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序章

本作品は、作者が高校時代に所属していた文芸同好会の会誌にて掲載されたものです。


 あの日鎮守の樹の下で、俺達は出逢った。


 ──どうして君は泣いているの?


 あれは、良く晴れた夏の日だった。

 本殿の裏の楠に一人身を預けていた俺は、不意に声を掛けられた。

 何の事か判らぬまま、目見に手を遣る。

「あ、あれ? 泣いている? どうして、泣いてるんだろう」


 ──悲しいの?


 風が鳴り、木々がざわめく。外界の喧騒から隔絶された世界は、どこまでも厳かだった。

「……判らない。悲しい、のかな……。でも、違う。きっとそれだけじゃない」


 目の前に、少女が居た。


 腰まで届かんばかりの、長く真っ直ぐな漆黒の髪を半紙で結った、緋袴の少女が。

 綺麗だ。

 何よりも、そう思った。


* * *


 どうして俺は生きているのだろう。

 何の為に俺は生きているのだろう。

 毎日毎日代わり映えのしないこの世界に生を享けた俺は、何に向かって走り続けているのだろう。

 いつしか俺はそう思うようになっていた。別に嫌な事がある訳じゃない。死にたいとかそんな事は更々思っちゃあいない。

 でも、このやるせない気持ちはずっと燻り続けていた。

 何も変わる事の無いこの世界に辟易していたのかもしれない。だからこそ俺は空想の世界にのめり込んでいった。

 変化に富んだその世界は、仮令苦しくても、悲しくても、兎に角いつも刺激的だった。その世界に生きる人々は皆、とても美しかった。とても羨ましかった。

 そんな彼等に自分を重ね合わせる事で、俺は感傷を忘れる事が出来た。

 彼等と共に笑い、彼等と共に泣き、彼等と共に歌った。

 しかし、ふと外を見た時に感じるあの切なさは、どうしようもならなかった。

 どこまでも続くこの蒼い空は、今の俺には無垢過ぎた。その壮大で虚ろな大空に、今にも壊れてしまいそうな俺の心は耐えられなかった。

 でも、それでも俺は、空を見るのはやめられなかった。

 心が軋んで罅割れて、その空いた穴に吹き抜ける清らかな涼風を感じたのかもしれない。

 だから俺は、今日も空を見上げる。

 この街の、鎮守の楠の下で。

 どうせ今日も、いつもと何も変わりはしないだろうけれど。


   * * *


 目の前に、少女が居た。


 腰まで届かんばかりの、長く真っ直ぐな漆黒の髪を半紙で結った、緋袴の少女が。

 綺麗だ。

 何よりもそう思った。

「もしもーし? 聞こえてますかー」

 艶やかな黒髪もそうだが、とても綺麗な顔立ちをしている。なんというか、日本的な造りだ。

 それが巫女服と相俟って非常に神秘的な雰囲気を醸し出している。

「おーい! 聞いてんのかよ」

 それでいてどこか親しみを感じるというか、人懐っこい感じがするのがまた不思議だ。

「な、なんだよ。人の顔じろじろ見て……」

 しかも男口調と来たか。美少女の男口調。おぉ! これは素晴ら


「たぁっ!!」


 ぐぶほッ! は、腹が……。

「どうだ、参ったか!」

「『参ったか!』じゃねぇ! 初対面の人間になに跳び膝蹴りしてやがるんだ!」

 しかも本気で。それと、俺の背中は立派な楠に預けていた訳だから物凄く痛いし、挟まれて苦しいんですけど。

「っていうか、俺越しとはいえ御神木に膝蹴りなんてしていいのかよ。仮にも神職だろ、お前」

 なんせ白衣(注:医者や科学者が着用しているものではない)に緋袴だし。

「ん? あぁ、問題ない問題ない。あたしが今許可した」

「何様だよ、お前」

 神を敬わぬ和製暴力美少女(男口調+巫女服オプション付)の正体は、

「あたしか? ふふっ、驚くなよ──」

「いいから早く言えよ」

「むっ。良いだろう。あたしは寛大だからな。こんな奴の無礼など気にも留めない程あたしはとっても寛大だからな! 良いか、あたしはな……あたしは…………なな、な、なんと、神なのだ!」

 正体は、なんと神様だったのだ!

「んな訳あるかい。なんだよ、だいぶ勿体ぶらせておいてその程度か。もっと面白い返答を期待していたのだが?」

「いや、ほんとなんだってば」

 可哀想に。こんなに綺麗なのにね……。

「そうかいそうかい。判ったよ、神様。じゃ、俺は帰るわ。またな、神様」

 そう言って俺は、表の方へと向かおうとしたのだが。

「ちょ、ちょっと待てよ。ほんとなんだよ! なぁ、もう空は見なくていいのか? さっきまでのシリアス分はどこ行ったんだよ!」

「そんな事はどこからか俺達の事を生温く見守っているであろう”大いなる意志”にでも訊いてくれ」

 今度こそ、俺は歩き始めた。

 しかし今回は、奴は絡んで来なかった。

 結局、奴は何だったんだ? ここの人にあんな奴いたっけか? まぁいっか。

 風が鳴り、木々がざわめく。外界の喧騒から隔絶された世界は、どこまでも厳かだった。


「……………………結局誰も、信じてはくれないんだな……」


 その呟きだけが、この世界にやけに大きく響いた。


     続

 

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