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因縁と閃き

 調べ物も手作業も、幾ら好きでも終わりがないと辛いものだ。


「防水機構自体は完成した。素材の選定も、大きな間違いはない。でも、これでは、ぜんまいが巻けない……」


 イッカクから海中用懐中時計を頼まれて一週間。最初は目新しい素材の加工や、資料探しを楽しんでいたものの、五日を超えた時点でヘンリーは自信がなくなり始めていた。


 防水用の魔法陣は決まり、素材への加工は完了した。他の部品も、それぞれ水属性と親和性の高いものにして、魔力の通りも良好だ。


 しかし、大きな問題が一つ。ぜんまいを巻くための鍵穴が、上手く保護できないのだ。


 完全な防水機能を実現させると、鍵が入らない。それでは時計が止まってしまう。かといって、鍵を入れる時に保護を解除すると水が入ってダメになる。

 毎回、水面に上がって魔法を解いて掛け直すのも現実的ではない。


 アプローチを変えながら、ここ数日間、色々と試してみているが。いよいよ何も思いつかなくなってきたのだ。


「駄目だ。外に出るか……」


 集中することも大切だが、鬱屈とし始めた今は気分転換のほうが必要。そう言い聞かせ、ヘンリーは店の看板を裏返して、裏口から路地へと出た。


「そういえば最近、仕入れにも行ってないな。他に新規の仕事はないけど、見に行ってみるか……」


 最近は、食糧品の買い出しにすら出ておらず、イッカクが持ってくる差し入れを食べて済ませることが多かった。


 親しみのある素材を見れば、何か閃くかもしれない。考えながら、慣れた道を右に曲がると、行手を塞ぐように三つの影が現れた。


「よぉ、ヘンリー。元気そうじゃねぇか」


 道の真ん中で腕を組んで立っているのは、ヘンリーと同じくらいの背丈の男。しかし、体格は細身のヘンリーにくらべ一回り頑丈そうに見える。


「……グリード。何の用だ?」

「冷てぇなぁ。身内だろ?」


 ヘンリーと同じ、赤銅色の頭を左右に揺らしている男をちらりと見て、ヘンリーは靴先に視線を落とした。


 身内だなんて、よく言えたもんだ。元々、ヘンリーとグリードは不仲だ。


 グリードは、遅くまで子ができなかった両親の店を勝手に継ぐ気でいたらしく、昔からヘンリーに当たりが強い。

 八歳も下のヘンリーに負ける程度の努力しかしてない癖に、プライドだけは一人前。


 その上、両親が事故にあった時、店の金だけ持ってさっさと逃げて行ったのだから、身内と思ってないし二度と関わりたくないほどに嫌いだ。


 そんなグリードが、ヘンリーに話しかける理由なんて決まっている。


「最近よ、景気いいらしいじゃねぇか」


 ヘンリーから何か、奪おうとしているだけだ。

「……勘違いだな」


 だが、今は本当に儲ける話はない。イッカクとの話を儲け話と勘違いしているのだろうが、わざわざ伝える義理もない。


「はは、またまた。そういう顔じゃねぇだろ」


 横をすり抜けようと思ったが、当然のように塞がれる。足を止めると、薄ら笑いを浮かべたグリードが一歩、ヘンリーに近寄った。

「珍しい素材が大量に入ったって、ちゃんと耳に入ってんだぜ?」

「で? どんな仕事だ?」「オレらに回してくれてもいいだろ」

「……無理だ」


 確かに、イッカクから受け取った素材は全て珍しく、価値が高いものだ。しかし、扱いが難しいものが多く、一般的な工具では加工できないものも多い。


 グリードや、隣の二人がいるような、シンプルで大量生産に向いた時計しか作らない工房では、穴を開けることすら難しいだろう。


 素材を知っているなら、その程度は理解しているはずだ。ヘンリーはそう思って答えたが、それが三人の癇に障ったようだ。


「は?」「調子乗ってんのか?」


 猫撫で声から一転、ドスのきいた声を出したが、ヘンリーからすれば善意の発言である。

「【約定】を相手したくなくて、ウチに回したのはそっちだろ」


 イッカクは、ヘンリーに対して好意的だ。しかし、それは目的の品を手に入れるための協力関係にあるからだと、ヘンリーは理解していた。


 一方的に利益を享受しようとする、約束を守らない相手に対して。イッカクが穏便に対応するとは限らない。それなら、【約定】なんて異名はついていないだろう。


 だが、ヘンリーの意図は伝わらない。だから無理なのだと、気付けない。


「なぁヘンリー、昔はもうちょい素直だったよな」


 グリードが、ヘンリーの顔を覗き込む。

「オレが何言ってるか、分かってるよな?」


 ヘンリーは答えない。最初から、グリードには会話する気がないと分かったから。期待するだけ無駄。そう自分を説得して、視線を逸らす。


 だから無理やり制止を振り切り、目的地へと向かおうとしたのだが。

「無視するなんて、随分偉くなったもんだな」


 グリードが、横を通り抜けようとしたヘンリーの胸元を掴む。尚も目を逸らすヘンリーに、舌打ちをしたグリードが右手を振り上げた。

「痛い目見ないと、わかんねぇみたいだな__!!」


 殴られる。運動が苦手なヘンリーでは、避けられない。それでも、咄嗟に腕で顔を庇った。


 グリードの体格だと、細身のヘンリーは壁に叩きつけられるだろう。


 そう思い、身構えたヘンリーが最初に知覚したのは、痛みでも、衝撃でもなく。


__路地裏に鳴り響く、軽快なサンバのリズムだった。


「…………は?」


 そっと目を開けると、グリードの拳はヘンリーの少し手前で止まっている。丁度、透明な壁を殴ったような形で。


 音楽もあいまって、物凄く間が抜けて見える。グリードも客観的にどう見えているのか理解したのだろう。顔を真っ赤にして、もう一度壁を殴った。


「クソ……、なんなんだ!!」


 殴られた瞬間、腕輪から魔力反応。防御魔法が発動したのだろう。契約中、相手を守る仕掛けを施していたようだ。イッカクらしい仕掛けである。


 だが、この、陽気なサンバは、なんだろうか。音源は確実に腕輪だが、意味がわからない。


 気付けば、赤い髪の少年がグリードの後ろで楽しそうに踊っている。陽気な音色に釣られて来たのだろうか。次々楽器を持ち、サンバの曲に彩りを足している。


 もう、訳がわからない。しかし、同じ状況に陥っている三人は、この状況を作り出したのはヘンリーだと勘違いしらたしい。グリードがヘンリーに叫ぶ。


「おい、ヘンリー!! おまえ、こんなことしてタダで済むと思って__!!」


「いや、俺は何も__」


 していない。ヘンリーが言おうとした矢先、サンバが突然盛り上がり、大々的なフィナーレを使える。


 少年が指を空に向けて立てると、同時に大きな花火が空に咲き、ぱぁん、と音を立てながら虹色の輝きで路地を照らした。


「「…………」」


 滅茶苦茶だ。なぜ、サンバが鳴り響いたのか、花火が打ち上がったのか、何もわからないが、三人の怒りがヘンリーに向いていることはわかる。


 ついでに、ヘンリー達の周りをうろちょろしている赤い髪の少年にも、三人の怒りが向いていることはわかる。


 というか、ヘンリーよりも少年の方が、意味不明な行動をしている分、三人から怒りを向けられている気がする。


「おいガキ、さっきからおちょくってんじゃねぇ!!」


 とうとう痺れを切らしたグリードの取り巻きが少年に掴み掛かった。


 流石に、見ず知らずの少年を巻き込むのは心が痛む。腕輪を上手く使えば、彼も庇えるだろう。


 ヘンリーが割って入ろうとした時。少年は大きな動作でヘンリーに静止を指示し、ヘンリーは本能的に足を止めた。


 __次の瞬間。


「契約者への暴行は、敵対行為と見做して刺しちゃうよ〜!!」


 路地の向こうから、額に一本角のある特徴的な人物__イッカクが真っ直ぐ走ってきた。


「速い!!」


 イッカクが真っ直ぐ走ってきた、のだが。頭を傾け、額の角がグリードに向けられている状態で、かなりのスピードで走って来ているのだ。


 僅かに見えたアクアマリンの瞳は、爛々と輝いており、大変、危険な雰囲気だ。


 このままでは、グリードの命が危ないかもしれない。相手にするのは面倒だし嫌いだが、死んで欲しいわけでもない。


 どうにか、止めなければ。しかし、イッカクが速すぎる。怪我を覚悟で間に入るほどの度胸も、運動能力も、義理もない。


 せめて、致命傷は避けてくれ__ヘンリーが強く祈った、その時。


「イッカク、相手は一般人だぞ!!」


 鋭い怒声。目の前を過ぎ去る、白い何か。何かが吹き飛ばされた音。土埃。壁から落ちる破片。


 イッカクが壁に叩きつけられた、ということを理解するまで、少し時間が掛かった。


 肩で息をしている、金髪の美青年がイッカクを吹き飛ばした、という点を含め、理解に時間が掛かったのだ。


「全く……、問題しか起こせんのか」


 綺麗な顔を盛大に歪めた青年は、白衣についた土埃を払いながら、イッカクを見下ろした。


「酷いよクロちゃん」

「黙れ。正座。2人ともだ」

「だって、アリー」


 仲は良さそうだが、微妙に上下関係があるのだろうか。白衣の青年の指示に従い、イッカクと赤い少年が路地に正座する。


 が、座りながら赤い少年は大袈裟に肩をすくめたので、上下関係というより迷惑を掛けた・掛けられた関係なのかもしれない。


「やれやれじゃない。何が守るためだ。相手をおちょくっていただけだろう。反省しろ」


 ひとまず、状況がわからない上、戦闘力で確実に負けるので、ヘンリーは様子見に徹することにした。


 というか、少年は全く声を発していないのに何故会話が成立しているんだろう。


「ヘンリー、大丈夫〜〜?」

「だい、じょうぶ」


 じっと見ていると、お説教に飽きたイッカクがヘンリーに声を掛けた。


 白衣の青年は一瞬、こめかみに青筋を浮かべたものの、ヘンリーを見て落ち着きを取り戻したらしい。軽く咳払いをして、穏やかな笑みを浮かべてヘンリーに話しかけてきた。


「馬鹿共が悪かったな。あっちは知り合いか?」

「ええと、難癖つけてきた親族、です」

「そうか。まあ暫くは手出ししてこないだろう」

「……そう、ですね」


 迫るイッカクが余程恐ろしかったのだろう。道の真ん中に座り込んでいるグリード達を指し、後はこっちで処理をしておく、という青年。


 そういえば、この人たちは王都の警備隊に所属していることを思い出す。


 優秀だが、人格や私生活に問題がありすぎるチームとの噂なので、この青年にも何か問題があるのだろうか。


 少し気になるが、イッカクとの契約がなければ本来関わることもない相手だ。深入りすると面倒だと判断して、話を切り上げることにする。


「……助けてくれてありがとうございました。お礼は後日、改めてさせてください」


 イッカク経由で菓子折りでも差し入れよう。そう言って立ち去ろうとしたが、何故か赤髪の少年がヘンリーの行手を塞ぐ。


 そして、懐から見せつけるように、シンプルな懐中時計を取り出した。


「おい、アリー。それは何だ? 拾った? 窃盗じゃないだろうな?」


 どう見ても、グリード達の工房が作っているものだ。掴み掛かられた時に慰謝料代わりに取ったのだろう。


 デザインが気に入ったのか、ヘンリーにもよく見えるようにぐるりと回してから、少年__アリーは頭のボタン部分をつまんで回した。


「ああ、いや、そこは回すためにある訳じゃなくて、裏蓋を開くための__」


 懐中時計の頭の部分は、裏蓋を開くためのボタンと、チェーンに繋ぐための輪があるだけだ。


 だから、回しても意味はない。


「そうか__そこで、巻けばいいのか」


 裏蓋は、ボタンではなく噛み合わせだけで閉める場合もある。ならば、頭の部分に別の機能を組み込んでも、問題はない。


「ヘンリー?」


 そう__例えば、頭に、ぜんまいを巻くための鍵を差しっぱなしにすれば、どうだろうか。


 思い付いたら、今すぐ試してみずにはいられない。職人としての経験と直感が、これは成功する、と告げている。


「……イッカク。この後の予定は?」

「空いてるけど……、もしかして」

「閃いた。試そう」


 イッカクがいれば、ずっと作業を覗き込んでくるだろうし、完成したら飛び跳ねるくらい五月蝿いだろう。


 それでも、完成の瞬間には、イッカクにいて欲しいと、そう思って。ヘンリーは集中したい自分らしくない発言をした。


「行く行く!! アリーも来る?」


 イッカクは満面の笑みを浮かべて、隣に正座するアリーを誘う。流石にアリーは遠慮したのか、首を高速で横に振る。


 そうして、ヘンリーは2人にグリード達のことを任せ、イッカクと共に店に向かった。


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