Naked2~トリップ女子高生の主張。~
「やだ」
大の男がプイと顔を背けて宣うた。
ビシリと空気にヒビが入る気配。
もちろん、発生源は私だ。
「……んん?」
今、何か言いやがりました? の意を込めて笑顔のまま小首を傾げる。
目の前の白髪の青年はそんな私にチラリと流し目をくれて、唇を尖らせた。
そんな仕草、見上げるほど図体デカイ男がしても可愛くないんだよ! 佐竹さんがしたならイチコロだがな!(特に物欲しげにこっちを見てる金髪野郎にテキメンだ)
後ろで私に貼り付いたまま、周囲の人々の視線から隠れるようにぷるぷるしている黒髪のクラスメイトを脳内で引き合いに出しつつ、私はワンモアプリーズと白髪に促す。
「異界転移の術式張るの、めちゃくちゃ疲れるんですよ? 魔力ものすっごく喰うし。用意した補助の魔石も根こそぎ力を使い果たしちゃいましたし。すっからかんなんです、もう一度なんて無理」
「そうか、タコ殴りにされる覚悟があると言うことだね」
「い、委員長」
笑顔でぐっと拳を固めると、しがみついていた佐竹さんがひきつりながら腕を引く。
収容人数が測れないほどだだっ広いその場所には、私と佐竹さん、白髪男、金髪野郎を中心に、妙なサークルが出来ていた。
ドレスやらコスプレ姿の皆様は、固唾を飲み成り行きを見守っている。
「もっかい言うよ? 今すぐ・私たちを・もとの世界に戻しやがれ」
「やだ」
プイ。
――――。そのお綺麗な面に一発、脾臓に三発、蹴りを一つ、ああもうメンドクサイからそこら辺の窓から突き落とそうか、と私が戦闘態勢に入ったところで冷静な声に行動を遮られた。
「――申し訳ない、お嬢さん。我が国主と魔術士がご迷惑をお掛けして。私が責任を持ちますので、今のところは怒りを納めて頂けませんか。それが言っていることもあながち嘘ではなく、今すぐには術を使えないのは確かなのです」
胸に響く低音の声に相応しい、身なりの良い渋いおじさまが、誠意ある態度で私たちに礼を取る。
うん、上がアレだったり下がこうだったりすると苦労しますよねー、と同情めいた気持ちで頷きながら、私は周りを見回し宣言した。
「絶対保障を要求します」
********
OK、状況を把握しようじゃないか。
私は沢 理胡、十七歳。桑弥高校二年四組クラス委員長。
私たちが生まれ育ったところを地球世界と称するならば、ここは異世界ガルドナ。七つの大陸と海で出来ている。
科学より魔術が発展した、精霊信仰で成り立つ世界。
この国はヤードニカ、三大国のひとつであるらしい。
さてなぜ私がこのようなところへ居るのかというと。
放課後の校舎内で、やたら偉そうで俺様そうな金髪野郎とわけわからん白髪男に拉致されかけていた、クラスメイトの佐竹さんを助けようとしたからなんだけど。
佐竹さんは以前、光の神子として(うん、わかってるから今はツッコむな)こちらに召喚されたことがあって。
いわゆる救世主として活躍、世界を救ったという。
でも、その闘いの最後で彼女を守護していた光の精霊が永の眠りについてしまい、神子としての力はなくなった。
お役御免になった佐竹さんは、このままこちらにいてもいいものか悩んだ。
それというのも、その時には王様である金髪野郎と恋に落ちていたから。
だけど、そもそもその始まりが相手の打算と策略で出来ていたと知り、傷心、居場所を失い、もとの世界へ帰ることにした。
恋の苦しさと切なさ、たくさんの人々との幸せな思い出を胸に、ほんの少し強くなった少女は、在るべき場所にて新しい人生に歩き出したのでした――――【完】。
が、しかし。
去った佐竹さんを粘着質に想い続けた金髪野郎が権力とワガママを駆使し、なんと私たちの世界まで佐竹さんを追いかけてきたのだ。
戻る戻らない、連れていく嫌だと揉めているところに、私が通りかかり、拉致を阻止しようとし、あげく――何だかダルそうでいい加減そうな白髪男が杖を一振り、こちらへ来てしまったと。
ざっと佐竹さんに説明された内容を頭に納めると同時に、私は薄ら笑いを浮かべた。
ははは。異世界トリップだよ、沢家のみんな。
みっちゃんたらパスポートも持たず、遠くに来ちゃったー。
「……巻き込んでごめんなさい、委員長……」
「佐竹さんが謝ることじゃないよ。あなただって被害者なんだから」
そう、界を越えた誘拐事件のな!
しょんぼりした彼女にに私が否定の言葉を返すと、ジロリとどこからか剣呑な視線が突き刺さった。もちろん無視する。
案内された豪華な部屋の豪華なソファに座りくるりと見回した。隣には、ぺったりと私にくっついて離れない佐竹さん。
ずっと目線を誰にも合わせようとせず、俯いている。きゅうっと私の制服の袖を掴んで。
こう、『アナタだけが頼りなんです』的態度を見せられると、そういう趣味がなくてもよろめきそうだ。
安心させるようにニッコリ笑ってポンポンと握られた手を叩く。ほっと表情が緩んで、頬を染める様子は私から見てもカワイイ。
こういう、素直なタイプの子は、ある種、私のような姉気質の者に庇護欲を抱かせる。
放っておけないんだよなー。
たぶん、他の方々もそうなんだろう。
チラリチラリと窺うように、側に控えているメイドさんが小さくなっている佐竹さんを見つめている。話しかけたそうに。剣を持ってる騎士っぽいひとも、ずっと彼女の挙動に注目していた。
それは広間での中に混じっていた害意あるものとは違い、ただひたすら彼女を心配するものだったから、私は彼らを排除せず、黙っていたけれど。
私たちの向かい側に座るのはさっきのダンディーなおじ様。ここに来る途中で、お名前とこの国の宰相閣下だとお聞きした。
うん、交渉相手はこの人に決定。
なにしろ、王様とか呼ばれてた最高権力者である金髪野郎は、仇みたいに私をひたすら睨み付けているし。
度を越した嫉妬はウザいし見苦しいっての。
私たちがこんなところにいる原因そのイチであるところの白髪男は、私の希望を拒否ったあと、ただこちらをじぃーっと見つめてるだけで、ワケわからん。
その点おじ様は宰相ってぐらいだからかなりの権力もあるだろうし、さっきの広間で居合わせた人々を落ち着かせ整然と場を収めた様子から、有能さも窺える。話も通じそう。
メイドらしき女性が淹れてくれたお茶を頂き、喉を潤してから、私は口を開いた。
「私の要求は二つです。もとの場所もとの時間に帰してくれること。その間の身の安全・待遇ひっくるめた保障。さほど難しいことを求めているわけではありません」
「ふむ。こちらの事情に巻き込まれた貴女としては当然の権利ですね――ギデオン、転移術の精度を上げなさい。滞在中は王の客人としての待遇と、私が身元引受人となるということで安全を保証しましょう。ただ、都合上城内で生活して頂くことになりますが……」
「それはかまいません」
城内だってー。予想はしてたがやっぱり城なんだな、ここ。そりゃ王様とか宰相さんがいるんだもんね、あとで見学させてもらおうっと。
ギデオンさんは不満げにしつつも命令を受けた証拠に一礼し、何か言いたげな視線を私に向ける。
だから何だっての。
「――あと、出来れば彼女と私は同じ部屋で」
ぴくん、と佐竹さんが反応して私を見上げる。その方がいいよね? と訊ねると、小さく頷いて、ますます私の手にしがみつく。
宰相さんはチラリと金髪に目をやり、何かに思い至ったのか納得したように口髭を撫でた。
「了解いたしました。――その他に、何かございますか」
「特には。とりあえず、そちらの受け入れ体制が整うか、私たちが落ち着くまで、あまり構わないで頂けるとありがたいのですが。いろいろ混乱してますし」
承りました、と鷹揚に頷く宰相さんはやっぱり話が早かった。細かく説明しなくても、言いたいことをわかってくれるというのは助かる。
それに、こちらを小娘と侮らずキチンと目を合わせて話してくれるから、私だって背筋が伸びるってものだ。
「――とりあえずは、お帰りなさいませ、カヅミ様」
ひとまず話はついたということで改めて告げられた言葉に、佐竹さんがパッと顔を上げた。そしてすぐに目を伏せる。
「……戻ったわけじゃありません。ギデオンさんが術を使えるようになれば、またすぐに帰ります――あたしの、世界に」
「カヅミ、それは許さん」
それまで黙っていた金髪が佐竹さんの言葉に声を上げる。
許さんとか何様だ、この誘拐犯。王様だけど。
さっきのように隠れるかと思った佐竹さんは、意外にも顔を厳しく引き締めて立ち上がり、金髪に対峙した。
「陛下の許可など必要ありません。これ以上あたしに何をさせようというのですか。力をなくしたあたしには、もう戦場に立つことなど出来ませんし、神子でなくなった今はこの世界の異分子。いずれ排除される運命です」
佐竹さんのキッパリした態度に、金髪が怯む。
やれやれ、もっとイケー。そういう俺様野郎にはガツンと言ってやる必要があるさ!
てか、戦場とかどういうことだ。知らん間にうちの組の子にナニさらしとんじゃワレ。
その辺りも、あとできっちりオトシマエつけさせてもらおうじゃないか。
「そんなことはさせん、私が守る」
「陛下がそう仰っても、民意はどうでしょう。光の守護をなくした黒髪の娘など、誰も受け入れるとは思いません」
佐竹さんたら結構言うじゃん。
教室での大人しやかで無口な影は見えず、大の大人とやり取りするその姿に、『前回』の彼女の旅がどれだけ大変なものだったのかがうかがい知れた。
オトシマエメモにもう一項目付け加えだ。
ハラハラ皆が見守るなか、二人の痴話喧嘩は続く。
ヤレヤレと言いたげに、出来の悪い息子を見るような目で金髪野郎を見ている宰相さん、興味無さげに手の杖を弄っている白髪を眺めて、誰か止めろよと一人ごちる。
と、白髪と目があった。とたんこちらに寄ってくるが――いや、音もなく近づかないでいただきたい。
今のなんか平行移動っぽかった、キモイ。
近付いてきた白髪が何を言うのかと思えば、おさげにした私の髪を見て首を傾げる。
「貴女のこの髪は地毛ですか」
「へ? そうだけど」
「カヅミの国の者は皆黒髪だと聞いたのですが――貴女の色は、瞳も甘い木の実の色だ」
甘い木の実ってどんな。
確かに私の髪の色は赤っぽい栗茶色。姉や弟の一人はもっと薄い金茶色だったりする。
自分が白髪だから羨ましいんだか何だか、密着して私の髪に指を絡め、顔を覗き込んでくる青年に私は眉をひそめた。
「日本人は基本的に黒髪だけど。うちは何でか色素が薄い家系なんだよ。先祖に外人がいたとかなんとか――ていうか、もしかしてこっちでは黒髪が忌避されてたりする?」
ざっと見たところ、皆様白人種っぽいし。
さっき佐竹さんが言った言葉も気にかかっていた。
「ええ。本来はそうでもなかったのですが、数十年前、闇の精霊を従えていた者が彼の者の力を使い、大量殺戮事件を起こしまして。一国ならず世界を滅ぼす勢いで――そのせいで闇の精霊、そして闇を現す黒を持つものが疎まれるようになりました」
ほほう。更に更にオトシマエ追加だな。
佐竹さんは今どき珍しいくらいの黒髪ストレート。
そんな彼女がこちらに来た当初どんな苦労をしたか――うふふ、二発や三発じゃ足りねえなこりゃ。
「カヅミは黒髪でしたが、強力な光の守護があったので、皆、受け入れていたのですが」
今は彼女には守護がない、と。故に、受け入れられない者もいるだろうなんて、
「バッカバカしい、ただの色じゃん。闇を疎むって、闇がなきゃ光もないっつーの」
闇があるから光を認識できて、光があるから闇を認識できる。当たり前の理だ。
けっ、と乱暴に吐き捨てると、またもやじっくり眺められた。
――だからなに。なんか間違ったこと言った?
ムッと睨み返す。
そんな私にふんわりと柔らかな笑みを向けて、彼はまだ手にしていた髪の先に、唇を寄せた。
・・・・・。
あれ、ねえ、これって普通なの? 外人特有のスキンシップ?
メイドさんが目を剥いていたり騎士さんが恐ろしいものを見てしまった的態度で顔をそむけたりしてるのは気のせいですか。
宰相さん、何故愉快そうな顔をしてらっしゃるのですか。
この白髪、セクハラでぶちのめしても良いですか。
「ミィ――ミィ、コ? どうも発音が難しいですね」
ミ、ミ、ミと瀕死のセミみたいにミを繰り返す白髪に、「サワか、もしくはリコでもいいよ」と半ば呆れて告げると「いいえ、」と思いの外強く首を振られた。
「貴女の名前をきちんと呼べないなど許せません。少々時間を頂きますが、必ず呼んでみせます――ですから、貴女もギデオン、と」
別に名前が正しく呼ばれなくても死にゃあしないのに、大げさな奴だな。
大抵の場合字面でリコと読まれることの多い私は名前に関してはスルースキルがついている。
クラスのみんなも委員長と呼ぶし。
「ギデオン、と」
あ、まだ訴えは続いてたのか。
いつの間にやら手まで握りしめられていた私は微妙にヒキ気味に、白髪の青年から距離を取ろうとした。
「えーと、ギデオンさん? ちょっと近いです」
「照れ屋さんなんですね」
違います。
誰かこの人なんとかして。
ええい、もとの世界に帰る鍵を握っている相手だと思うと雑に扱うのもマズイか。それとも躾て言うことを聞かせるべきか。
そうこうしてるうちに、佐竹さんと金髪野郎のお話合いは何だか妙な方向へ突っ走っていた。
「――王の私に逆らう者など――」
「力で押さえ付けるおつもりですか。それが良くないことは、タウドーリャの例を見てもわかることでしょう」
「――その話し方は止めろ、不快だ」
「さようでございますか、では不快な娘のことなど放っておけばよろしいわっ」
「はいはいはいそこまで~」
平行線を辿り迷路に突入している言い合いに、ストップをかける。
興奮していた佐竹さんが、ハッと息を飲み、うつ向く。その頭をよしよしと撫でて、私は金髪野郎に向き直った。
見下される視線をやんわり受け止める。
我が家の自慢の長女、社長秘書である姉直伝の慇懃無礼な笑みを型どって。
「私は先ほど、落ち着くまで構うなと申し上げました。
庇護を受けるからにはそちらの指示に従いますが、そもそも我々が本来在るべき場所から切り離され、身一つでこちらに居る元凶が誰なのか、そちらにはしっかり自覚して頂きたい。
――デカイ面して所有権を主張してるんじゃないよこの未成年拉致犯が」
最後だけ低い声で金髪野郎のみに聞こえるようささやいた。
ヤツの眉間に深い谷間が出来る。
自覚しているんだろうか。
自分たちのしたことがまぎれもない誘拐だということを。
佐竹さんがこちらで光の神子とやらに仕立て上げられ、あちらで行方不明になっている間。
どれだけ周りが心配していたか。
三週間行方不明になっていた彼女が戻ってきたあと、どれだけ好奇の視線にさらされたのか。
何も言わない、話せるわけがない佐竹さんに、ひどい言葉を投げつける人もいた。
それをこの男は。
何も考えず色ボケしたまま、また同じ苦労を彼女に負わせようとするのか。
誰がそんなことさせるものかと言うのだ。
「――女、不敬である。退くがよい」
「やかましい誘拐犯。オンナ口説くなら先に頭冷やしてきな」
だいたい私にアンタを敬う理由などない。
行けたし来れるんだし、帰れるだろうという確証がなければ、誘拐犯の国を壊滅に追い込むまで暴れていたところだ。
白髪――ギデオンさんが、こちらの望み通りもとの時間に帰す方法を使えなければ、私もまた、行方不明者として家族やみんなに心配をかけることになる。
そうなったときアンタが何をしてくれるというのだ。
佐竹さんのことにしたってそうだ。
守ると言うのは簡単だが、広間での人々の様子を見る限り、自分の縄張りも御せていないではないか。
それをまあ、偉そうに。
オンナ一人幸せにできないようなオトコに持ち合わせる敬意などないんだよ。
不安げに立ち尽くす佐竹さんに、私はとびきりの笑顔を向けた。
「大丈夫、佐竹さん。私が守ってあげる」
主にこの実力行使も辞さない野郎からな!
佐竹さんは、“内心好きで仕方ないけれど信用できないもと恋人”と、“さして親しいわけではないでも信頼できるクラス委員長”との間で視線を揺らし――コクン、と頷いて私の背後に隠れる。
ビシリと空気にヒビが入る気配。
もちろん、発生源は金髪王様野郎だ。
ハハン、やあい、佐竹さんの保護者の座は私のものさ!
ようやく理解者を手に入れたもと救世主、彼女を背後に庇ってニヤリと勝ち誇った笑みを向ける私、その私を前に百回殺したそうな眼で見据える男、微妙に離れた位置で物欲しげにこちらを眺める魔術士。
そんな若者たちを不安げに、あるいは戦々恐々として、もしくは楽しげに見守る人に囲まれ、突然の異世界ライフはこうして幕を上げたのだった――。
……To be continued?
【初出:2010/07/13 サイト拍手お礼文】
てなわけで2です。まさかの2です。
ミチコの語りでお話が進むため、説明不足になっている部分も多々ありますが、Nakedはミチコの異世界ツッコミ生活というコンセプトなので、彼女が気にしないところは割合スルーされます。
このまま話が続くなら、佐竹ちゃんの事情とかこちら側の事情とかも見えてくると思われますが、予定は未定。
軽くお読み頂いて、楽しんで頂けたらなと思います!