばれて振り返るとそこには制服姿の理恵がいた。
「ちょっ!?えっ?なんでここに裕二がいるのよ!」
「待て、落ち着け落ち着け。俺は綾に付き添ってきただけだ。一人できたわけじゃない!」
するとさっきまでの驚きっぷりが嘘のように、理恵が静かになった。
「そう・・・皆本さんに連れられてきたんだ・・」
「理恵?」
なんだか様子のおかしい理恵が少し心配になり、声をかける。が、
「いや、なんでもないの。それじゃ、私これからバイトだから」
「え?あ、おい理恵!」
理恵は俺の声に振り向くことなく会計を済ませてそのまま出て行った。
この前といい今日といい一体どうしたっていうんだ理恵・・・?
そうして思案にふけていると綾が試着室から姿を顔だけを出した。
「祐くん、祐くん。見てください」
「え?あ、おう」
試着室に入ると、さっきのブラジャーをつけた綾がいた。デカ過ぎず、かといって小さくもない彼女の胸にぴったりのサイズだった。
「よく似合ってるよ。ずっと見てたら襲ってしまいそうだ」
「ふふ。祐くんのエッチ。でも、私はいつでも準備できてますから・・・」
そう言われて一瞬理性がぐらつきかけたが、俺はこらえる。
「とりあえずサイズ的にも問題ないし、それでいいと思うぞ」
「じゃあ、これにします♪」
綾は、喜んでそのブラジャーを会計まで持っていった。
・・・あ、こういう時は男が奢るものだったのに。言うタイミングを逃した!!
とは言っても、綾はほとんど俺に奢らせてくれない。と言うのも、
「私は祐くんの子供じゃなくて恋人なんです。私は祐くんと対等にお付き合いをしたい。私に貢ぐような真似はして欲しくないんです」
と言って食事の時もいつも割り勘どころか俺が彼女に奢られる始末だ。これでは彼氏としてのメンツが保てない。なんとかして綾に奢るタイミングを伺っていたが・・・。
「祐くん、次はどこに行きますか?私は祐くんと一緒ならどこに行っても楽しいのでどこでいいんですけど、もし祐くんが行きたい場所があるならそれに従います」
そう言われたが、俺も特に行きたいと思う場所がなかった。俺も綾と同じで綾さえいればそれでいいと思ってたからな。
どうしようか、と思って周りを見渡すとアクセサリーショップがあるのが見えた。
アクセサリーショップかー・・・。ん?いや待てよ・・・。
そうだ!これなら!!
「綾、ちょっとお腹が痛いからトイレ行ってきていいか・・?」
「え、祐くん大丈夫ですか!?私のことは気にせず行ってきてください」
そう言って、俺はトイレを行く・・・・振りをしてアクセサリーショップに入った。