聖夜のエクソジェン其の二
蒼穹殿――。
広大な敷地の中にある政務室では、天宮家の政治を支える文官たちが、
午後の仕事を終えて帰り支度をしていた。
その中でひときわ目立つ存在がいる。
ネズミの獣人、袁小。
秩泉エリアでは獣人は珍しいが、
彼は艶々とした毛並みに獣人用の仕立ての良いスーツを着こなし、
長い尻尾を器用に揺らしながら同僚たちと談笑していた。
「袁小さん、マスオどうします?」
(※クリスマスオの略称)
最近仲良くなった同僚が声をかける。
「うむ、久方ぶりに家族と祝うぞ」
袁小は嬉しそうに頷いた。
彼の家族は元々、九京に住んでいた。
しかし半年前、ようやく天華へ引っ越してきたのだ。
一年前――
袁小は精神的にかなり参っていた。
主に、とある人物のせいで。
だが家族が天華に移り住むと連絡が来た瞬間、
精神に余裕が出来たのか。
ストレスでできていた円形脱毛症は嘘のように治った。
(やはり……家族よ。
マスオには家族サービスせねばな)
すでに子供たちへのプレゼントも用意してある。
あとは、どうサプライズするかを考えるだけだ。
「へぇ、いいですね。家族とマスオ……羨ましいですよ」
同僚が微笑む。
袁小は胸を張り、尻尾を誇らしげに揺らした。
「うむ。今年は特別なマスオになるだろう」
周囲では若い文官たちが
「マスオ合コン行く?」
「パーティどうする?」
と、クリスマスオの話題で盛り上がっている。
(いいのう……若いのは)
そんな彼らを横目に、袁小は政務室を出た。
外は冬らしく肌寒い。
ふと足を止め、庭園を眺めながら黄昏れていると――
シュポッ。
目の前に、突然ライターの火が灯った。
「うむ? ワシは煙草なぞ吸わんぞ」
「え、こういう時は煙草ふかすもんだろ」
聞き慣れた、しかし聞きたくない声が下から響く。
袁小の耳がピクリと震え、尻尾がピタリと止まった。
(……ま、まさか……)
振り返ると、白いポンポン付きの帽子をひらひらさせながら、
小さな幼女――いや、袁小にとっては悪魔のような存在が立っていた。
久遠優である。
優はライターの火をフッと吹き消すと、廊下の壁に片手をつき、
妙にアンニュイな表情を作った。
「なあ……五日後、何あるかわかるかい?」
袁小は露骨に嫌そうな顔をした。
「クリスマスオ? じゃろ」
「そう。大人が子供にプレゼントを渡す日だ。わかるだろ?」
優はニヤリと笑い、袁小を見上げながら――
次の瞬間、満面の笑みで叫んだ。
「袁小ぉぉぉ!!
おいちゃんにプレゼントくれぇぇぇぇ!!!!!
電子マネー1万円でいいからさ! 普段から気にかけてるんだからいいだろ!!
あっ、5万円だと最高!」
最後は可愛くおねだりポーズまでつけてくる。
(※アイ戦は100回回せば天井。10連は1回5000円。
地獄のように高いソシャゲである)
袁小は額を押さえた。
「優よ……まだあんなクソゲーを……」
優が過去のイベントでラブ牛に勝てたことがある、
それは袁小が代わりにプレイしていたからだ。
「それにお主、わしより歳上じゃろ」
袁小は今年三十歳。
優は四十四歳のオジサンである。
だが――
「うるせー! どう見ても俺は子供だ! 決定だから!」
と、一方的に騒ぎ散らすと、優はそのままどこかへ走り去ってしまった。
袁小は深くため息をつく。
(……そういえば最近、体の調子が良かったのう……)
理由は簡単だ。
優に会っていなかったからである。
「……帰ろ……」
蒼穹殿・倉庫――。
来るクリスマスオに向け、
孤児院へ贈るプレゼントが次々と業者によって運び込まれていた。
大小さまざまな箱が、赤や白の包装紙で丁寧にラッピングされ、
倉庫の一角にはすでに百個近いプレゼントの山が築かれている。
肌寒い倉庫の中、マリアは防寒具を羽織り、
吐く息を白くしながら作業台の前に立っていた。
その隣で、アイリスが手元の資料を確認している。
「マリア様、こちらの名簿の子どもたちの名前を、箱に記入お願いします」
「ええ。この資料の子たちの名前を書けばいいのね」
マリアは頷き、資料を見ながら一つひとつの箱に名前を書き込んでいく。
その字は達筆で、まるで芸術品のように美しい。
「……喜んでくれるかしら?」
マリアがふと呟くと、アイリスは静かに微笑んだ。
「大丈夫ですよ。前も、皆とても嬉しそうでした。
マリア様の字を見るだけで、安心する子もいるくらいですから」
「そう……それなら良かったわ。
あの子たちには、少しでも温かい思い出を作ってあげたいものね」
「はい。マリア様が来てくださるだけで、きっと十分です」
マリアは照れたように小さく笑い、再びペンを走らせた。
そんな和やかな空気の中――
倉庫の入口から、ドタドタと駆け足の音が響いた。
「マリア様!! 優の奴、見かけませんでしたか!?」
イリスが息を切らしながら飛び込んでくる。
「優? 見てないけど……どうしたの?」
マリアが顔を上げると、イリスは眉間に皺を寄せて叫んだ。
「アイツ、どこ行ったのよ!!」
「何かあったの?」
「アイツ、そこら中の使用人たちにプレゼントをねだって回ってるんです!
今、霧音さんと捕まえようとしてるんですけど……全然捕まらなくて!」
アイリスが小さくため息をついた。
「……また……」
イリスは続ける。
「マリア様、もし見つけたら捕まえてください!
あのままじゃ被害が拡大します!」
そう言い残し、イリスは再び駆け足で倉庫を飛び出していった。
宮殿の中を、黒い昆虫のようにカサコソと優が走り抜けていく。
「目立ちすぎたかぁ……」
先ほどまで年配の使用人に近寄ってはプレゼントを強請っていたが、
どうやら連絡が回ったらしく、
今では断られるどころか捕まえようとする者まで現れ始めていた。
「ただただガチャを回したいだけなのに……!」
文句を言いながら走っていた優は、何かにつまずき、頭から前に転んだ。
「ぶへっ」
だがその瞬間、優の頭の上にまたしても電灯がピカッと光る。
「……そうだ! 宝物庫だ!
あそこなら使わなくなった聖遺物があるはず!
ほとんど俺の頭の中に入ってるしw」
優には〈神眼〉という、聖遺物の効果をコピーできる能力がある。
(※ただし優は神眼を使えない)
「どうせ使わないし、俺が少し市場に流してもバレないはずだ……へへへ」
名案を思いついた優は、さらに加速した。
もちろん宝物庫の聖遺物はすべて目録管理されており、売れば即バレるのだが――
優はそんなこと知る由もない。
宝物庫にたどり着いた優は、思わずガッツポーズした。
普段なら門番がいるはずなのに、なぜか今は誰もいない。
「ラッキー!」
そのまま宝物庫へ侵入する。
中には、ありとあらゆる聖遺物が整然と並べられていた。
どれも一つ売るだけで子孫が困らないほどの価値を持つ宝ばかり。
優は泥棒走りで棚の間を駆け回り、物色を始めた。
だが幼女の体では大きな物は運べない。
「ちぇっ……なんか小さくて高そうなの……」
その時、優の目の前に“厳重に封印された箱”があった。
「おっ?」
手を伸ばした瞬間――バチッ!
「いたっ!」
電流が走り、封印が解ける。
現れたのは、クリスマスオ風のラッピングが施された、
場違いな箱だった。
優は生唾を飲み込む。
「なにこれ……見たことない……」
宝物庫には何度も来ている優だが、この箱は初めて見る。
両手で持てるほどの大きさで、重さはほとんどない。
「これは……ゲットだぜい!」
優はサタンクロースの箱を掲げ、宝物庫を後にしようとした。
その瞬間――
ごちん!
何かの足が優にぶつかり、優はステンと転んだ。
箱だけはしっかり抱えて守る。
「どこ歩いてやがるんだコラァ!!」
怒りながら起き上がった優の前にいたのは、
前髪で目が半分隠れた、キノコ頭の青年だった。
ひょろひょろの貧相な体つきで、天華式の制服を着ている。
「す、すみませんん!」
青年は平謝り。
「ちゃんと前見て歩けやキノコ野郎!!!」
「すいませんん……!」
また謝る。
青年はふと優の後ろに隠した箱に気づいた。
「優様……どうして宝物庫に?」
「い、いや! 気にすんな!」
優は慌てて箱を背中に回す。
青年は首をかしげた。
「それ……孤児院の子どもたちのプレゼントですか?」
「そ、そそそそだよ!
子どもたちに俺からのプレゼントさ!」
優は必死にごまかす。
「ああ、それなら倉庫に置いてありますよ。
プレゼントを置く場所は」
「とーぜん倉庫に持っていくに決まってんだろ!!」
「それなら……」
青年は胸ポケットからボールペンを取り出した。
「天宮家の習わしです。プレゼントの箱に名前を書いてください」
「お、おうよ!!!」
優は箱に汚い字で「久遠優」と書き、青年に見せつける。
青年はそれを見ると、ひょいと箱を取り上げた。
「では、一緒に倉庫に置きに行きましょう!!」
「えっ」
優はキノコ男に手をつながれ、そのまま歩いていくしかなかった。
優は倉庫へ近づくたびに、胸の奥がざわついていた。
(マズイマズイ……これはマズイ……)
外は気温が低く、吐く息も白いはずなのに、優の額には変な汗がにじんでいる。
そんな中、隣を歩くキノコ男が何気なく言った。
「そういえば今、マリア様が倉庫で名前書きを行っていますね」
その一言で、優の背筋がビキィッと固まった。
「うおおおおおお!! 知るか!!
もうめんどくせー!! これほど頑張っても――」
突然、優が叫び声を上げた。
その声に反応して、倉庫の奥からアイリスとマリアが姿を現す。
さらに優の背後には、いつの間にかイリスと霧音が立っていた。
完全包囲。
優の顔から血の気が引く。
「ひ、ひぃぃぃぃ……!」
糸が切れたように、優はその場でバタバタと地面に倒れ込み、
全力で駄々をこね始めた。
「やだやだやだーーー!!
捕まるのはイヤだぁぁぁぁ!!」
しかし――
霧音が一歩近づいただけで、優はあっさり捕獲された。
「確保しました」
「……優、あなたね……」
マリアがため息をつき、アイリスとイリスが呆れたように優を見下ろす。
その間、優は地面に押さえつけられたまま、
「うぐぐぐ……」と小さく唸るしかなかった。
だが――
その隙に、キノコ男はそっと倉庫を離れていた。
宮殿の外へ出た彼は、周囲を確認すると、懐から一枚の紙を取り出す。
それを丁寧に折りたたみ、一羽の鳩の足に結びつけた。
男の口元が、ゆっくりと吊り上がる。
「く、クク……運がいい……これは本当に運がいい……
さあ、行っておいで」
鳩は羽ばたき、冬空へと飛び立っていく。
男はその姿を見送りながら、薄く笑った。
蒼穹殿の上空を、白い鳩が静かに横切っていった。




