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仮面の下、王の影

とあるアパート。

簡素な机とノートパソコンが置かれた室内は、

どこか無機質で、無臭の空気が漂っていた。


鏡台の前に座るのは、ミディアムヘアの金髪女性――渡部光。

目尻が垂れた柔和な顔立ちに、薄手のパジャマ姿。


彼女は無造作に化粧水を手に取り、

肌に叩き込んでいた。


「あ~……なんでここ、しわできてんじゃん。最悪」

鏡に向かってぼやきながら立ち上がる。


その瞳は、虹色。

朝の光を受けて、七色のきらめきを放った。


「……これも隠さなきゃ」

光は黒いカラコンを指先でつまみ、ゆっくりと装着する。

――虹色の証を、日常の仮面で覆い隠す。


「はー……今日の講義、サボろっかな。でも学祭の準備があるからなぁ」

ぼやきつつ、彼女はゆるく髪をまとめて外出の支度を始めた。


その時。

ノートパソコンの通知音が響く。


光が唯一フォローしている人物のつぶやきが、

アマミヤッタのタイムラインに更新されていた。

投稿者――久遠優。


「最近の若者はすぐ権力で解決しようとする。

もっとこう、自分で乗り越えるべきだ。

権力は甘え。あと、最近腰が痛い。」


「……たまに変なの流れるね」

光はクスリと笑い、指先で“低評価”を押す。

その仕草は小さな悪戯のようでありながら、どこか優しげでもあった。


彼女は画面に映る映像へと目を向ける。

そこには、優とマリアが並んで笑っている姿。

ほほえましい光景。だが――光の瞳は、その奥に別の何かを見ていた。


「ホント最悪なエリアね……だから肌の調子も悪いのよ。

そろそろ限界かも。

――2年前のあの子は失格だったけど、あなたは……合格かしら?」


虹色の瞳が、映像の中のマリアと優を射抜いていた。


サティエム教会


珍しく、優が静かに耳を傾けていた。

壇上ではシムス枢機卿が記録書を開き、ゆっくりと語り始める。


「――それでは、最後に。第四の災厄、《虹災夜》について記録を読み上げましょう」


講堂の空気が一瞬にして張り詰めた。

シムスの声は、まるで封印された神話を解き放つかのように響く。


「今より約五百年前。今で言うところのエルバートン家――七大貴族の一柱にあった一族が、

“七光の侵蝕者”によって壊滅的な被害を受けました」


静かなざわめきが広がる。


「その存在は、七色の光に包まれた“虹の怪物”。

姿は昆虫のようで、見る者の精神に直接侵入し、魂の奥底に“神性の幻影”を植え付ける。

怪物の瞳を見た者は、自らを神と錯覚し、狂気の祈りを捧げながら現実を手放す。

都市は夢と幻覚に沈み、現実は“虹の牢獄”へと変貌した。

その牢獄では、時間も因果も意味を失い、ただ“祈り”だけが空間を満たす……」


シムスはページをめくり、厳かに言い放つ。


「サティエム教は、この怪物を――

《七光の侵蝕者セプト・ソートス・ヴァルガ》と記録しています」


場内が静まり返る中、優がぽつりと呟いた。


「なんでみんな、アル=ミラヴァスに消えるんだ?」


その問いに、シムスの瞳が大きく見開かれる。

やがて興奮を抑えきれぬように、壇上で身振りを交えて叫んだ。


「流石優様! よく気が付きましたね!」


「へっ、あたぼうよ」

褒められた優は機嫌を良くし、背もたれに体を預けてニヤリと笑う。


シムスは記録書を掲げ、声を震わせながら続けた。


「アル=ミラヴァスの最奥には“王の間”と呼ばれる場所があると

――経典にはそう記されています。

そここそが、すべての到達点!」


その言葉に講堂の空気が震える。

シムスの表情は、次第に恍惚としたものへと変わっていった。


「王の間……かぁ。そいや、天宮って大貴族でしょ? 王じゃないの?」


優の無邪気な一言に、シムスは絶句した。

感情を押し殺せず、震える声で答える。


「王はただ一人……。“王の間”の玉座に座った者こそ唯一無二。

そして――それこそが、サティエムの最大の悲願なのです」


その顔には、信仰と狂気がないまぜになった微笑が浮かんでいた。


優は引き気味に肩をすくめる。

(はぁ……たまに変なスイッチ入るんだよな。めんどくさ)


「今日の説法は終わりだろ、もう帰りたい」


「まだお話したいのですが……仕方がないですね」

名残惜しそうに言うシムスを後に、優は逃げるように教会を出ていった。


その背を見送りながら、シムスは低く呟く。


「天宮は……王に至るのか」


蒼穹殿・政務室


重厚な調度が並ぶ政務室に、分厚い書類の山。

その合間を縫うように、執務は淡々と進んでいた。


「一か月後に天華大学で文化祭がございます。マリア様、どうなさいますか?」

霧音がスケジュール端末を確認しながら問いかける。


天宮マリアは判を押す手を止めずに答えた。

「そうね、去年は行けなかったから……今年は参加しましょう」


その言葉に、資料と睨めっこしていたイリスが顔を上げる。

ぱっと表情を輝かせて、椅子をくるくると回しながら叫んだ。


「やったー! あそこの大学の文化祭すごいから楽しみ!」


「イリスさん、遊びじゃないんですよ」

霧音が冷静に釘を刺す。


だがマリアはふっと笑みを浮かべた。

「まあまあ。スピーチが終わったら、たまには遊んでらっしゃい」


「マリア様サイコー!」

イリスは子どものように手を叩いて喜ぶ。


「ハイハイ」

マリアは苦笑しながら、再び書類に目を落とした。


その穏やかな空気の中、霧音が少し困ったように問いかける。

「……優様、どうしましょう?」


マリアの手が止まり、わずかに考え込む。

「流石に連れて行かないとまずいわね。でも……」


アレを公の場に出すのは、相応の警戒が必要だった。


「……目立たないように、“地味な”服を着せて。

あと、事前に注意事項をまとめておいて」


「はい、了解しました」

霧音は素直に頷いたが、

その胸中では“地味な服装”という難題に頭を抱え始めていた。


マリアは静かに資料へ視線を戻し、独り言のように呟く。


「……あの子が、何か事件を起こさないことを祈るわね」

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