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箱の惑星

惑星ネオフィムにおける飛行技術停滞の四因子

著:レフト兄弟(航空学者・エクソジェン)

はじめに

惑星ネオフィムは、地表における魔導技術の発展に比して、飛行技術の進展が著しく遅れている。

本稿では、その背景にある四つの主要因を、魔力物理学・空間災害学・生体魔導論・文化心理学の観点から考察する。


1. 高高度魔力濃度の臨界問題

ネオフィムの大気圏には、高度魔力濃度指数(HMI:High-altitude Mana Index)と呼ばれる魔力密度の急激な上昇領域が存在する。

地表から約3,000メートルを超えると、

HMIは臨界値である7.2マナ単位/立方メートルを超え、

これにより従来型の魔導エンジンは

**マナ逆流現象(Mana Reversal Effect)**を起こし、動力停止に至る。

この現象は、魔力粒子がエンジンの魔導核に干渉し、逆相共鳴を引き起こすことで説明される。

結果として、飛行体は制御不能となり、墜落事故が多発する。


2. アブレーションによる空間破壊リスク

ネオフィムにおけるアブレーション(空間侵蝕体)は、

主に高空領域からの空間裂開によって出現する。

これにより、飛行中の航空機が空間断層に巻き込まれるケースが後を絶たない。

特に、アブレーションの出現頻度が高い

**第六層空間帯(Layer-6 Rift Zone)では、

過去100年間で記録された航空事故の約42%**がアブレーション由来とされている。


3. 生体飛行能力者の存在

ヴァッサルおよびレギスの中には、

生体飛行能力(Biomana Flight Capability)を持つ者が存在する。

彼らは魔力を用いた空間跳躍術や浮遊術式によって、個人単位での飛行を可能としており、

これが社会的に「飛行=個人技能」という認識を定着させてしまった。

結果として、集団輸送型の航空技術は「不要」とされ、

研究予算の大半が地上魔導インフラに転用されている。


4. 空への憧れの欠如

最も根源的な理由は、ネオフィム人の文化的価値観にある。

地上に広がる魔導都市群と、地下に眠る階層迷宮こそが“探求の対象”であり、

空は「災厄が降る場所」として、長らく忌避されてきた。

ある調査では、ネオフィム人の空間志向指数(SAI:Sky Affinity Index)は平均1.3/10と、

比較して極めて低い数値を示している。


「空に憧れていないからだ」

—レフト兄弟『エクソジェン:空を捨てた惑星の航空論』

この言葉が示すように、ネオフィムにおける飛行技術の停滞は、

単なる技術的問題ではなく、惑星的な価値観の選択である。



七光に攫われたマリアは、静かに浮遊していた。

そこは、現実とは思えぬ空間――星々が至る所にきらめき、

惑星ネオフィムを外から眺めるような、幻想の世界だった。


だが、その美しさの裏に、滅びがあった。

地表は火山の噴火により荒れ狂い、

火山灰が空を覆い、太陽の光すら遮っていた。


海は地震による大津波で大陸を押し流し、

大地は裂け、文明は沈み、

それは、滅び逝く惑星の姿だった。


(私は一体……何を見てるのかしら)


マリアは、浮遊しながら場面が変わるのを感じた。

視界が揺れ、空間が折りたたまれるようにして、

新たな光景が広がる。


そこには、二人の男女がいた。

女は男と背中を合わせながら、静かに呟いた。


「もう終わりね、この世界も……

一緒にいましょう。永遠に。私たちは努力した」


男は背を離し、女に向き直る。

その瞳に映る彼女は、白金の長い髪を揺らし、

まだ少女から女性になりかけたばかりの年頃だった。


肌は透き通るほど白く、

いずれ国を傾けるほどの美女となるだろう――

そんな予感を抱かせる存在だった。


男は、女の頬に手を添える。


「まだ終わってないよ、ヴァルファナ」


その手を離し、男は両手をかざす。

女は、震える声で制止しようとする。


「やめましょう……人として……」


だが、男は微笑みながら、静かに言った。


「ごめんね、ヴァルファナ。僕はまだ、あきらめないよ」


その瞬間、男の手の中に一つの箱が現れる。

それは、玩具のような形をした、奇妙な魔導具だった。


「レギス――トイボックス(おもちゃの世界)」


箱が開かれた瞬間、惑星ネオフィムの空間が覆われる。

大陸は無理やり七角形に変形し、

中央には新たな島が浮かび上がる。


大地は色づき、樹木が芽吹き、海は穏やかに波打つ。

それは、滅びの中に生まれた再生の光景だった。


奇跡的に生き残った人々は、

その出来事を“神の御業”と呼び、

涙を流しながら祈りを捧げた。


マリアは、震えるように呟いた。


「これは……この世界の、過去創世記なの……?」


その瞳には、動揺と畏怖、そして理解の兆しが宿っていた。

彼女は今、世界の始まりを見ていた。

そして、そこに刻まれた“意志”を感じていた。


場面は再び変わった。

マリアの視界に映ったのは、重厚な石壁に囲まれた空間

――王の間と呼ばれる場所だった。


その中央には、壁に鎖で繋がれた少女がいた。

白金の髪を垂らし、瞳は虚ろに揺れている。

彼女の名は、ヴァルファナ。


そして、その前方には王座。

そこに座る男は、静かにヴァルファナを見つめていた。


鎖に繋がれていても、ヴァルファナは男と会話をすれば、

たちまち機嫌がよくなった。


男は常に申し訳なさそうに微笑み、

ヴァルファナはその表情だけで、痛みを忘れられた。


(よかったんだ、これで……

この痛みも、あの人が居れば痛くない。

この湧き上がる愛情も、あの人が居れば……)


マリアは、彼女の心の声を聞いた気がした。

それは、鎖よりも深く、王座よりも重い感情だった。


やがて、時が早送りされるように流れ始める。

王の間の空気が変わり、男がふと呟いた。


「モンスターにこのダンジョンがバレたか……

ここも終わる。ヴァルファナ、少し見てくるよ……」


その何気ない一言を最後に、男は王の間に現れなくなった。


ヴァルファナは待った。

いつまでも、いつまでも。

鎖に繋がれたまま、王の帰還を信じて。


だが、時が経つにつれ、彼女の心は変わっていった。

世界に嫉妬した。

自分は王の間から抜け出せないのに、王は現れない。


「王よ、来たれ……」


その言葉は、祈りではなく呪いに近かった。


いつしか、男との会話の記憶は霞み、

ただ“王”という存在だけを求めるようになった。


ネオフィムに魔力が漏れ始める。

ある者はその魔力に引かれ、ネオフィムに迷い込む。


ヴァルファナは、手当たり次第に“王”を呼び始めた。

その声は、切実で、狂気に満ちていた。


「貴方に逢いたい……」


世界に嫉妬しながら、

彼女は王の間で、永遠に“王”を待ち続けていた。


マリアはその光景を見つめながら、

胸の奥に、言葉にならない痛みを感じていた。



また、場面が変わった。

嫉妬の感情に支配されたヴァルファナは、

もはやかつての面影を残していなかった。


その顔は歪み、瞳は濁り、微笑は悪魔のように裂けていた。


王の間に、初めての訪問者が現れる。


かつて“鏡界”と呼ばれたエリアを破壊し、

その断層を越えて至った存在――《鏡界崩落》


その巨体は、王の間に踏み入れた瞬間、理解し

瞬時に球体へと変化。


ドクン、ドクンと心臓のように脈動を始める。


ヴァルファナは、その新たに生まれた世界を見て、涙を流した。


「王よ、来たれ……」


その声は、もはや祈りではなかった。

それは、世界に対する呪詛であり、

愛に飢えた魂の叫びだった。


そして、惑星ネオフィムの神境領域《アル=ミラヴァス》にて、

初めて“モンスター”が確認される。

それは、新たな世界から、漏れ出した異形の存在だった。




マリアの意識が戻る。

視界が揺れ、空気が重く、彼女はすぐに気づいた。


ここは――今まで見ていた王の間だ。


だが、何かが違う。

空間の中心、王座に座っているのは――自分だった。


マリアは息を呑む。

その瞬間、空間が震え、虹色の光が揺れる。


「やっと起きたのね」


声が響く。

その声は、甘く、冷たい声だった。


「如何だった? この“おもちゃの世界”は」


姿を現したのは、《七光の侵蝕者》――

セプト・ソートス・ヴァルガ。


虹色の瞳を揺らし、

その唇に笑みを浮かべながら、

彼女は王座の前に立っていた。



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