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暴食の顕現

天華高級ホテル・一室

暗い部屋の中、ネロは突然ベッドから跳ね起きた。


息は荒く、額には脂汗。

胸の奥に焼き付いた悪夢が、再び彼を引きずり込もうとしていた。


――燃えるブラックハウス。

地べたに這いつくばる自分を、あの女が笑って見下ろしていた。

その時、よく知った声が響いた。


「ネロ、逃げて!」


ネロは震える手で、首にかけていたロケットペンダントに触れる。


蓋を開けると、そこには一枚の写真――かつて愛した女性、エミリーの微笑みがあった。

「……エミリー」


その名を呟くことで、ネロはようやく現実に戻る。


隣では、バフがぐうすかと寝息を立てていた。

火傷の跡は残り、全身を隠すように包帯で覆っている。


彼もまた、同じペンダントを首にかけていた。

ネロは静かに呟く。

「……あれから、もう2年。アイツは俺が……」


窓の外には、まだ夜の帳が降りている。


だが、ネロの瞳はその闇を見据えていた。

「アイツの狙いは、分かってる。必ず、ここにいるはずだ」


そして、バフに向き直る。

「今度こそ――食らい尽くしてやろう。《七光の侵蝕者》」


その言葉に、バフは寝返りを打ち、包帯の隙間から小さく呟いた。

「……にくう……」


ネロは微かに笑みを浮かべる。




今日の渡部光は、後ろ髪をふんわりとまとめ、

花柄の髪留めでアクセントを添えていた。


黒目のカラコンが瞳を大きく見せ、

ゆったりとした花柄ワンピースが柔らかな印象を与える。


その装いは、どこか儚げでありながら、

胸の存在感が否応なく目を引く――まさに“ユルフワコーデ”の完成形。


そんな光が今、追われているのは天華大学の学祭準備。

所属するサークルは、大学内ヒエラルキーの頂点に君臨する

《天華冒険部》


代々、貴族家系の学生が部長を務める格式あるサークルで、

今年も恒例の人気企画――簡易ダンジョンの再現が決定していた。


体育館を丸ごと使った壮大なスケール。

光はマネージャーとしてジュースや汗拭きタオルを差し出したり大忙しだ。


部の先輩が土魔法で壁を形成したり、

現場で指示を飛ばしたりと、まさに最後の大仕事の真っ最中だった。


「先輩、休憩してくださいね」

光は、4年生であり部長の六道院海斗に、冷えたジュースを差し出す。


その笑顔は、どこか計算された柔らかさを含んでいた。

「渡部君、ありがと。頂くよ」

六道院はニコリと微笑み、ジュースを受け取る。


その様子を見ていた他の男子部員たちも、競うように声をかけ始める。

「光ちゃん、一緒に休憩しよ!」

「俺にもジュースちょうだい!」

光は目ざとく、先輩男子たちに優先して差し入れを配り始める。


その姿は、まるで舞台の中心に立つヒロインのようだった。


だが――その裏で、女子部員たちは冷ややかな視線を送っていた。


光の立ち位置は、男子には絶賛され、女子には嫌われる。

それでも、彼女は気にしない。


この場で、自分が“選ばれる存在”であることを、誰よりも理解していた。

体育館の空気は熱気に満ちていた。


そして、渡部光はその中心で、今日も完璧に“自分”を演じていた。


体育館の休憩所、仮設ダンジョンの壁が次々と立ち上がる中、

渡部光は男子部員たちに囲まれていた。

花柄のワンピースが揺れ、黒目のカラコンが潤んだ瞳を強調する。


その笑顔は、まるで舞台のヒロインのように輝いていた。


「なんとか、期限に間に合いそうだ。良かったよ。

これで――天宮マリア様も呼べるね」

部長・六道院海斗が嬉しそうに語る。


今年の学祭には、天宮家の当主・マリアが視察に訪れる予定。


その視察企画として、この疑似ダンジョンが選ばれたのだ。


男子部員たちは誇らしげに頷き合う。

「なにやら、久遠優様もダンジョンに興味を示してるらしいぜ」

「うぉおお、生優ちゃん楽しみだ!」


「そうですね、私も逢いたいです♡」

光は海斗の顔を見つめながら、少しだけ首を傾けておねだりの表情を浮かべる。


「いいよ、渡部君も参加できるよう調整してみるね」

海斗の頬が赤らみ、周囲の男子たちはさらに盛り上がる。


その瞬間――空気が変わった。

「渡部光さん、ちょっといいかしら?」

背後から、冷静な声が響く。

振り返ると、そこには4人の女子部員が立っていた。


腕を組み、視線は鋭く、表情には笑みの欠片もない。


男たちは光の背を守るように言葉を投げた。

「光ちゃん、あんなの無視が一番だよ」

「そうだそうだ、気にしなくていいって」


だが、その空気を切り裂くように、中央の女がヒステリックに叫ぶ。

「この土御門恵梨香が呼んでいるのよ!」


その圧に、男たちは言葉を失い、視線を逸らす。


光は微笑み、ゆっくりと彼女たちの方へ歩み寄った。

部室を出る頃には、空は赤く染まり、逢魔が時を迎えていた。


「ご、ごめんなさい……」

奥の倉庫には、意識が朦朧とした女子部員たちが倒れている。


光はその姿を見ても、何の感情も浮かべず、ただ小さく呟いた。

「はぁ……海斗君、可愛かった」


思い出すように微笑み、次の標的を心に決める。

「今度は、あの子ね♡」


学祭まで、あと2日。

光の前髪が揺れる。

「もうすぐね。私、ツイてる」


その瞬間――光の右腕が宙を舞った。

鮮血が空に散り、光の胸を鋭く貫いた刀が突き出される。


「……ネロじゃないの。どうしたの?」

甘く囁く声は、エミリーのものだった。


だが、光の表情は痛みを感じていない。

左足を跳ねて避けようとした瞬間、何かに食われ、裂ける。


ネロはその声に動揺し、足を止める。

「その顔……その声……ころす」

刀身が蒼色に輝き、空気が震える。


光は、アッという間に再生する。

両手で自分の顔を優しく撫でながら、微笑む。


「この顔、男にもててお気に入りなの」


その背から、蝶の羽がゆっくりと広がる。

《七光の侵蝕者》――その本性が、ついに姿を現した。


左足を食らったバフがネロの前に立ち、低く唸る。


「エミリー……ゆざない。バフ、食う」


だが、光は冷たく言い放つ。

「2年前の失格者が、いい加減消えるか。私に殺させなさい」

蝶の羽が光を包み、空気が歪む。


蝶の羽が広がると同時に、光の体から鱗粉が舞い散った。

それはただの粉ではない。触れただけで精神を狂わせる魔性の粒子。


空気がうねり、空間が軋む。

ネロとバフに向かって、狂気の波が押し寄せる。

「バフ、下がって」


ネロは低く呟き、指先を弾く。

瞬時に、二人を包むように薄い結界が展開された。


鱗粉が結界に触れるたび、火花のような魔力の衝突が起きる。

光は笑っていた。

その瞳は虹色に揺れ、狂気と愉悦が混ざり合っている。

「さあ、ネロ。もっと見せて?」


ネロは静かに立ち上がる。

刀を持ち替え構え直す。刀――聖遺物《地獄丸》

刀身が蒼く輝いた瞬間、空気が震える。

この世の理すら断ち切ると語られる逸話の通り、

目に見えぬものすら斬る力が宿る。


「……斬る」

ネロが踏み込む。

光の羽がうねり、鱗粉が再び爆ぜる。

だが、地獄丸の蒼い刃がそれを裂いた。


一閃。

空間が割れ、光の左肩が切り裂かれる。

「痛っ……でも、効かないのよ?」


光は笑いながら、傷口を再生させる。

その背から、さらに大きな蝶の羽が広がり、空間を覆う。


「バフ、今だ!」

ネロの声に反応し、バフが跳ねる。


包帯の隙間から覗く口が大きく開き、空間魔法が発動する。

「くううううう!」

バフの咆哮とともに、空間が歪み、光の足元が崩れる。


だが、光は宙に舞い、再び鱗粉を撒き散らす。

「もっと狂って、もっと壊して――!」


ネロは再び刀を構える。

地獄丸の刃が、蒼く、深く、静かに輝いていた。

「……なら、全部斬る」

次の瞬間、ネロは空間を跳躍し、光の背後へと現れる。

地獄丸が、蝶の羽ごと、光の背を斬り裂いた。

鮮血が舞う。

だが、光は笑っていた。


大学構内に響いた魔力反応は、瞬く間に騒ぎを呼び、

残っていた学生たちがぞろぞろと集まり始めていた。


ネロはその様子を見て、静かに呟いた。

「七光の侵蝕者……ここでやる気はない。こっちに来い」

その言葉と同時に、空間が裂ける。

ネロが発動した《メモリア・ヴォルト》


裂け目の向こうには、

かつてネフガルと対峙した秩泉南東域の山岳群が広がっていた。

ネロとバフはその裂け目へと消える。


光は一瞬、躊躇した。

だが、集まってくる学生たちの姿を見て、

大学が崩壊すれば計画が頓挫することを恐れ、

罠と知りつつもその空間へと足を踏み入れた。


――そして、戦場が変わる。

吹き荒れる山風。

魔力の濃度が高く、空間が軋む。


ネロは足元の岩を踏みしめ、静かに言った。

「さあ、ここなら思う存分に暴れられる」


光は笑う。

「あらん、馬鹿ね。私の力、見せてあげる」

その瞬間、光の姿が変わる。


蝶の羽が広がり、虹色に輝く人形のような体へと変貌。

全身に無数の目が浮かび、虹色の瞳が常に揺れている。

その声は甘く、狂気を孕み、鱗粉が空気を満たす。


――それは、かつてエリアを滅ぼした災厄。

《七光の侵蝕者》の真の姿だった。


ネロは静かに構える。

バフは一歩前に出て、包帯の下から口を開いた。


ネロが静かに告げる。

「いくよ、バフ」


バフは頷き、静かに名乗る。

「……バフ」

その瞬間、空間が震えた。


そして――

「我が名は暴食の顕現。

理を裂き、秩序を呑み、

忘却の深淵より這い出でしもの。

いま、世界を喰らおう――《ワールドイータ》」

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