広がる不穏
——あれから1か月。
蒼穹殿のとある一室。
ベビー用のテーブルチェアに座る幼女——
白金色の髪、緋色の瞳の持ち主、久遠 優。
「ぷはあああああ!!!」
優はお菓子の袋をびりりと破り、隣の炭酸ジュースのペットボトルを勢いよく開ける。
「これもいいが、酒飲みたいぜ。」
小さな手でポテチを4〜5枚つかみ、もぐもぐと食べながら、間髪入れずに炭酸ジュースをごくごくと飲む。
テーブルに置かれた通信タブレットから軽快なPOPミュージックが流れ、優は満足げな表情を浮かべていた。
そんな優の近くで、霧音はテキパキと作業を進めていた。
「優様、またこんなに散らかして……。」
部屋を見渡せば、布団はぐちゃぐちゃ。
昨日夜飲んだであろうジュースのペットボトルは半分残したまま放置されている。
どうやら優は片付けができないタイプらしい。
「ごめーん。」
反省の色ゼロで、軽く謝る優。
だが、ふと何かを思い出したかのように、彼は霧音を見上げる。
「ねえ、霧音ちゃん。なんで俺だけ本になるの?」
霧音は手を止める。
「いや、マリアに聞くの怖いからさ……。」
ここ1か月間、何かにつけて甘やかしてくれる霧音に、すっかり懐いている優。
霧音なら怒らずに教えてくれるのでは——?
優は期待するような視線を向ける。
霧音は静かに問いかける。
「優様、ヴァッサル階級をご存じですか?」
「階級?知らんー。」
完全に無知。優はポテチをもぐもぐしながら、まったく分かっていない様子で答える。
霧音は淡々と説明する。
「ヴァッサルには階級があります。」
——上から順に:
- ディヴァイン級
- セレスティア級
- ミスティック級
- ミディア級
- コモン級
「その中でも、“神器”になれるのはミスティック級以上とされています。」
優は目をぱちくりさせながら聞き返す。
「じゃ、俺ってばミスティック級ってこと?」
可愛く首を傾げると、霧音は微笑みながら答える。
「最低でも、です。」
霧音の柔らかな笑顔に、優は思わず照れる。
「まじか……なんだ、俺ってレアものなんだな!」
自分の価値に気づいて、少し誇らしげな気分になる優。
ふと気になって、無邪気に尋ねる。
「ねえ霧音ちゃん、階級は何?」
その言葉に、霧音の表情がわずかに引き締まる。
「優様——ヴァッサルに階級を尋ねるのは大変失礼なことですので、聞いてはいけません。」
注意するような口調だったが、霧音はふっと微笑みながら続ける。
「ちなみに私は……ミディア級です。」
優は「へぇー」と呟きながら、その言葉の意味をじわじわと噛み締める——。
その眼差しを受け止めながら
「そいえば、アブレーションって何?」
ここぞとばかりに、気になる疑問をぶつける優。
霧音は静かに説明を始める。
「アブレーションとは、約1500年前に発生した《虚域の黎明》が始まりの侵食現象です。」
「アブレーションは《ネオフィム》に長く存在し続けると進化し、とても危険な人類の敵となるのです。だから発見次第、即座に討滅しなければなりません。」
優は目を輝かせる。
「おおお、霧音先生だ。」
しかし、その熱意とは裏腹に、果たしてどれほど理解できているかは不明だった——。
霧音はふと首元のネックレスを手に取り、優の方へと示す。
「これがアブレーションコア、通称“魔石”です。」
赤く輝く宝石のようなものが、霧音のネックレスに埋め込まれていた。
優はそれを見た瞬間、背筋をぞわりと震わせる。
「なんか……悪寒がする。」
霧音は優の反応を見ながら、穏やかに問いかける。
「優様は、お嫌いですか?」
優は微妙な表情を浮かべながら、もぞもぞと答える。
「う~ん……。」
霧音は気にする様子もなく、淡々と続ける。
「アブレーションをこの形にするには、レギス能力者の“封殺”が必要なのです。」
優は首をかしげながら、考えをまとめる。
「つまり、ヴァッサルが弱めて、レギスが退治するのか?」
霧音は優雅に微笑みながら、静かに答える。
「おおむね、その通りでございます。」
優は目を細めながら、この世界のルールを少しずつ理解し始めていた——。
優は気まずそうに視線を泳がせながら、霧音に問いかける。
「最後にさ、聞きたいことあるんだが……。」
霧音は微笑みながら答える。
「私で分かることなら、お答えいたします。」
優は少し躊躇しながらも、気になっていたことを口にする。
「ひょっとして、お家騒動……起きてない?」
霧音はわずかに目を細める。
「なんか1か月前に比べると、ずいぶんメイドや使用人がいなくなってる気がするんだが。みんな神経質になってるし……。」
霧音はあっさりと答える。
「そうですねぇ。本格化したのは3か月前くらいですね。」
まるで日常の会話のように、何事もなかったかのように語る。
しかし——優はその答えに愕然とした。
「え、俺のせい?」
自分を指さしながら、慌てて問いかける。
霧音は淡々と続けるが、優は突然耳を塞ぎながら、そっぽを向く。
「あ〜あ〜聞こえない!」
必死の抵抗(?)を試みる優だが——果たしてそれで済む話なのか?