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王の間:白と黒の交錯

転がりながらも、優の緋色の瞳は真っ直ぐマリアを捉えていた。


その瞳には、恐れも迷いもなかった。



マリアは思わず叫ぶ。


「優――!」


もつれ合って転がった三人――優、ネロ、バフは、ゆっくりと起き上がる。


「いたたた……」

優は頭を押さえながら立ち上がる。

その瞳が、王の間の全貌を捉えた瞬間、息を呑んだ。


そこは、何処までも広がる空間。

だが、中央にぽつんと浮かぶ王座だけが、まるで“部屋”のように存在していた。

王座の周囲には、鎖のような文様が壁のように描かれ、空間を囲んでいる。


天井も床もない。

ただ、空間に吊るされた二つの巨大な球体が、ドクンドクンと脈動し、

その鼓動は、まるで世界の心臓のように響いていた。


優は、夢で見た光景と重なることに気づく。

この王の間は、あの悪夢の延長だった。


その時、マリアに近づこうとしていたセプトが、優たちに気づき、振り向いた。


「随分と早く来たわね。驚いた……」


その言葉を口にする前に、ネロが踏み込む。

だが、セプトの前に立ちふさがったのは――ミスト。


マリアの姿を異物に模した《無音の裂界》だった。


ネロは刀《地獄丸》を一閃。

バフも援護するように、魔力弾を放つ。


だが、ミストの虚ろな瞳が揺れた瞬間、

その体から黒銀の霧が蔓延する。


「《霧奏・断律領域》」


霧は空間を覆い、ネロの一閃も、バフの魔力弾も、

触れた瞬間に消え失せた。


まるで音も力も、霧に飲まれて無に還るかのようだった。


ネロは、ふと天井を見上げる。

球体が三つではなく、二つしかないことに気づく。


「まさか……災厄を目覚めさせたのか?」


ネロはセプトに問いただす。

だが、セプトは肩をすくめ、無邪気な声で答える。


「私は知らないわよ。《無音の裂界》ミスト・ハウリング・ゼロなんて」


そのとぼけた声に、ネロは怒気を込めて叫ぶ。


「世界を滅ぼす気か!」


セプトはくすくすと笑いながら、指を振る。


「ちゃんと私の言いなりよ。ミスト、ネロを倒しなさい」


そして、優に視線を向ける。


「あなたはこちらよ」


ミストとネロ、バフが戦闘を繰り広げる中、

セプトは悠々と優に近づいていく。


その歩みは、まるで舞踏のように優雅で、

だが確実に“捕獲”を目的としたものだった。


優は、震える足を踏み出す。


「……俺達は、あんたの“おもちゃ”じゃねぇ」

優はその小さな体で、真正面からセプトに向かっていった。

その瞳には、恐れではなく、怒りと誇りが宿っていた。


「良いじゃない。私が遊んであげる――永遠に」


セプトは優に近づき、捕まえようと手を伸ばす。

優は咄嗟に身を翻すが、子供の体では限界がある。

あっさりと捕まってしまった。


「チクショウ――離しやがれ!」


暴れる優を、セプトは軽々と抱え上げる。

その手は、優の着ていたネコさんパジャマを掴み、王座へと向かおうとする。


その瞬間――バフが現れた。

まるで読んでいたかのように、セプトに飛びかかり、肩口に噛みつく。


「ッ……!」


セプトは即座に反応し、バフを蹴り飛ばそうとする。

だが、バフは驚異的な身体能力でその蹴りを躱し、地面を滑るように着地する。


優は、力任せにネコさんパジャマを脱ぎ捨てた。

その瞬間、セプトの腕にあった“感触”が消える。


「なに……?」


セプトが一瞬迷ったその隙を、バフは見逃さなかった。

鋭い蹴りがセプトの腹部を捉え、彼女は悶絶しながらよろける。


「ミスト、使えないわね……」


セプトは不機嫌そうに呟き、バフに向かって鱗粉を浴びせようとする。

だが、バフは大きく後退し、空間の端へと跳び退る。


優はパジャマの中に来ていたキャミソール姿で。


「マリア―――!」


優は一目散に、王座の前にいるマリアの元へと駆け出す。


――優が王座に近づいた瞬間、マリアと目が合った。

その一瞬に、二人の脳裏を今までの事件が走馬灯のように駆け巡る。


絶望、戦い、喪失、そして希望。


マリアは、静かに微笑んだ。


「ありがとう」


優は、少し照れたように笑いながら答える。


「まだ終わってないぜ」


その言葉と共に、優が王座に捕らえられた、マリアの手に触れる。

二人の魔力が共鳴し、空間が震える。


そして、二人は同時に唱えた。


「《無垢なる書 ゼロ・コーデックス》」


その瞬間、世界が白に染まった。

空間が反転し、王の間全体が“書の領域”へと変貌する。


時間も音も、すべてが静止したかのような感覚。

ただ、白の光だけがすべてを包み込んでいた。


その異変の中心に、王座から立ち上がるマリアの姿があった。


まるで神聖なる巫女のごとき佇まい。

白を基調とした衣装に、繊細な銀糸の刺繍が施された長衣。


柔らかく流れる紗布のヴェールが肩を包み込み、

純白の法衣には緋色の紋章が静かに輝いていた。


そして、マリアが手にした書――

それは完全な白色で、装飾が一切ない“始まりの書”。


《無垢なる書 ゼロ・コーデックス》


マリアは、静かに唱える。


「ゼロは導く。全ての始まりへ」


その言葉と共に、書のページが開かれる。


一方――ネロは窮地に立たされていた。


《無音の裂界》ミスト・ハウリング・ゼロとの戦闘は、

もはや単なる力のぶつかり合いではなかった。


ミストの動きは、最初こそ機械的な反復だった。


だが今は違う。

その動きには、明確な“意思”が宿っていた。

思考し、判断し、狙いを定めている。


ネロは、自身の術式《三立方結界》――3m×3mの魔力立方体を展開し、

その内部の揺らぎを感知することで、ミストの“見えない攻撃”を回避していた。


だが、限界は近い。


その時、ミストが言葉を発した。

機械的な声が、空間を震わせる。


「ここにいる奴らは――全員、潰す」


瞳に宿るのは、確かな理性。

セプトの洗脳は消え去り、災厄本来の意志が戻っていた。


「われは、《無音の裂界》なり」


その宣言と共に、王の間から完全に音が消える。

静寂ではない。

――存在そのものを凍らせる沈黙だった。


(これはまずい……)


ネロは直感的に距離を取る。

後方へ跳び退き、態勢を立て直す。


王座から抜け出したマリアの姿を見て、

セプト・ソートス・ヴァルガは苛立ちを隠さなかった。


「なによ、全然上手くいかないじゃない。もう許さない!」


その叫びと共に、セプトの魔力が爆発する。

王の間が軋み、空間が震え、球体が脈動を強める。


だが、マリアは一歩も退かず、静かにセプトを見据えた。


「もう許さない?それはこちらのセリフよ」


マリアは《ゼロ・コーデックス》を開き、一行目を読み上げようとする。

だが――声が出ない。


(…声が……出せない)

マリアは驚愕する。

《無音の裂界》ミスト・ハウリング・ゼロの力によって、

王の間は完全な沈黙に包まれていた。


声は奪われ、言葉は届かない。


だが、マリアは咄嗟に気づく。

《ゼロ・コーデックス》は、声ではなく“意志”で紡ぐ書。

彼女は指先でページをなぞり始める。


その瞬間、書の表面に銀光が走る。

魔導文字が浮かび上がり、空間に“詠唱の軌跡”が描かれていく。


声なき詠唱。

それは、言葉ではなく、魂の震えで紡がれる呪文。


マリアの指が描いた軌跡が、空間に広がる。

そして、一頁が解かれる。


汝の存在は記され、運命は紡がれる。

混沌の囁きを鎮め、虚無へと還れ。

秘されし真理よ、今ここに刻まれよ――


その詠唱が終わると同時に、マリアは指先で次なる文字をなぞる。


「汝を治せ――《聖光律唱セント・コード》」


光がまるで祝福のように静かに降り注ぎ、ネロとバフを包み込む。

彼らの傷が癒え、魔力循環が再び活性化する。


指でなぞった魔導文字は、光と共に消え失せ、

限界に近かった二人の体は、瞬時に回復を果たす。


驚くネロに、バフが近づく。

その瞳には、かつてないほどの静かな飢えが宿っていた。


そして――ネロの心の中で、言葉が響く。


我が名は暴食の顕現。

理を裂き、秩序を呑み、

忘却の深淵より這い出でしもの。

いま、世界を喰らおう――《ワールドイータ》


その瞬間、ネロの体から黒炎が立ち昇る。

魔力が暴走するのではなく、精密に制御された“暴食の律”が発動する。

そして漆黒の獣が声なき咆哮が、確かに空間を震わせた。



王の間が再び震えた。

だが今度は、災厄ではなく――反撃の始まりだった。

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