新しい家族
連載「ワンルームマンション」の主人公たちが出てくるお話です
ワンルームマンションから読んでいただけたらより楽しめると思います。
…あの一件以来僕は“憑きやすい体質”となってしまったらしい。
「はい、律先輩」
これいつものですと、スプレー式の小瓶を渡される。
ありがとうと僕は受け取り、代わりに封筒を渡す。
小瓶の中身は僕専用お清めスプレーだ。
佐々木さんの親戚に友人だからと低価格で提供してもらっている。
本当に頭があがらない…
「これすると体が軽くなるんだよねえ…」
「そうでしょうね…」
と僕の後ろ側を見る。…なにかいるんだろうか…。
一旦渡した小瓶をぱっと奪い僕にシュッとぶっかけた。
「あっ望ちゃん、部屋でするなって!」
「…いいじゃないですか、光輝先輩の部屋も浄化されますし」
お得ですよと言いながら佐々木さんは僕の手に小瓶を戻す。
「そもそもなんで俺の部屋に集まるんだよ…」
光輝はペットボトルのお茶を三本テーブルの上に置いた。
「…だって僕、実家暮らしだし。」
「私もです」
「いや、ファミレスとかでよくね…?」
光輝の家が一番集まりやすい距離なんだよ…とテーブルに置かれたペットボトルに手を伸ばす
あれ以来、三人で集まることが多くなった。
二人曰く僕は何事も鈍いそうでほっとくととんでもないことになりそうだからと
定期的に佐々木さんが僕を視てはスプレーをぶっかけてくれるのだ。
…かけるじゃなく、ほんとにぶっかける。
その日もお清めスプレーを受け取るという名目でだらだらと
光輝の家でだべっていた。
「あ、もうこんな時間なんですね」
佐々木さんがスマホをちらっとみる。
「そろそろ解散しよっか」
と二人で帰り支度をしはじめる。
光輝が隣でいいように使いやがって~…と言っているが気にしない。
「じゃあまた遊びにくるよ」
「やっぱ普通に遊びにきてただけじゃねえか」
…おっと口がすべった。
テーブルに500円玉を置く。
居座った分代を置いていくのが毎回恒例になってた。
佐々木さんもスッと小さな可愛らしい封筒をテーブルに置く。
「そんな毎回いいって…」
…光輝も僕と後輩とだべるのはそんなに嫌ではないんだろうな。
口に出したら怒られそうだから言わないが。
光輝のマンションから出て最寄りの駅まで歩く。
佐々木さんとの会話は、あったりなかったり。
「じゃあ私、あっちのホームなので。」
「あ、うん、気を付けて」
「…律先輩もいろんな意味で気を付けてくださいね。」
…佐々木さんの優しい棘は健在だった。
「ありがとう、気を付けるよ」
お清めスプレーもあるしね、と言いながら僕が手を振ると佐々木さんが僕の手を軽く叩き
前回のこと忘れたんですか?と睨んでくる。
「す、すいません…」
「いいですか?お清めスプレーも前回の“気休め”も絶対安心って代物じゃないんです」
ああいうのは関わらないのが一番なんですよ、律先輩は特に。
と念を押される…これではどっちが年上かわかんないな…。
「いいですか、なんかあっても、もし“視えて”しまっても視えないふりしてください。
後ろを振り返ったりとか絶対しないでくださいね!」
「気を付けます…」
僕がそう返事をすると佐々木さんはくるりと方向を変えてじゃあ、電車来るんで。
とだけ言ってホームに向かって歩いて行った。
僕はズボンのポケットに入ってるお清めスプレーをズボンの上から触り、
うーん…でもこれあると体しんどくてもバイトいけるんだよなあ…と思う。
光輝と佐々木さんに言ったら怒鳴られそうなので絶対言わないが。
僕は幽霊より現実問題の方がわりと怖いのだ。
…まあ、だからと言って貴重な友人の注意を無視するわけにもいかないので
乱用はやめようと思った。
電車に乗り、自分の最寄りに着く。
もう時間は20時過ぎだった。
僕と同じで帰宅するであろう人たちがぞろぞろと駅から出ていく。
僕も改札口を出て家へと向かう。
薄暗い道。街灯が一定間隔で置かれている。
実家は住宅街ではあるが夜は割と静かでしーんとしている。
誰もいない道を一人歩く。
ふっと僕は後ろから足音がしていることに気づいた。
(…暗い道で後ろから足音がすると怖いんだよな…)
暴漢的な意味で。
ペタ…ペタ…
(……?)
足音が変なことに気づく。
普通靴底の音とかしないか?なんかこれじゃあ……裸足…
そう思ったところで僕を追いかけるかのように足音が早くなった。
ペタペタペタペタペタペタ…ッ!
心臓がドッと脈打つ。さすがの僕でもこれは怖い。
先程の佐々木さんの言葉が脳裏をよぎる
……あぁ、これ生きているものではないな、と感覚的にそう思った。
あくまで自然に見えるように僕は鞄の中から
ワイヤレスイヤホンを取り出しスマホに繋げた。
……足音は適当に選んだ音楽によってかき消される。
視線は下にしては変なものを見ないようにと僕は帰路を急ぐ、が速度は変えない。
相手に気づかれないように。
足音がかき消されたからだろうか、心に余裕ができてきた。
適当にかけた音楽、これ結構有線で流れているが流行っているのだろうか……
僕は友人とそういう話をしたことがないので、
今度、光輝と佐々木さんにおすすめでも聞いてみようかなと今の状況から
優雅に現実逃避する。
あと少しで自宅につく、というところで青白い裸足の足が
僕を追い越していくのが視界の隅に見えた。
……つい、顔を上げてしまう。
そいつはピタッと僕の家の前で立ち止まり、ゆっくりと首だけがこちらを向く。
そして僕を見て、ニタァと不気味に笑った。
…ここで僕がなにかアクションを起こしたらそれこそ今までの
努力がなかったことになってしまうので
何も見えてませんって言う顔をして僕は家に入るためにそいつに近づく。
(位置が悪い……位置が)
なんでよりにもよって僕の家の前なのだろうか。
そいつの横を通りすぎた瞬間
『ーーーー?』
何かを言われた、振り返りはしなかった。
カバンから鍵を出し、そして玄関に入る。
鍵を閉めると同時に僕は即座にポケットに入れてあったお清めスプレーを
僕と玄関にこれでもかとふりかけた。
ふー……と息を吐く。
玄関にはお清めスプレーのお線香のような安心する香りが充満していた。
(……あれ、みえてる?だろうな)
音楽の隙間から聞こえたセリフがあっていたのなら。
…その日の夜、感覚的には深夜だろうか。
ふっと目が覚めて、耳鳴りがキーーンとした直後…体が動かないことに気づいた。
……人生で二回目の金縛りだった。
目は動くので自分の状況を把握しようと
視線を横にしたら誰か立っていた。
なんとなくさっきのあいつなんだろうなという気持ちになった。
……なんてしつこいんだろうか。
きっとこういう類のものはそういうものなんだろう。佐々木さんが忠告するのもわかる。
そいつは僕のベッドの横にたち、僕を覗きこんでいるようだった。
部屋が暗くて顔まではよく分からない。
ただ頭上で、今度ははっきりと、
『みえてる?』
と尋ねられた。セリフはあっていたらしい。
だからといって金縛り中の僕は為す術がなく
お清めスプレーもテーブルの上だ。
少し考えてから、僕は目を閉じて再度眠ることにした。
関わらないのが1番らしいし、と理由をつけて。
*
後日、食堂で珍しく一人で食事を取っている光輝を見つける。
「一人なの珍しいね」
がやがやと賑わう食堂で前、座っていい?と聞きながら僕は光輝の前に
醤油ラーメンが乗ったトレーを置く。
「律こそ食堂なんて珍しいじゃん」
「ちょっと醤油ラーメンが食べたくなって。」
オムライスと悩んだけどねと言えば律、好きだもんな〜と相槌を打たれる。
あ、そういえば。と僕は先日の集まりの後の出来事を話した。
「…それで二度寝できるお前のほうが俺は怖いわ…」
そう?と言いながら僕は割り箸を割る。
光輝は丁度サンドイッチを食べ終わるとこだった。
隣にはカツ丼が食べられるのを待っている。
「…よく食べるね」
「男なんてこんなもんだろ」
とカツ丼とセットのおしんこをぽりぽりと食べる。
そういうものなのだろうか、僕はこれだけで十分だが。
「…それでその後は大丈夫だったのか?」
「うん、特には…いつもの体が重いくらいで…あ。」
「え?」
「廊下で佐々木さんとすれ違ったときすごい顔された」
光輝は食べようとしたかつをぽろっと丼の中に落とし、それだめなやつじゃんと呟いた。
……やっぱり?と聞きかえすと光輝は呆れた様子でまたカツ丼を食べ始めた。
今日はバイトがないので大学からそのまま帰宅する。
玄関を開けると丁度買い物帰りであろう母と鉢合わせた。
「…ただいま」
そういう僕は母が抱えているテディベアに目が行く。
なんかこう…このテディベア存在感が人、一人くらいあるのだが気の所為だろうか…
「母さんそのテディベアどうしたの?」
「あー、この子?かわいいでしょう!」
とずい!と目の前に出されたぬいぐるみには
やはりなんとも言えない存在感があった。
「ご近所の鈴木さんいるでしょ?あのおばあちゃん!」
…会うとやたら飴をくれるあのおばあちゃんだろうか…
「施設に入っちゃうらしくていろんなものを処分してたらしいんだけど
この子だけは誰かに譲りたかったらしいのよ~
鈴木さんも大事にしてたらしくて心残りだって言うしとても可愛かったから
母さんもらってきちゃった!」
そう言って大事そうにテディベアを抱える母は少女のようだった。
とりあえず僕は靴を脱ぎ玄関に上がる。
母さんの足元にあるエコバッグをひょいと持つと運んでくれるの?ありがとね~と言われた。
エコバッグから少し見えるケチャップと玉ねぎと卵はもしかして
オムライスの材料だろうか。
「冷蔵庫の前に置いとくよ」
キッチンからリビングが見える僕の家は母がリビングの棚からがさごそと
一生懸命何か取り出そうとしている。
「あったあった!」
そういって取り出したのは幅が広めの赤チェックのリボンだった。
それをいい長さに切ってテディベアの首に蝶々結びをする。
「もっと可愛くなったわぁ」
「よかったね…僕、課題あるから部屋戻るよ」
そういって部屋に帰ろうと母に背中を向ける。
「あ、今日の晩御飯はオムライスだからねー」
はーいと返事をする。…学食で醤油ラーメンにしといてよかったなと
思いながら、やたら背中に視線を感じる。
様子を見られているような視線だ。
…あのテディベアはただのテディベアではないのかもしれない。
ただ今のところ何もないし、いっかと僕は自室へ行くために階段を上がった。
*
母がテディベアを拾ってきてから、
家の中では子供が走り回るような音がよくするようになった。
楽しそうにくすくすと笑っていることも多々ある。
両親に誤魔化しながら最近、家の中うるさくない?と聞いてみたが
やだ、ネズミかなあ…なんて言われたので多分僕にしか聞こえていないのだと思う。
あのテディベアは母が大層気に入っており、趣味の裁縫を生かして洋服が着せられていたりする。
悪意は感じないので僕も放置することにした。
…家が少し賑やかになっただけだし。
光輝んちへいつものごとく集まる日、
手土産にコンビニでお菓子と飲み物を片手にチャイムを押す。
玄関が開いて、光輝これとそのまま渡す。
「おー、別にいいのに。」
「いや、僕も食べたいから。」
「お前なあ…」
まぁいいや、望ちゃんもう来てるぞ、お前もはやく上がれよと玄関を通してくれる。
玄関を通って部屋の扉を開ける。
「佐々木さん久しぶり」
そう僕が挨拶すると佐々木さんが僕を下から上まで見る。
「律先輩、今度は何拾いました?」
「…そんな人を犬みたいに…」
前回の集まりの後の出来事を佐々木さんにも説明する。
「あぁ…あの後の律先輩すごい嫌な感じでしたよ」
普段よりも増して。と付け加えられる。
…普段より増して?普段も嫌な感じ出てるのか僕…
「まあ、嫌な感じは完全に消えてはないんですけど…なんか他に何かありました?」
…佐々木さんは“視える”だけなんて言うけどここまできたら
もう霊能者とか名乗ってもいいんではないのか…と思いながらとりあえず僕は座る。
「…最近母さんがテディベアを譲ってもらったくらいかな」
「おばさん可愛いの好きだもんなー」
と言いながら後から入ってきた光輝は僕の隣に座る。
大学生のワンルームは家具を入れて三人座ればもう十分くらいの狭さだ。
光輝は僕が持ってきたコンビニの袋からテーブルに適当にお菓子などを置いていく。
ついでに子供の声や足音がするようになった話もしとく。
「あぁ…多分それですかね?」
「何が?」
「最近、身体が重いの減ってたりしません?」
そういえば、と僕はズボンのポケットに入れているお清めスプレーを出した。
「最近、使う頻度が減ってるね」
半分くらいになったお清めスプレーの小瓶を横に揺らす。
いつもならこの集まりが開催されるくらいには残りが少なくなっているのだ。
「律先輩のご実家を視たわけじゃないんであれですけど」
そのテディベアは大切にした方がいいですよ。と言いながら佐々木さんは
テーブルに乗せられたお菓子のチョコレートを選んでこれいただきますねと封を開ける。
「多分、律先輩のお母さまに守護霊的な形でついてると思うんですけど、
その恩恵で律先輩も守ってもらってる感じですかね…」
でもまだ嫌な感じはあるんで、と僕が持ってたお清めスプレーを奪われてプシュッと
ぶっかけられた。
…デジャブ。
隣で光輝がまた部屋でするなと騒いでるのを軽くかわす佐々木さんをみて
お決まりの流れだなあ…とほのぼのする。
まぁ、光輝が騒いでる原因は僕なのだが。
「でも言われてみたら使うのは外くらいで家に帰ると楽になるんだよね」
金縛りも、家の前にいたあいつも見なくなったし。と言うとほんとに感謝したほうがいいですよ
と今度はペットボトルのミルクティーに佐々木さんは手を伸ばしていた。
結構甘いものが好きなのかもしれない、女の子らしさを垣間見る。
「…なんか失礼なこと考えてません?」
「いや…?」
…エスパー疑惑が僕の中で浮上した。
「でももし処分することがあったらお焚き上げをおすすめしますよ、
かなり助けられてるのは事実だと思うので。お母さまの恩恵だとしても。」
「うーん…あの調子じゃ処分するのはだいぶ先の話だよ」
実際かなり母は気に入って手入れを欠かさないし、着せ替えたり写真を撮ったり
楽しそうに過ごしているし。
そうですか、まあでもいつかはきっとくると思いますし。
なんて現実的なことを言われてそれもそうかと思う。
最近の近況報告をあらかた終えて、いつも通りのだべる時間になる。
「僕の近況はまあそんな感じだけど、みんなはどうなの?」
「…特には、ないですね…」
「……俺はダチと心スポに行く話が出てる…」
「「え」」
まさかの報告で佐々木さんと声が被る。
確かに光輝はノリはいいし、男女共に接することができるし友達も多いが…
僕があんなことになって光輝も心霊に関しては敏感になってはいたのに。
「なんでそんなことに…」
「いや、断ったんだけど人数合わせとか言われて…」
「光輝先輩、そのダチって…」
凄く気まずそうに光輝は視線を泳がして敦たち…と呟いた。
…光輝がよく一緒にいる人たちの中の一人なんだろう。
佐々木さんが額に手を当ててため息を吐く。
「それって美羽も行くんですか?」
また知らない名前が出てくる。
光輝は変わらず気まずそうに一応…と言ってる。
そういえば佐々木さんは光輝の友達の彼女からの紹介だったな…
おそらく敦って人が光輝の友達で美羽って人の彼氏なんだろう。
二人のやり取りを他人事のごとく見ながら僕はペットボトルのお茶を手にする。
佐々木さんは自己責任ですからね!ほんとに!と怒っている。
俺も行きたくねえよ…と呟いていてなんというか、すごくカオスだった。
その後は如何にして心霊スポットにいかないようにするかみたいな作戦会議に
切り替わっていて、光輝には申し訳ないがなんだか少し楽しかった。
友達とこういうやり取りをするのは、とても、久しぶりだったし。
話し合っている間にだいぶいい時間になってしまった。
「…とりあえず今日は解散しましょう、私からも美羽に話しますから」
「俺も敦にやめないかまた説得してみるわ…」
二人は見るからに疲弊している。
友達が多いとこういうこともあるのだなあ…と悲しい感想を持つ。
いつものごとく500円を置いて、また来るねと言うと今回はすんなりと
500円玉の受け取り、力なくおぉ…と返事する光輝がいた。
佐々木さんも恒例の封筒を出して光輝に渡していた。
帰り道、いつものごとく駅までの道を話したり話さなかったりして歩く。
ホームでの別れ際、律先輩は心霊スポットとか絶対行かないでくださいね!
と言われたので行くような友達がいないから大丈夫だよと答えるととても可哀そうな目で見られた。
……失礼な。
*
その日の夜、深夜に目が覚める。
…うーん、デジャブ二回目。
ただその日は金縛りは特になかった。ただの中途覚醒だろうか?
子供が廊下で走り回ってる音はするが。
バタバタ…パタパタ…
時折くすくす笑っていてとても楽しそうな様子だった。
適応力が高いのか光輝や佐々木さんの言う通り鈍いのか僕はもうその音や声に慣れていて
そのまま二度寝に入ろうとする。
目を閉じようとした瞬間、頭の上にある小窓から視線を感じた。
久しぶりに嫌な感覚が体を駆け巡っていった。
横になったまま上を向くとカーテンに影が映っていた。
それは張り付くように。
…僕の部屋は二階でその小窓の位置には足場になるようなところはない。
要するに普通の人間ではそこに張り付くことは不可能だ。
カリ…カリ…キー…
窓を引っ搔いている音がする。
それは段々激しくなっていって不愉快に感じるくらいになっていた。
鳥肌が止まらない。
ガリガリガリガリガリガリ…!!ギィィィィィ!
『入れない、入れない、なんで?』
窓の向こうから発せられたその声は聞き覚えがあった。
僕を覗きこんできたやつだ。…まだ居たのか。
佐々木さんの言ってた嫌な感じとはこいつのことだろう…
ふっと子供の足音が止んでいることに気付く。
響いている音はそいつが窓を引っ掻いてぶつぶつと入れないことに疑問をもつ
セリフだけだった。
どうしたもんかと考える…このまま寝るか、なぜか相手は入ってこれないわけだし。
とまた僕は二度寝に入ろうと様子を伺うために上を向いてた頭を元の位置に戻す。
キーーン…と耳鳴りがした。
この感覚も僕は知っている。
…案の定金縛りになって体が動かない。
人の気配を感じて視線を横にすると子供が立っていた。
今時の恰好ではない、その子が窓に向かって手を合わせるようにパァンと叩いた。
凄く響く音だった。
気付くとその子はおらず、窓の向こう側のやつもいつの間にかいなくなっていた。
…追い払ってくれたのだろうか…
そう考えているうちに寝落ちしてしまった。
朝、起きてから小窓のカーテンを開ける。
外側から引っ掻いたような跡がしっかり残っていた。
…夢ではなかったらしい。
とりあえず大学に行く支度をして一階に降りる。
朝ごはんのいい匂いが充満していた。
「母さんおはよう」
リビングへ顔出すとみそ汁をお椀に注いでる母がいた。
「律、今日は早いのねぇ」
うん、1限からだから…と返事をしてあのテディベアは?と聞く
「窓辺で日光浴中よ~」
リビングの窓辺にご丁寧に椅子を用意されてテディベアは日を浴びていた。
僕は朝ごはんを食べる前に鞄からのど飴を出してそのテディベアへ近づく。
一瞬、溶けるかなと思ったが昨夜のお礼に飴をそばに置いた。
「律、何してるの?」
「…いや、新しい家族にちょっと挨拶…?」
なにそれと母に笑われる。
僕的にはわりと真面目なのだが…
…昨夜、助けてくれたのはきっとこの子だろうから。
それにしてもなんで飴なの、とお味噌汁を持った母がダイニングテーブルにお椀を
2つ置いた。
「…あのおばあちゃん、いつも飴くれたからその方がいいかなって」
「確かにいつもくれたわねえ」
鈴木さんお元気かしらねえ…いつの間にか椅子に座っていた母の前に僕も座る。
いただきますと二人で手を合わせる。
僕の後ろからくすくすと笑い声が聞こえて、飴でよかったみたいだと思いながら
僕はたまご入りのお味噌汁をのんだ。
*
これは後日談みたいになるのだが、
佐々木さんの親戚曰くそのテディベアは長年大切にされていて
付喪神的な類ではないか。という話だった。
うちの母が大層気に入り、構っているし大切に扱っているので守護してくれているが
もちろん大切にされなかった場合はそれなりのことが起きていただろう、という話だった。
……母さんに感謝だなあ…
それから僕は定期的に小さな個包装のお菓子をそばに置いたりしている。
母のついでと言っても助けてもらっているわけだし。
佐々木さんの親戚にも感謝の気持ちは大事にした方がいい、と佐々木さん経由で言われたので。
…いつか佐々木さんの親戚にも直接お礼したいが。
なんやかんやお世話になっているので。
「…っていうことで佐々木さんの親戚さんにもお礼したいけど…」
「あー…あの人多忙ですから」
会えたらラッキーって感じですよ。とクッキーを佐々木さんが口に入れる。
「…しれっと人んちで集まるなよ…」
光輝が今日は氷の入った麦茶を3人分用意してくれた。
「今日は親戚からの言伝を伝えにきたのもありますけど、心霊スポットに行くのを
止める作戦会議が主ですから!光輝先輩も関係あります!」
いつもわりと淡々と冷静な佐々木さんが珍しく勢いよく言う。
その勢いに光輝も、お…おぉ…と若干引いていた。
なんやかんや無事に日常が帰ってきてよかったと佐々木さんと光輝のやり取りを見て思う。
…新しい家族は増えたがなんとかうまく付き合っていけそうだし。
「律も案ぐらいだせよー」
と光輝に声をかけられて僕友達、光輝たちだけだけど参考になる?
と聞けば二人になんとも言えない顔をされた。
ちょくちょくとシリーズとして短編をあげようかと思ってます。
楽しんでいただけたら幸いです。