表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/103

幕間:アル=ナジールの戦士 前編

(九京大武道会 決勝延期の夜)


九京の空は、静かに夜を迎えていた。

だが、その静けさの裏で、戦士たちの思考は止まることなく巡っていた。


カマルは宿舎の机に向かい、片肘をつきながら端末を操作している。

「やれやれ、決勝ラウンドが一週間後とは……予定が狂ったな」

吐き出した言葉は、独り言というよりも状況への苛立ちの表れだった。


視線は端末の画面に釘付けのまま、指は休むことなく動き、情報を整理し、

戦況を分析し続ける。


ふと、脳裏にあの異形――第六ブロックで遭遇したアル・カーラの姿が浮かんだ。

「しかし、あの醜い怪物は一体……?」

口にした瞬間、カマルの目には、ただのアブレーションとは違う、

“人間臭い何か”の影がよぎっていた。


「なにを考えている、カマル」

背後から落ち着いた声が響く。振り返れば、

ワヘドが双剣――聖遺物《マグネット・S & N》を丁寧に手入れしていた。

刃に布を滑らせるその所作は、どこか儀式めいている。


「秩泉のディヴァイン級――久遠優。あんな子供だとは思わなかったな」

ワヘドは映像で見た優の姿を思い返す。

その幼い体躯に宿る異様な存在感は、他の戦士たちとは明らかに異質だった。


「流石に子供には手が出せん。というか……秩泉のやつらは正気か? あんな子供を戦わせて……」

言葉を重ねるほど、ワヘドの胸中には苛立ちが募っていく。


カマルは手を止めずに、短く言葉を返す。

「……それが“願い”なら、王は動く。だが、あれは――」

何かを言いかけて、飲み込むように視線を端末へ戻した。


ワヘドは黙り、双剣の手入れを続ける。その瞳には、別の思考が巡っていた。


(今大会では、この聖遺物――双剣《マグネット・S & N》は使えん。

たとえ使ったとしても、あの男――龍伯星に勝てるのか……)

一瞬、弱気が心をかすめる。だが、すぐに打ち消すように柄を握り直した。

(いや、弱気になるな。必ず勝ち筋はあるはずだ)


彼が感服していたのは、カーラを一瞬で屠った星の技そのものよりも、

その魔力の纏い方、操り方――戦士としての“力量”だった。


「勝たねばならない。信仰のために」

ワヘドは静かに目を閉じ、星の動きを脳裏で反芻する。

「……まだ足りぬ。あの男の動きを、もっと思い出せ」


手入れを終えると、ワヘドは立ち上がった。

「カマル、少し型の練習をしてくる」

カマルは視線を上げぬまま、「……ああ、無理はするなよ」とだけ返す。


翌朝、場所は龍殿へと移る

龍殿 ― 謁見の間

(九京大武道会・決勝延期の翌朝)


天井は高く、壁には金色の龍紋が刻まれている。

空気は張り詰め、わずかな物音すら響くほどの静けさだった。


その中央に、狼の獣人――**狼凱ろうがい**が深く平伏している。

玉座に座すのは、ウーロンの主――龍伯星りゅうはくせい


動かずとも威圧を放つその姿は、眼差し一つで場を支配していた。


「面を上げよ」


低く、しかし空間を震わせる声が響く。

狼凱は「ははーーーっ」と応え、ゆっくりと顔を上げた。


「主、ご報告いたします。

クラウゼヴィッツの連中は、ミュラーが変化したと同時に全員逃げ出しました。

香口の者たちは即座にステルス船に乗り込み離脱。

しかし九京の者は数名捕縛いたしました。

ですが……捕らえた者たちは毒をあおり、全滅いたしました」


龍伯星は目を細め、低く告げる。


「よくわかった。

すぐに“死後を見る”レギス能力者を使い、何を企んでいたのか突き止めよ」


狼凱は、わずかに言い淀んだ。


「それが……強力な呪いが施されており、能力者でも追えません」


その報告に、星の瞳がわずかに揺れる。

狼凱は一通の書簡を差し出した。


「――こちらは、天宮公からの書簡です」


星は迷いなくそれを受け取り、封を切る。

視線が走り、ある一文で止まった。


アル・カーラ 神印結晶《ヴァル=エシェル》

《墜王環》


読み終えた星は、静かに立ち上がる。

その気配は、まるで嵐の前の静けさ。


「……クラウゼヴィッツの連中に抗議を入れておけ」


その言葉は命令であり、同時に冷ややかな警告でもあった。


玉座を離れ、重い足取りで自室へ向かう龍伯星。

その背から、低く響く声が落ちる。


「……ほう。龍の逆鱗に触れるか」

謁見の間は、なおも張り詰めたままだった。



あれから1週間―― 九京大武道会・決勝ランド


 再開の合図を待ちわびたかのように、擂臺の周囲は朝から熱気で満ちていた。

 その中心、アナウンサー席から、甲高くもよく通る声が響く。


「さあ! 休止しておりました九京大武道会――ここ龍武擂臺よりお届けいたします!

 アナンサーの恋狐ですーーー! みんな元気してましたかー⁉︎」


 その声に応えるように、観客席のあちこちから一斉に声が返る。


『元気ですーーーっ‼︎』


 地鳴りのような声援に、恋狐が満面の笑みでマイクを握りしめた。


「よーし! ちょっとしたことありましたけど、行きますよ~~~‼︎

  決勝ランド第一試合――アル=ナジール家、カマルとワヘドペアの入場です‼︎」

瞬間、ステージが暗転。

闇を裂くように光の演出が走り、夜空を模した天井に花火が咲き乱れる。

その華やかな光の中を、カマルとワヘドが堂々と歩みを進めてきた。


 第4ブロックで圧倒的な強さを見せつけた実力者――。

 その姿に、観客席の熱気はさらに膨れ上がっていく。


 「そして! 我らが主――龍伯星だーーーーーーーっ‼︎‼︎‼︎」

 恋狐の声が最高潮に達した瞬間、龍伯星が擂臺に姿を現す。

 その瞬間、場内が爆ぜるような歓声に包まれた。擂臺全体が震え、空気そのものが一変する。

 ただ立っているだけで、場の支配者が誰かを示す存在感――。


「さぁ! 第一試合――どちらが勝つか……⁉︎」


 銅鑼の低く重い音が、試合開始の時を告げる。


「はじめーーーーーーーっ‼︎‼︎‼︎」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ