虹の渦と誘い
「世界平和よ」
その言葉とともに、光の背から虹色の羽が広がる。
空気が軋み、大地が震え、
体育館の空間が、静かに“異常”へと変わっていく。
虹色の鱗粉が、体育館の空間を覆っていた。
吸い込んだ人々は涙を流し、ある者は発狂し、またある者は泡を吹いて倒れていく。
光の羽から放たれた鱗粉は、無限に広がり続けていた。
「ミッションコンプリート」
光はニコリと微笑み、口元に指をあてると、虹の渦の中へと消え失せ――
だが、その瞬間。
通路から、疾風のような気配が駆け抜ける。
最速の速さで現場にたどり着いたのは、イリスだった。
状況を一瞥しただけで、すべてを悟る。
「あんた、このくらいしか出来ないんだから!」
怒声とともに、久遠優を掴み、理想的なフォームで光へと投げつける。
「おい!またそれかよ!やめてくれぇぇ!」
泣きながら空を飛ぶ優。
光はその姿を見て、首を傾げる。
「なんで、あなたが無事なのか不思議ね。反対側にも同じ仕掛けを施したのに……」
そして、甘く囁く。
「でもいいわ。おいで、優ちゃん」
イリスに投げられた優は、真っ直ぐ光に向かって飛んでいく。
光は受け止めようと手を伸ばす――だが、その瞬間、光の本能が告げた。
“触れてはならない”
「なっ……!」
光は反射的に身を引く。
優は虹の渦へと突入し、そのまま渦に飲まれつつあるマリアへと突っ込んでいく。
その瞬間――マリアの意識が、深い虹の中で揺れた。
(優……?)
視界は歪み、音は遠く、身体は動かない。
けれど、彼の声だけは、はっきりと届いていた。
(来ないで……危ない……)
マリアは、必死に手を伸ばそうとする。
だが、虹の膜がそれを阻む。
身体は沈み、意識は引き裂かれそうだった。
「駄目よ!」
光が間一髪、羽を優に絡めて反対方向へ吹き飛ばす。
優は地面に転がり、マリアは渦の中心で揺れていた。
イリスが駆け寄り、マリアを救おうと右腕を伸ばす。
その瞬間――光が放った魔力弾が直撃し、イリスはその場で崩れ落ちた。
「まったく……なんでこんなに上手くいかないのよ!」
光は怒りに満ち、形を崩し始める。
その姿は、もはや光ではなかった。
七光の侵蝕者――その本性が、再び顕現する。
そして、虹色の瞳を揺らしながら、静かに呟いた。
「優ちゃん……あなた、本当に私たちの天敵なのかしら?
私たちの天敵……そう。だからあなた達は大当たりね。今、確信したわ」
七光の侵蝕者は、待ち焦がれていた物にようやく出会った。
その瞳に宿るのは、愉悦。
虹色の鱗粉が揺れ、空間が軋む。
「くんな、バケモン!」
優は叫びながら、七光から逃げるように後ずさる。
だが、足元に倒れていた部員につまずき、くるりとバク転のような形で宙を舞う。
その瞬間――七光が手を伸ばす。
直接触れぬよう、魔力を纏わせながら、優を捕らえようとする。
だが、空を切る。
タイミングよく回転していた優の足が、七光の顎にクリーンヒット。
「いった……いわね」
七光が顔をしかめる。
「アイヤー、知らんがな!」
脂汗をかきながら、優はヒョイと後ずさる。
その顔は、恐怖と混乱と、ほんの少しの誤魔化しでいっぱいだった。
(どうしよう……ヤバすぎる)
七光の侵蝕者は、顎を押さえながら、怒っていた。
「いい加減、私に捕まりなさい。
王の間へ行くのよ――あなたとマリアは、新しい王になるの」
七光の瞳が虹色に輝き、その光は目を潰すほどに強烈だった。
「何言ってんの」
優は小さな体を震わせながら、ファイティングポーズを取る。
その構えに迫力はない。だが、覚悟だけは本物だった。
「畜生……ぶっ飛ばしてやる!」
叫びとともに、優は突撃する。
その姿を見て、七光は小さく呟いた。
(馬鹿な子……)
だが――その瞬間、優の足元に虹色の渦が現れた。
マリアが飲み込まれたものと同じ、王の間へと繋がる渦。
空間が軋み、優の体が引き寄せられるように揺れ始める。
そのとき、空気が裂けた。
七光の侵蝕者に向かって、漆黒の咆哮が走る。
空間の断層から現れたのは、巨大なアギト――
黒く蠢く顎が、空間そのものを噛み砕きながら出現する。
その顎は、咆哮とともに形を変え、
漆黒の戦士――ネロへと変貌した。
その姿は、暴食の顕現。
空間を裂き、理を喰らう者の力が、今ここに降り立った。
「な……ネロ!?」
七光が慌てて身を引く。
ネロはすぐさま優を抱え、渦から引き離す。
「あああんんん、もういいわよ!
ここでアンタとなんて、ごめんだわ!」
七光の侵蝕者は、苛立ちと焦燥を滲ませながら叫ぶ。
「ネロ、王の間で待っている。
そこの優ちゃんを連れてきなさい。
じゃないと――マリア、殺しちゃうよ」
虹の輝きが爆ぜ、目くらましのように空間を覆う。
その光が収まった時、マリアと七光の侵蝕者の姿は、すでに消えていた。
「マリアーーーー!」
優の叫びが、空に響く。
その声は、渦の残響に吸い込まれ、静かに消えていった。




