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神喰の顎と始まりの書

音のない王の間に、二つの神器――ディヴァイン級が揃う。

すべてを食らい尽くす漆黒の獣――ネロ。

世界の始まりを記す魔導書――《無垢なる書》を操るマリア。


二人の視線が、七光の侵蝕者――セプト・ソートス・ヴァルガに向けられる。

その姿は、もはやエミリーの面影を失い、ただ“人の輪郭”だけが残っていた。

虹色の瞳が狂気を宿し、七色の羽が空間を軋ませる。


(何もかも、うまくいかない。許せない。

この私が世界の中心。私が主人公よ。

あんた達、手加減して我慢したけど――もういいわ。

廃人になれ)


瞳と羽が一斉に発光し、七色の光が王の間を満たしていく。

かつて、あらゆる生き物を狂わせた悪夢の魔法――

《虹災顕現・カラミティ・レイン》


だが、それより早く――マリアの魔法が発動する。

彼女の指が《ゼロ・コーデックス》をなぞり、空間に白銀の軌跡が走る。


《白律魔導・オリジン・フラッド》

世界の始まりの律が、すべての色を洗い流す原初の津波。


七色の光を飲み込むように、白銀の大津波がセプトを襲う。


セプトは慌てて浮上し、怒りの矛先をマリアへ向けようとした――

だが、その羽が突如として弾け飛ぶ。


攻撃したのは、《無音の裂界》ミスト・ハウリング・ゼロだった。



「他庇った貴様も、ここにいる者すべて――壊してやろう」


ミストだけが、この音のない王の間で声を出すことができる。

その言葉は、空間に直接響いた。


羽を失い、セプトは落下する。

その視界に映るのは、構えを取るネロ。


(不味い……立て直さないと)

(やめなさ……)


だが、ネロの姿は変貌していた。

その形は、一つの“アギト”――神喰の顕現。


ネロの心と、バフの魂が重なる。

「エミリー、終わらせるよ」


《神喰・ワールドイータ・アギト》


セプトの叫びは黒の顎に飲み込まれた。

暴食の顕現が、虹を喰らい尽くす。


最後に残った声は、哀願にも似たものだった。


(私は……私はまだ、愛されたい……いぃぃぃぃぃ!)


だが、その願いも咀嚼音と共に消え去った。

ネロは深く息を吐き、バフに合わせるように手を合わせる。

「御馳走様。死ぬほどまずかったよ――」


そして――

王の間の背後にある、鎖の向こうから声が響いた。


「憎い……憎い……憎い……」


それは、深層制律核コード・アビス

王の間の背後に存在する、世界の制御核。

そこは、ディヴァイン級の存在が入ることで、世界そのものが変質する領域。


空間の理が反転し、記憶が再構成され、現実が“個”に染まる。

それは、神にも等しい力を持つ者だけが触れられる、世界の裏側。


その深層に籠るヴァルファナは、外の様子を見つめていた。

彼女の瞳は、狂気と嫉妬に濁っていた。


「あれが……私の王よ」


だが、マリアの手にある《無垢なる書》を見た瞬間、

ヴァルファナの感情が爆発する。


「私の物……私の物……嫌い……嫌い……!」


嫉妬の力が、コード・アビスの鎖を軋ませる。

空間が震え、深層から黒緑の魔力が漏れ始める。


王の間の空気が変わる。

それは、ただの魔力ではない。

世界の根幹に触れる力――記憶と存在を塗り替える、深層の咆哮。


一方、マリアの似姿――ミスト・ハウリング・ゼロは、戦況を見誤っていた。

理性を得たことで、逆に“自分が負ける”ことを理解してしまったのだ。


(このままでは……敗北する)


ミストの霧が揺らぎ、ネロが見えない攻撃を食らう。

マリアの魔法が飛び、ギリギリでそれを回避する。


ミストは、静かに呟いた。

「なぜ……人間如きが、これほどの力を……」


かつて漣エリアを滅ぼしたとき、こんな人間はいなかった。

抵抗も、希望も、存在すら意味を持たなかった。

ミストにとって、人間とはただの“ノイズ”――

消えて当然の、無価値な存在だった。


だが今、目の前にいる者たちは違った。

マリアの魔導は空間を律し、ネロの暴食は理を喰らう。

このままでは、滅びる。


ミストは、王の間に未だ胎動している二つの球体に目を向けた。

それは、封印された災厄の核。

もし、これを目覚めさせれば――


「他の奴も目覚めさせてやる」


ミストは、手足を広げ、空間に向かって力を放つ。

音のない王の間に、さらに深い“無響”が走る。



《無響衝波・サイレント・ブレイカー》


無響の衝撃波が走り、封印球が軋む。

足元に揺らぎが走り、魔力の流れが乱れる。


だが――その混乱の中でも、ネロは突き進んだ。

ミストの攻撃を全身で食らいながら、暴食の顎を開く。


「おのれ……!」


ミストは身を翻すが、避けきれない。

ネロの顎が、ミストの左腕を喰らう。


空間に、黒銀の霧が散る。

ミストの動きが鈍り、体勢を崩す。


ネロは距離を取り、マリアへ視線を送る。

(――とどめは、君に託す)



そして――

マリアの指先が、最後の魔導文字をなぞろうとしていた。


(これで……終わりそうね)


だが、その瞬間――

《コード・アビス》の鎖が、完全に開かれた。


空間の背後から、無限の鉄鎖が溢れ出す。

それは理を持たず、ただ“王の間”を侵食するように蠢いていた。

鎖は生き物のようにうねり、次々と襲いかかる。


マリアは、咄嗟に魔法を中断し、身を翻す。

白銀の軌跡が途切れ、空間に緊張が走る。


(なんだ……また敵か)


優は本の状態で震えながら目を見開く。


(いや……あれは――ヴァルファナ??)


鎖は、特にマリアを狙っていた。

無数の鉄鎖が空間を裂き、彼女の周囲を覆い尽くす。


だが、マリアは冷静だった。

指先で結界を展開し、白の魔導障壁を張る。

荒れ狂った鎖は、結界に弾かれ、次第に収まり始める。


静寂が、崩れた。

王の間に、鉄鎖の軋む音が響き渡る。


その音は、まるで“誰か”の入場を告げる鐘のようだった。


鎖は一人の人物を包み込み、王座に巻きつくように蠢く。

その中心で、ミスト・ハウリング・ゼロが暴れていた。


「ぐぁあああ……離せ!」


ミストの体を、鉄鎖が締め上げる。

王座の前で、彼はもがき、叫び、霧を乱す。


そして――

《コード・アビス》から、ゆっくりと一人の人物が現れた。


大人と子供の間くらいの年齢。

白金の長い髪が、静かに揺れる。


その顔は、どことなく優に似ていた。

もし優が成長したら、こうなるのでは――そう思わせるほど、輪郭が近い。


だが、瞳だけが違った。

その目は、灰色。

そして、狂気を孕んでいた。


「私の王様」


その声は、甘く、冷たく、そして――底知れぬ執着を含んでいた。

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