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幕間:アル=ナジールの戦士 中編


「はじめーーーーーーーっ‼︎‼︎‼︎」


その瞬間、空気が張り詰めた。

九京大武道会――魔力と肉体、そして技術のみが許される聖域。

聖遺物の使用は固く禁じられ、純粋な戦士としての“素”が試される場である。


最初に飛び出したのはワヘドだった。

浅黒い肌に五分刈り、精悍な顔立ち。

戦闘スーツに包まれた均整の取れた肉体は、まさに“武の美”を体現している。


対するカマルは、ゆったりとしたサティエム教の神官服を纏い、

学者然とした姿で立つ。口元は絶え間なく動き、何やら早口で言葉を紡いでいた。

その響きが呪文なのか、あるいは戦術の指示なのか――誰にも判別できない。


ワヘドは魔力を纏い、弾丸のような速さで龍伯星に襲いかかる。

深紅の龍紋長袍を纏った星は、構えを見せることもなく、

ただその動きを観察していた。


「舐めるなーーーッ‼︎」

怒号とともに双剣が閃く。


――「ザハラ・ナスル(砂漠の勝利)」


剣が交差し、双剣が舞う。

刃が描く軌道は、まるで砂嵐の中に浮かぶ神紋のよう。

一撃が星の袍を裂いた――だが、星は微動だにせず静かに言葉を返す。


「なるほど。技量はあるな。だが、そのなまくらでは――我に傷など、つかぬ」


次の瞬間、星の拳がワヘドをとらえる。

だが――耳に届いたのは、カマルの早口の声。


「少し下ろそうか」


拳の軌道がわずかに逸れる。

その隙を逃さず、ワヘドは身を翻し、剣を振るう。


剣舞が始まった。


――「カシーフ・アイン(開眼の嵐)」


双剣が左右非対称の軌道を描き、逆手の刃が地を裂く。

砂塵が舞い、視界を覆う中を、ワヘドは滑るように突進する。

剣先は膝、肩、喉元――三点を狙い、一瞬ごとに軌道を切り替えた。


星は袍の裾を翻し、最小限の動きで回避する。

だが、ワヘドの剣は止まらない。


それは“踊り”ではなく、“祈り”だった。

一振りごとに、彼の肉体は型を刻み、信仰を示す。


「――ザハラ・ラミール(砂嵐の舞)!」


回転斬り上げ、剣を地に叩きつけ、反動で跳ね上がる。

跳躍の中で、両剣を突き出す姿は、まるで空を裂く双牙。


星の瞳が細まる。

「……なるほど、剣が語るか。」


拳が動いた。

だが再び、カマルの声が割り込む。


「右足、崩して」


ワヘドが重心をわずかにずらす。

星の拳は空を切り、その刹那、ワヘドの剣が袍を裂いた。


無傷――だが、確かに届いた。

観客席がどよめきに揺れる。


ワヘドは剣を構え直し、静かに息を吐いた。

その姿は、砂漠に立つ祈りの戦士そのもの。


そして――龍伯星が、初めて構えを取った。


その瞬間、空気が変わる。

観客席がざわめき、九京大武道会の会場全体が、まるで生き物のように震えた。


「星様が……構えたぞ……!」

「本気だ……あの星様が……!」

「ワヘド、やるな……!」


歓声が波のように広がり、武道会の重鎮たちも目を細めて頷く。


星の構えは、静かで無駄がない。

両足は地を捉え、拳は胸元に。

その姿は、まるで龍が眠りから目覚めた瞬間のようだった。


ワヘドは剣を構え直し、

カマルは神官服のまま、ゆったりと微笑んでいる。


星がカマルに視線を向ける。


「ほう……何やら可笑しなことが起こる。

 なるほど――貴様の能力か?」


カマルは否定せず、ただ優しげな笑顔を返す。

それはまるで“赦し”であり、“導き”のようでもあった。


星の拳がわずかに震える。

その耳に、カマルの早口が流れ込む。


「少し、右に。

 視線を外して。

 拳を、緩めて」


その声は、誰にも聞こえない。

だが星の無意識は、それに応じてしまう。


拳が、わずかに下がる。

視線が、ワヘドから逸れる。

足が、半歩だけ前に出る。


星の瞳が細まった。


――カマルのレギス能力《インシャラー=ムニヤ》。


彼の“早口のささやき”は、対象の耳に届くと、潜在的な願望や無意識と共鳴し、

些細な行動を誘導する。


手を上げる、一歩踏み出す、視線を逸らす、武器を少し傾ける……

だがそれは決して強制ではなく、自傷や殺意、命令は不可能。

ただ“ささやき”が、心の奥底にそっと触れるのだ。


星は拳を握り直す。


「……面白い。

 だが、我が拳は――龍の怒り。

 ささやきでは、止まらぬぞ」


カマルは微笑み、ワヘドが再び剣を構える。

会場が、再び沸き立つ。


次の瞬間――


星の拳が、龍気を纏いだした。

その圧力は嵐のように場内へと広がり、観客たちの息を奪う。


「う……おお……!」

「すごい……これが、星様の本気……!」


ワヘドは星の放つ威圧に押されながらも、剣を構え直す。

だが、その背後からは――カマルのささやきが流れ込む。


「……右に。

 肩を落として。

 次は、深く踏み込んで」


柔らかくも早口の声。

インシャラー=ムニヤ――“ささやき”による誘導が、龍伯星の無意識と共鳴する。

加えて、結界のような領域術が、わずかに星の意識を曇らせる。


圧倒的な龍気の奔流の中、ワヘドの身体は自然に動いていた。

星の拳を紙一重で躱し、逆に間合いを詰め――


「はぁッ!!」


会心の斬撃が、星の胴を捉えた。

刹那、鋭い音が響き――


バキィンッ!!


折れたのは、ワヘドの双剣だった。


観客席から悲鳴と驚愕の声。

折れた刀身が宙を舞い、床に散らばる。


星は一歩も退いていなかった。

全身を包む龍気が、鱗のごとく硬質の鎧となり、

ただの試合用の剣では、傷一つ与えられなかったのだ。


「……やはり、そのなまくらでは、我に傷を負わせることなどできぬ」


星は低く笑い、拳を握りしめる。


「出せ。お主が持つ、あの魔力を纏った双剣を。

 ――なぁに、聖遺物でも構わん」


観客がざわめき、審判団が顔を見合わせる。

ルールを大きく踏み越えるその一言に、試合場の空気が揺れる。


その時、観戦席の上段から恋狐が肩をすくめ、苦笑した。


「……またルール、変えちゃって……」


緊張と混乱、そして熱狂。

九京大武道会の舞台は、もはや常識を越えた領域に突き進もうとしていた。


ワヘドが静かに問いかける。「……良いのか?」

その声音は低く、しかし澄んでいた。

問いかけに、会場全体の緊張が一気に張り詰める。


龍伯星は微動だにせず、ただ静かに頷いた。


「構わぬ。お主ほどの強者、久々だ。先の怪物なぞ面白くもない。

だが――お主は楽しそうだ。本気を見せろ、ワヘド。」


その瞬間、星は相手の名を呼んだ。


「――ワヘド」


たった一言で、会場が揺れた。

観客たちの間に衝撃が走り、息を呑む音とざわめきが爆発する。


――あの星様が、相手の名前を呼んだ……!


まるで天上の存在が人を認めたかのような光景に、場内は震撼した。


ワヘドは静かにカマルへと視線を送る。

カマルは無言のまま、力強く頷いた。


「いいだろう。アル=ナジールの砂嵐の双剣――ワヘド、いざ。」


その言葉と同時に、空間が歪んだ。

風が巻き起こり、砂の粒が舞い上がる幻影が走る。

そこに現れたのは――聖遺物。


双剣《マグネットN&S》。


二本の剣は、互いに引き合うように宙に浮かび、左右対称に並ぶ。

銀灰色の刃は鋭く湾曲し、中央には稜線が走る。

鍔元には磁石を模した意匠が施され、

左の剣には赤いエナメルで「N」、

右の剣には青いエナメルで「S」の文字が白く刻まれていた。

金色の鍔には渦巻く葉の模様が浮かび上がり、柄には濃茶の革が螺旋状に巻かれている。


観客の誰もが言葉を失い、ただその双剣に目を奪われる。

ワヘドの両手に収まった瞬間、空気そのものが震え、擂臺全体に新たな緊張の波が走った

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