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第5話 行動と傾倒

 セシリアとの会話で胸の奥に燃え上がった焦燥感は、日に日に募るばかりだった。

 あの純粋な笑顔と、ロイドの名前を呼ぶ声が、いつまでも私の耳の奥にこびりついて離れない。このまま指をくわえて見ているだけでは、きっと後悔する。

 そんな予感に背中を押され、私は動き出すことに決めた。


 幸い、ロイドは頻繁にギルドに顔を出した。彼が与えられた依頼を一つ一つ着実にこなしているようだった。

 そして、彼がカウンターに来るたびに、私は以前よりも踏み込んだアドバイスをするようになった。


「ロイドさん、この依頼は、ランクの割には少し危険度が高いかもしれませんね」


 ある日の午後、彼が手にしていたのは、Fランク依頼の中でも最近魔物の活動が活発化していると噂される、やや特殊な場所が指定されたものだった。

 彼は、私の言葉に少し驚いたように目を瞬かせた。


「え? そうなんですか? 推奨ランクはFって書いてあったので……」


 彼の戸惑った顔を見ると、私の胸は締め付けられた。彼はまだ駆け出しで、依頼書の裏に潜む危険を読み解く術を知らない。受付嬢として、そして何より彼に惹かれている一人の女性として、彼を危険から遠ざけたかった。


「ええ、推奨ランクはあくまで目安です。最近の情報だと、そこの森では少し厄介な魔物が出ると聞いています。

 もしよろしければ、もう少し安全な依頼に替えてみませんか? 同じFランクでも、こちらの薬草採集の依頼の方が今は安全ですよ」


 私はあくまで事務的な口調を保ちながら、彼の安全を心から願う気持ちを込めて言葉を選んだ。

 彼は、私の言葉に真剣に耳を傾け、少し考えた後、素直に頷いた。


「ありがとうございます、ルーシャさん。僕、そういう裏の情報とか、まだ全然わからなくて……助かります」


 彼の素直な感謝の言葉に、心が満たされる。彼の頼りなさが、私には愛おしく、思わず彼を守りたくなる衝動に駆られた。そのたびに、彼との距離が確実に縮まっていくのを感じた。

 別の日には、依頼の報告を終えたロイドに、私はこんな話を持ちかけた。


「ロイドさん、採取した素材の解体屋との交渉術はご存知ですか?」


 彼は首を傾げた。やはり、まだ知らないらしい。ギルドで引き取れる素材は限られているし、持ち込んだ素材をより高く買い取ってもらうためには、腕の良い解体屋を見つけ、信頼関係を築くのが一番なのだ。


「解体屋、ですか? いつもギルドに買い取ってもらってますけど……」

「ええ、ギルドは手数料を取るので、実は少し買い取り額が安くなってしまうんです。腕のいい解体屋は、きちんと適切な値段をつけてくれますし、何より素材の価値を最大限に引き出してくれますから」


 私は、以前から付き合いのある信頼できる解体屋の名前と場所を教え、さらに、素材の品質を見極める簡単なコツや、交渉の際のちょっとした心構えまで伝授した。

 彼は熱心にメモを取りながら、私の話に聞き入っていた。その真剣な眼差しが、私には何よりも嬉しかった。


「すごい……そんなこと、誰も教えてくれませんでした。ルーシャさんは、本当に物知りなんですね!」


 ロイドの瞳が、尊敬の光を帯びて私を見つめる。

 彼にとって、私はただの受付嬢ではない。頼りになる先輩、あるいは、少し特別な存在になれているのかもしれない。そんな淡い期待が、胸に広がる。

 彼に何かを教えるたび、彼の疑問に答えるたび、私たちは言葉を交わす機会が増えていった。それは、事務的なやり取りだけではない、もっと個人的な会話へと発展していくこともあった。


「ロイドさんは、どうして冒険者になろうと思ったんですか?」


 ある時、ふと、そんな質問をしてみた。彼は少し視線を落とし、はにかんだように答えた。


「昔から、世界中の色んな所を見てみたいって思ってたんです。それで、冒険者になれば、それが叶うかな、と思って」


 彼の純粋な夢に触れ、私の胸は温かくなった。あの時の私と同じだ。私も昔は、このギルドの窓から見える空の向こうに、未知の世界を夢見ていた。彼の真っ直ぐな瞳は、私の忘れていた熱量を思い出させる。


 そして、私も彼に、ギルドでの経験談を話すようになった。何人もの冒険者の成長を見守ってきたこと、そして時には悲しい別れがあったこと。

 そんな私の話に、ロイドは真剣に耳を傾けてくれた。彼の視線は、いつも私をまっすぐに捉え、その真摯さに、私は何度も胸を揺さぶられた。


 私たちの間に、少しずつ、しかし確実に、特別な関係が築かれつつあるのを肌で感じた。セシリアの存在が私を焦らせ、そして動機を与えてくれたのは事実だ。

 だが、それだけではない。彼を知れば知るほど、彼の純粋さ、ひたむきさ、そして少しばかりの不器用さが、私を強く惹きつけてやまないのだ。


 朝、ギルドの扉が開く音がするたびに、胸が高鳴る。


 今日こそ、彼が来てくれるだろうか?

 そして、どんな質問をしてくれるだろうか?

 私が何かを教えてあげられる機会はあるだろうか?


 そんなことを考えるばかりで、私の思考は彼に占領され尽くしていた。まるで彼の姿が見えない時間さえも、彼の影が私の心に深く刻み込まれているようだった。


「不文律」や「過去の経験」が、時折、私の心を鎖で縛る。このまま彼に深入りすれば、またあの時の悲しみを繰り返すことになるかもしれない。

 私の心は、完全に彼へと傾いていた。この感情が、一体どこへ向かうのか。今はまだ、誰にもわからない。

 ただ、目の前の彼と、このかけがえのない時間を大切にしたい。そう、強く願うばかりだった。



お読みいただきありがとうございます!

次回の第6話「指摘と焦燥」は明日18時頃更新です。

どうぞお楽しみに!


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