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聖夜のエクソジェン其の四

深夜――。

孤児院《天》の外壁を、黒い影が次々とよじ登っていく。

煙突屋の精鋭十名。


闇に紛れ、音ひとつ立てずに侵入を開始していた。

「これが見取り図だ。標的はここ、私設倉庫だ」

黒装束の男が低く指示を出す。


その時、別の黒ずくめが手を挙げた。

「ですが……トムソンとジェフの姿が見当たりません」


指揮役の男は鼻で笑った。

「あんな馬鹿ども、いなくても十分だ」

「しかし――」

「不満か? なら辞めるか?」

短い沈黙。


誰も反論できず、空気が一気に冷え込む。

「……了解しました」


指揮役が顎をしゃくると、精鋭たちは蜘蛛のように散開し、

闇の中へ音もなく溶け込んでいった。


彼らは全員が一流。


足音も気配も消し、影のように移動する。

そして――

誰にも気づかれることなく、目的の倉庫へと到達した。


厳重な鍵がかけられていたが――

プロにとっては、ただの飾りだ。


カチリ


扉が静かに開いた。


だが、次の瞬間――

倉庫の照明がパッと点灯し、黒ずくめの集団を照らし出す。


「……なっ!?」

盗賊たちが動きを止めた。


中央に、煙草をくわえた長身の男が立っていた。

マッチ箱を取り出し、シュッと火をつける。

白い煙がふわりと広がり、男の輪郭を浮かび上がらせた。

身長188cm。

鍛え抜かれた戦士の体。

だらしなく着たスーツに、ボサボサの黒髪。


狭間 彗


境域討滅庁・第三特捜部隊長。


「……何カッコつけてるんスか、先輩」

隣で拳を握りしめる小柄な女性が呆れ声を上げる。

副部隊長・犬飼 澪。


彗は煙草をくわえたまま、軽く手を上げた。

「はい、当たり。境域討滅庁だ。全員、逮捕」

その一言で、倉庫に緊張が走った。


翌朝。

マリアのもとに、良い報告が届いた。


「マリア様。宮中に侵入していたのは、

煙突屋という盗賊集団で間違いありません」

アイリスが淡々と報告を続ける。


「そして昨夜、孤児院に侵入した盗賊も全員逮捕されました。

優が言っていたことは本当でしたね」


優は昨日、マリアに捕まった際に――

“キノコ男が倉庫に箱を置いていくのを見た”

と証言していた。

その証言が、どうやら事実だったらしい。


マリアは眉を寄せる。

「そう……なら、サタンクロースの箱も、

あの中に紛れ込んでいる可能性があるわね」


「はい。ただ……あの量から探すとなると、

クリスマスオまでに間に合わないかもしれません」


アイリスの言葉に、マリアは小さく息を吐いた。

「困ったわね……」


朝食会


アイリスは資料を見ながら言った。

「やはり、明日までにサタンクロースの箱を見つけるのは困難です。

あれだけ似た包装があると……」


サタンクロースの箱は、毎年“定番の包装”で現れる。

つまり、見た目では判別がつかない。


マリアは考え込む。

「でも、盗賊たちはプレゼントの見分けがついていたのでしょう?」


「それが……尋問してもはぐらかし、

サタンクロースの箱については一切口を割りません。

最近はレギス能力の扱いについて人道団体が煩くて……強引な能力は……」


「弁護士も騒いでいるのね」

「はい。煙突屋側の弁護士がすでに抗議を」


そんな会話を、優は子供椅子の上でふんふんと聞いていた。

そして――

チン、と頭の中で何かが鳴った。


優は邪悪な笑みを浮かべ、椅子の上に立ち上がる。

「俺、覚えてるぜ。あの箱、俺ならすぐわかる」


マリアが優に向き直る。

「そう、なら教えてくれない?」


「いいけどよ、現物見なきゃわかんないよ~。

そうだ、俺今日から孤児院行くぜ!

あの優様が泊まりだ! 超サプライズだ! ガハハハ!」

(くクク……どさくさ紛れてゲットだぜ……)


優は残りのおかずをかき込みながら、

“運が向いてきた”と確信していた。


天宮専用車は、まるで小さなバスのように広々としていた。


その後部座席で、優は霧音の膝に頭を乗せ、機嫌よく揺られている。


今日の優の服装は――

真っ赤なサンタコス。

秩泉エリアでは、男はモヒカン戦士、女はサンタ衣装という奇妙な文化がある。

当然のように可愛いサンタ服を着せられていた。


白いふわふわの縁取り、赤いマント、ちょこんとした帽子。

どう見ても、街を歩けば写真を撮られるレベルの可愛さだ。


12月24日。

通称《マスマスの日》。

恋人たちにとっては本番の日で、

車窓の外には、

手をつないで歩くカップルたちが笑顔を交わしていた。


だが――

優の頭の中は、ロマンチックとは程遠い。

(くクク……あの箱には俺の字で名前が書いてある

見分けがつくはずだ……どうやって盗もうか……)


孤児院のことなど一ミリも考えていない。

優の脳内は“サタンクロースの箱奪還計画”でいっぱいだった。


「あれ霧音ちゃん、あの箱何?」


霧音は苦笑しながら答える。

「サタンクロースの箱ですか?」


「そそ」


「明日だけ特別に開くことができる聖遺物ですよ。

なんでも“願いが叶う”とか」


「なんだっつて!!!!!」

優は車内にもかかわらず、ぴよーんと跳ね上がった。


霧音の膝から転げ落ち、くるくると回り始める。


「ちょっと優、危ないわよ!」

イリスが注意するが、優は完全に無視だ。


(しゃーーー!!

電子マネー頂きィィィィ!!!)


邪悪な笑みを浮かべながら、優は窓に張りつく。

「早く孤児院行きたいの~~~!」

その声は、まるで遠足に向かう子どものようだった。


霧音はため息をつきながらも、優の帽子を直してやる。

「優様……その行動、

天宮護衛規定 第十二条 “車内安全保持義務” に抵触しますね」


久遠優が孤児院《天》へ来訪する――

その突然の通達に、職員たちは大騒ぎになった。


「ま、まさか泊まりまでとは……!」

園長は顔を真っ青にしながら、必死に指示を飛ばす。


通信では

『すべて使用人が整えるので、職員は通常通りで構わない』


と通達されていたが、そう簡単に割り切れるものではない。


昨晩も盗賊騒ぎがあったばかりだ。

境域討滅庁の職員は、子どもたちの中にトラウマを持つ者が多いため、

すでに孤児院からは引き上げてもらっている。


そんな大人たちがてんやわんやしている一方で――

子どもたちは外で、恒例の“ポインセチアの花配り”を行っていた。


正則たちも一生懸命に花を配り、

受け取る人々も笑顔で応じてくれる。


中には、お礼にお菓子をくれる人もいて、

子どもたちはその“恒例の人”を見つけると一斉に集まっていった。


その中で――

小野アベルは食いしん坊ゆえに、

お菓子をくれる人の後を、ついふらふらとついていってしまった。


それを見つけた光郎が、眼鏡をクイッと上げながら言う。

「正則君、アベルの奴……裏路地に入っていったよ」


正則は光郎の指した方に駆け足で走っていく。

「ええっ……カンナ、ここよろしく。アベルの奴……!」


カンナは「任せて」と手を振り、

エリーはいつものようにカンナの後ろにぴったりつく。


アベルは気づけば、薄汚れた裏路地に迷い込んでいた。

お菓子をくれた人の姿はもうどこにもない。


「……うぅ……」

涙目になりながら歩いていると、

路地の奥から声が聞こえてきた。


「トムソン、すげーなぁ」

のんびりした声だ。


「ジェフ、当たり前だろ。あの日は運勢が悪い日だったんだ。

急いでたら俺たちもお縄だぜ」


アベルは声の方へ近づこうとしたが――

その内容に足が止まった。


あの日。

幹部からの指令で急ごうとした時、

街のショーウィンドウのテレビに“今日の運勢”が映っていた。


トムソンはそれを見てピタリと止まり、

長いこと画面を見つめていた。


「トムソン、早く行かないと……」

ジェフが焦ると、

トムソンはジェフの服を掴んで言った。


「待て。今日は運勢が悪い。取り止めだ」


「ええ、また~?」

トムソンは筋金入りの占いマニアだ。


占いの言う通りに動き、

今日も別番組で見た“ラッキーカラー”を必ず身につけている。

「中止だ中止。行くぞ」


そして今――

「トムソン、今日盗まないと……」


「わぁってるよ。孤児院《天》……今晩盗みに行くぜ。

運勢もいい、あのプレゼントは俺たちのもんだ」


人がいないと思っているのか、

ただの馬鹿なのか、

二人は大声で話していた。


アベルは「ひぃーー!」と叫びそうになったが――

その口を、後ろからそっと塞ぐ手があった。


正則だ。

正則はアベルに“静かに”のポーズをさせ、

ゆっくりと後ろ向きに下がっていく。


ある程度距離を取ると、

アベルの手を握り、表通りへ駆け出した。


「正則にいちゃん……!」

アベルは涙目で、もう泣いていた。



正則は息を整えながら思う。

(今日……泥棒が来る……)


その頃。

「ん?」

ジェフが俊敏な動きで路地の出口に顔を出した。

「あれ……気のせいか?」


「何してやがる! 今から作戦会議だぞ!」

トムソンが吠える。



ジェフの足元には――

アベルが落としたポインセチアの花が、ひっそりと転がっていた。


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