アルバイト
「「綾、なんでそんなに巧を嫌ってるんだ?」
巧が撃沈したあと、俺は学校の帰り道に綾に尋ねる。すると綾は苦虫を噛
み潰したような表情をした。
「さっきも言いましたけど女子をすぐにナンパするし、下心目的で近づくし、下品だし、それだけでも女の敵なのに祐くんと友達だ、なんていうから・・・」
言われてみれば、綾だけでなくほかの女子からも嫌われてるんだったな。
顔はいいのにほんと性格で損してるなあいつは。
「んー、でもあんまりそうやって人に直接思ったことを口にするのはあんま
りしないほうがいいぞ。巧はまぁ、綾に何言われてもへこたれないから大丈
夫だろうけど、他の奴はそうじゃない。逆上して襲ってくるかもしれない」
「その時は私が叩き潰しますから。これでも私武道の心得を持ってるんです
よ」
自信ありげにそう言う綾。それでも俺は心配だった。例え武術の心得があ
ったとしても綾は女の子だ。力ではどれだけ頑張っても男にはかなわない。
それに複数人で狙われた時、いくら綾でも対処しきれないだろう。俺がいる
ときはいいが、一人にするのはちょっと危ないかもしれないな。
そうこうしているうちに分かれ道についた。今日はここでお別れだ。
「じゃあ、綾、また明日」
「はい。あ、祐くん今日バイトでしたっけ?」
「おう。18時からシフトが入ってるな。もうすぐ行かないと
間に合わなくなる」
「そうですか・・・。じゃあ名残惜しいですけど・・祐くん、すこしかがんでください」
俺が少しかがむと、綾が首もと、ほっぺ、そして最後に口にキスをする。
「ちゅ・・・祐くんに余計な虫が付かないようにキスマーク作っておきました。じゃあ祐くん。また後で」
そう言って綾はパタパタと走り去っていった。キスマークを作られたのは
ちょっとまずいが、嫌な気はしなかった。
まあ、でも、こりゃ店長に言われるかもな・・・。
ん?というか”また後で”ってどういうことだろうか。まぁいいか。
俺は荷物を家に一旦置いたあと、バイト先に向かった・・・。
・・・・・・
・・・・
・・・
俺のバイト先はまぁ言ってしまえばレストランだ。それなりに大きいレス
トランで、ご飯時は混み合いがすごすぎて、正直この時間帯だけ時給を上げ
てくれないかなーと思う。
まあでもご飯時以外は平日はそんなに人来ないから、バランスが取れてい
るのだろうけど。
俺の今日のシフトは18時~22時まで。ちょうど激戦区の時間帯真っ只中に
入るので、気合を入れていかないといけない。しかもウェイターだからかな
り忙しい。
家から自転車で20分ほどの所に俺がアルバイトをしてるレストラン”ファ
ミマ”がある。はっきり言って店長のネーミングセンスのなさが伺えるが、
店長曰く「コンビニっぽくて便利そうなレストランでしょ?」という。
ちょっと意味がわからない。
店に入ると、まだご飯時前にもかかわらず、既に人がいっぱいだった。
「いらっしゃいま・・あ、裕二」
そう言って出迎えてくれたのは理恵。理恵も俺と同じレストランでバイト
をしている。最初は俺だけだったのだが、理恵にバイトしてることを話した
ら自分もバイトするとか言い出して今に至る。
「もう人こんなになってんのか。すぐに入るわ」
「ええ。そうして」
そう言って俺はスタッフルームへ入ってウェイター服を来る。厨房に行く
と店長がパソコンをいじっていた。
「店長、なにやってるんですか」
しかし、集中しているのか俺の声に気づかない。少し大きめの声で呼ぶと
肩をびくつかせて振り向いた。
「なんだ、木村か。ったく驚かせるなよ」
「店長、この忙しい中何ひとりでパソコンやってるんですか!」
「何ってわからんの?オンラインゲームだよ」
やっぱりな。
そう、この人は店長にも関わらず全部仕事は人任せで自分はゲームをして
遊んでいる、ニートと変わらないような人だった。
「そんなことしてないで仕事してくださいよ」
「えーだってめんどくさいんだもん。パソコン触ってる方が楽しい」
「なにがめんどくさいもんですか。いい年した男なんですから、ちゃんと仕
事してください」
やっぱりこの人には何を言ってもダメっぽいな。俺は将来こんな男の人に
は絶対ならないようにしよう。
「そんなことよりもさ、木村。そのキスマークは独身の俺に対する当てつけ
か?」
やっぱり気づかれた。というか店長が独身なのはずっとパソコンばっかや
ってるからだろ。
「この年になって親に「あんた、いつ彼女は連れてくるの?」って言われて
お茶を濁すことしかできない俺に対する当てつけかああああぁぁぁ!!」
「知りませんよそんなこと!店長もオンラインゲームなんかやってないで彼
女作ったらいいじゃないですか!」
「いいもんね!俺彼女どころか嫁がたくさんいるし!全員俺に一途だもんね!
ヒャッホー!」
それはゲームの話の中でのことだろ・・・と思いつつ、俺は店長なんかに
かまってる場合じゃないことに気づく。
「やば、理恵達だけじゃ対処しきれなくなってきてる。行かないと」
俺は店長にもう一度仕事するように釘を刺して持ち場へと付く。すぐに呼
び出しがかかり注文を取る。
そうして俺は夜のピークをなんとかやりすごしたのだった・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・。
ピーク時が過ぎて少し休める時間ができた頃、理恵がやってきた。
「お疲れ様。いやー今日も人多かったわね~」
「ああ。なかなかいい運動になったぞ。まあ店長が働いてくれたらもう少し
楽になるんだけどな」
「まあ、あの人にそれは酷ってものでしょ。でもあの人、一応働いてるのよ
?会計業務だけど」
それって売上を確認するだけだよな?と思いつつ、理恵を横目にちらっと
盗み見る。
整った短髪の黒髪は昔を思い出す。最初はずっと男だと思っていたのだが
、女だということが分かってすごく驚いたのを覚えている。今ではこんなに
女らしく成長してしまって。胸も大きいし、なんで男と勘違いしていたのか
と思ってしまう。
すると俺の視線に気づいた理恵が少し頬を赤らめた。
「ちょっと、何見てるのよ・・・」
「いや、お前昔に比べて変わったよなと思ってさ」
「そりゃ変わるわよ、10年も経てば。でもあんたは何も変わってないわね~
。その無駄に整った顔といい、馬鹿さ加減も」
「無駄にとは失礼な・・・」
そう言いながらも笑みがこぼれる。昔からこいつはこんな性格だったので
このものの言い方も別に気にならなかった。それどころか、そうやって軽口
を叩けるほど信頼できているのだから嬉しくもあった。
軽口をたたいていた理恵だったが、俺の首元を見ると表情が変わった。
「裕二、その首・・・キスマーク?」
「ん、ああ。やっぱ目立っちゃうよな。お客さんにもジロジロ見られてて恥
ずかしかったし・・」
「・・・・そう」
理恵はなぜか少し悲しそうな目でこちらを見ていたが、オーダーが入るとすぐに表情を戻し、客の方へと向かっていった。
「?どうしたんだあいつ・・・」
少し気になったが、こっちにもオーダーが入ったのですぐに向かう。
呼んできたのは二人組の女性だった。
「お待たせしました。ご注文を承ります」
「ねぇ君、かっこいいね。バイト終わったらさ、お姉さんと一緒にちょっと
遊んでいかない?」
「はい?」
え・・・これってもしかして逆ナンってやつ・・・?
逆ナンなんかされたの初めてだぞ・・。
巧なら嬉々として受け入れるのだろうが、俺には綾がいる。
「いや、もう夜も遅いので・・」
「いいじゃん。遊んだあとにちゃんと家に送ってあげるからさ、だからちょっと一緒に___」
バシャッ!
突然女性たちに冷水がかかる。女性は悲鳴を上げて水が飛んできた方を見
た。そこには家にいるはずの綾がいた。
「え?綾?どうしてここに」
「祐くんを惑わさないでくださいこの万年発情猫!祐くんは私の彼氏なんで
すから!」
綾がそう言って俺の前に守るようにして立ち、女性客を睨みつける。しか
し女性客は水のおかげで化粧が少し落ちてしまい、かなり慌てていた。
「うっわ最悪!化粧も落ちちゃったし、こんなんじゃ人前に見せられない!
」
「ちょっと!いきなり水かけるなんてなんてことするのよ」
「人の彼氏を取ろうとするからそうなるんです。自業自得ですよ。・・・祐くん、大丈夫でしたか。こいつらに何か変なことされませんでしたか?」
「あ、いや大丈夫だけど・・・あ、そうだすいません!お客様に水をかけてしまうなんてとんだ失礼を!」
そう言って俺は頭を下げる。女性客は怒っていたが、俺がずっと謝ると毒
気を抜かれたのか、さっさと会計を済まして帰っていった。
俺は女性客が出ていったことを確認すると、俺は店の外に綾を呼び出す。
「綾、俺が何を言いたいのかわかるよな?」
少し語調を強めてそう言う。
「どうして?祐くんが謝る必要なんてないのに・・・悪いのは私の祐くんを取ろうとしたあいつらなのに・・」
「綾、そっちじゃないだろ?」
「ごめんなさい祐くん・・・。でも、祐くんがナンパされてるのを見たとき頭が真っ白になって、祐くんが取られちゃうと思って・・そしたらもう勝手に動いてました」
そう言いながら俯く綾。俺が綾に怒るのは初めてなので、完全に萎縮して
いた。
「確かに、すぐに追い出さなかった俺も悪い。けどな、だからと言ってお客
様に水をかけるなんてことはしたらダメだ。俺が謝ったから彼女たちは許し
てくれたけど、もしこれが原因でこの店のクチコミとかに書かれたりしたら
それだけで店の評判が落ちる。俺だけが責任を全部背負えるならいいんだ。
でもこの店の商売にも迷惑がかかる。だから俺は怒ってるんだよ」
「はい・・ごめん、ごめんなさい祐くん・・。本当に、ごめ・・」
俺は綾を抱き締める。
「でも、綾が守ってくれたのは嬉しかった。それだけ綾に愛されてるってこ
とがわかって。だから綾、ありがとう」
そう言うと、俺の胸の中で綾が泣き始める。俺は綾が泣き止むまでずっと
抱きしめながら背中を撫でていた・・・。