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第一章


003


 今ここにあるもの、今ここに感じるもの。それらを信じて人は生きてゆく。

 果てしない暗闇の中、手探りで歩んでゆく。

 けれど。

 目に見えるもの、手で触れられるものだけが、真実なのではないのかもしれない。もしかしたら、俺たちが知覚しているこの現実は世界の一側面に過ぎないのかもしれない。

 同じように、今見ているもの、今触れているものは、もしかすると幻であるかもしれない。ひょっとしたら、偽りであるかもしれない。

 今、頼りにしているものが、支えにしているものが、霞であるかもしれない。

 だから逆に――だからこそ、信じてやらなきゃいけない。

 俺が、信じてやらなきゃいけない。

 だって彼女には、俺しかいないのだから。

 はっきり言って、判らないことが多い。

 正直に言って、信じられないことが多い。

 だけど。

 どんなに判らないことが多くたって、『彼女は俺を頼っている』という事実に変わりはないのだから。

 だから、俺が支えてやらないといけない。


 ――本当にそうだろうか。


 偶然出会った見知らぬやつに、そこまでする必要はあるのだろうか。

 偶然出会って、突然意味深なことを呟いて、いきなり突拍子もないことを言い出して。

 偶然。

 すべての始まりは――偶然。

 どうして俺は、こんなにあいつを助けようとしているのだろうか。どうして。

 偶然なのに。


 ==本当に、ただの偶然?


 ――それ以外に何がある。


 何かのがあるのか。


 ――そんなこと。


 ==もしくは、彼女が何か知っているか。


 何かって?


 ====。


 ――――。


 結局のところ、いつまでも自分の中で考えていたって、判らないじゃないか。本当のことなんて、誰も判らない。判っているつもりでも、それが本当に『本当のこと』なのかなんて確かめる術がない。

 信じられるのは、自分だけ。

 信じられるのは、自分が信じているものだけ。


 ==ほんとに?


 ――本当に?


 本当に。

 だから俺は、自分の気持ちを信じよう。

 あいつの話を聞いたとき、何の違和感もなく『こいつの力になりたい』と思ったこの気持ちを信じよう。

 他の人にどれだけ否定されようとも。

 信じ往くべき道は、自分で決めなければならない。


 だから俺は、あいつのことを信じた。


 けれど。

 その結論に達するまでに、少し時間が掛り過ぎてしまった。

 今でも悔やまれる。

 あいつは初めから自分を信じ、自分だけを信じ、そうして俺を頼ってくれたのだから。

 俺は馬鹿だ。

 あいつの話を信じて、自分の方から突拍子のないことを提案したって言うのに。

 俺は大馬鹿者だ。

 途中で勝手に悩んで、勝手に苦しんで。

 ごめんな。

 ごめん、くすのき。

 ほんとうにごめん。

 もう何も迷わない。


004


「で、具体的にはどんなことをするんだ? この街の――上塚の地の守護ってのは」

 くすのきと契りを結んだ昨日は、あの後俺の家へと戻った。くすのきの帰る場所がないので仕方なく、うちで面倒を見ることにした。うちは両親が滅多に帰ってこないので、くすのきについての面倒な説明をせずに済む。

 その晩、まぁなんというか、一悶着どころか何悶着もあったのだけれど、今はおいておくことにしよう。はぁ……。

 さて、そうして今日、俺たちはここ、来栖神社を拠点として再び集っていた。

 といっても二人しかいないが。

 来栖神社は俺たちにとっての特別な場所だ。今日も、どこか神聖な、でもなんだか暖かい空気で満ちていた。

 今日はこれから、昨日のように神社の裏の御神木、くすのきの楠――というのもなんだか変な感じであるが――に腰掛けて作戦会議といったところだ。

「そうだな。すべての基本はまず見回りだね。皆の暮らしを見て回って、異常はないか、問題はないかを確かめる。何かあれば、対処する。そうして皆の暮らしを守る」

 具体的にって言ったのに、くすのきはひどくざっくりな説明しかしてくれない。

「対処するって、何か? 他人の喧嘩に割って入りでもするのか? そんなこと、俺にゃ出来んぞ」

「あ、いやいや、あたしたちが対処するのは人同士の諍いじゃなくて、人には見えない――簡単に譬えると霊的な――ものなんだ」

「霊的?」

「うん。悪い気が溜まったりすると、いろいろなところに悪い影響を与えるんだ。そういったものは人には対処できない。事象の一つとして他の事象に埋もれてしまって人がそれを感じ取ることは出来ない。だからあたしたちが解決していかなきゃいけない」

 くすのきは、神妙に、でもどこか誇らしげに言う。

「それは私たちのすべきことだし、私たちにしか出来ないことなんだ」

 ふむ。ならば。

「お前は、これまでずっとそれをしてきたのか?」

 民に忘れられてなおも上塚の地の心配ばかりしてきたというくすのきのことだ。誰に頼まれた訳でもなく、誰に願われた訳でもなく、誰に感謝されることもなくても、そういうことをしてそうだと思った。

 くすのきは、

「あぁ、もちろんだとも。だってあたしは――」

 立ち上がり、腰に手をあて胸を張り、

「上塚の民を守り、《神塚》の地を守護する産土神――」

 誇らしげに、楽しげに、堂々と名乗った。


「くすのき様なのだからなっ!」


 その顔は、何も憂うことのない、晴れやかな笑顔だった。

「あぁ、そうだな」

 それがなんだか可笑しくなって、つい笑ってしまったのが運の尽きだったようだ。

「な、なに笑ってるんだよ!」

 恥ずかしくなったのか、はたまた俺に馬鹿にされたと思ったのか、くすのきは顔を赤くして抗議する。

「別にぃ~。何でもありませんよー」

 そんな掛け合いが楽しくて。


005


「おっ、悠途じゃねぇか。来てたのかー。何やってんだ?」

 くすのきからの一通りの攻撃をのらりくらりと躱していると、背後から、つまりは本殿の方から見知らぬ男に声を掛けられた。

「いやいやいやいや。勝手に友人を他人にしないでくれるかな」

 男は驚いたことに俺の友人を自称してくる。当然こんな男に見覚えなどある訳がないし、ましてや友人であるなんてありえない。

 俺は不信感をあらわに男へ問うた。

「あの……どちら様でしょうか? どこかでお会いしましたか?」

 すると男は、無駄に高いテンションで叫んできた。

「何だよ! また適当なこと言いやがって。俺だよ俺! お前の友人の山村幸輔だ!」

 ……。

「友人……?」

 俺は胡乱げに山村幸輔と名乗る男を見つめた。

「何故そこに引っかかる。違うとでも言うのか」

 いやぁ……ねぇ?

「違うのか! 少なくとも俺は友人だと信じていたのに!」

「真実とは時に人を傷付けてしまうものなのだよ」

 俺は、遠くを見据えた目で語った。

 ふっ、決まった。

「…………なぁ、そろそろこの話はやめて本題に入らないか?」

 ……ちっ、流石にもうそろそろ奴をからかうのは限界か。

 いや、まだいけるはずだ!

「俺が――、」

「へっ?」

 突如真顔になり、ぽつぽつと語り始めた俺に、山村の顔にはわずかな戸惑いが見られた。

「俺の知っている人間に、山村幸輔という男がいる。お前のことは知らないが、その山村幸輔のことはよく知っている」

 俺は、今まで誰にも話すことのなかった話を、紡ぎ出す。

「そいつは、いいやつだった」

 よし、段々調子が出てきたぞ。

「お前、山村幸輔を名乗ったな? でもな、それだと矛盾しちまうんだよ」

「何が矛盾するんだ。と、一応聞いておいてやろう」

「俺の知っている山村幸輔はなぁ! 豆腐の角に小指をぶつけて死んじまったんだよ!」


 ……。

「……」

「…………」

「……………さて、それでお前は何をしていたんだ? そしてお前の隣にいらっしゃる見知らぬ女性は?」

 飽きたのか、これ以上ノってはくれなかった。

「こいつは、くすのき。昨日パーティーメンバーに加わった」

 突然現れた俺の悪友・山村幸輔の乱入により手持ち無沙汰にしていたくすのきの肩に手を置き、紹介する。するとくすのきは、

「はじめまして、くすのきです」

 と、気まずそうに返した。

 というか。

 こいつが丁寧に話すところを初めて見た気がする。まぁ、昨日出会ったばかりで、しかも俺としか会話していなかったわけで、それ以外の人間とは会話どころか関わってすらいなかったわけで、初めて見るも何もないのだが。

「あ、あぁ。こちらこそ初めまして。……というかパーティーって何ぞ? てか何故に巫女服?」

 山村は、戸惑いと驚きとその他そこはかとない〝やましさ〟から、混乱状態に陥っている。

 そういえば、すでに見慣れてしまったため山村に言われるまで忘れていたが、くすのきは今日も巫女服を着ている。(本人に言わせれば、実際に普通の巫女が着ている巫女服とはかなりの違いがあるのだそうだが、はっきり言って俺には全く判らない。ただなんかこう、全体的な印象が違うかな? いや、気のせいかもしれない、と思う程度である)俺はそんなことには何の疑問も持たなかったが、山村はどうもそうではないようだ。

 しかし、どう説明したものか……。本当のことを言って相手にしてもらえるとも思わないし、かといって誤魔化したところで山村が納得するとも思えない。

 そうして俺が考えあぐねていると、おもむろにくすのきが口を開いた。

「あたしは、この地を守護する神塚の土地神。悠途はあたしと契りを交わし、あたしのパートナーになった。これからは悠途と共にこの地を護っていくんだ」

 ……おいおい。ストレートに話しちゃいますか。

 そんなことしたら山村が。

「…………なぁ悠途。この娘はもしかしなくても、で――」

「判っている。あぁ、判っている」

 やっぱり。普通『あたしは神だ』とか言い出したら、正常な思考回路の持ち主はそう思うよな。

「お前の言いたいことはよ~く判る。だけど、今は言わないでやってくれ。あいつはあいつで本気なんだ。といっても、理解してもらえないだろうけど」

 とりあえず、このままではくすのきがあまりにも可哀想なので、釈明しといてやる。

「そっ、そうか。うん、そうだよな。ところで、くすのきちゃんとお前は一体全体どういう関係なんだ? くすのきちゃんはさっき『契りを交わした』だの『パートナー』だの言ってたけど、あ、『共に護っていく』とも言ってたっけ? まさかお前、この娘と、そ、そういったカンケイなのか!? いつの間にこんな美少女と!」

 ……はぁ、また始まった。山村の自己納得自己暴走。こうなったら説明するだけ無駄だろう。俺は半ば諦め、軽く受け流す。

「はいはい、判ったから。別にそんな関係じゃないよ。ただ言葉通りの意味」

 別に信じてもらわなくても構わないが。

 すると山村は驚愕の表情を顔いっぱいに広げたかと思うと、叫んだ。

「まさか! お前まで電――」

「違うわっ!」

 何度も言われるとどこかきついものがあるな。

 ふと横を見ると、いつの間にかくすのきは鎮守の樹の根に腰掛けていた。その顔は、寂しさと悲しさとふて腐れとが混ざったかのような複雑な表情だった。

 いつかこいつが言っていた言葉を思い出す。


『……………………結局誰も、信じてはくれないんだな……』


 くすのきの顔が、昨日出逢ったばかりの時のイメージと重なる。

 ずっと孤独な、一人ぼっちの土地神。

 俺が、何とかしてやらないと。

 くすのきのこと、みんなに信じてもらわないと。


《……ナァユウト。コノコハモシカシナクテモ、電波?》


 違う。


 ――本当に?


《マサカ! オマエマデ電波!?》


 違う! あいつの言っていることは全部本当のことだ。


 ――何故、本当のことだと判るの? 根拠は? 証拠は?


 それは勿論、くすのきが本当だと言ったから。


 ==もしも、あの娘が噓を吐いているのだとしたら?


 ――もし、あの娘が噓を吐いていなかったとしても、その情報自体が間違っていたら?




 すべてがあやふやなまま、物語は既に始まっていた。

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