幕間 記念日の龍牌
一年の記念日――昼前。
優は、袁小の面白い遊びなんてとっくに忘れ、
ベッドに寝転がってタブレットにかじりついていた。
(狐恋ちゃんも可愛いけど……やっぱり、我が天華のアイドル、真美子ちゃんだわ~~)
画面いっぱいの笑顔にニヤけ、食い入るように動画を再生していると――。
「くそぉお……もうちょいなのに!」
決定的瞬間を前に、優は身体を起こし、タブレットを下から覗き込む。
その時――。
「ぜ、はぁ……ぜぇ……優、これが龍牌だ……!」
やけに大きな木箱を抱え、額に汗を浮かべた袁小が部屋に飛び込んできた。
ドンッ!
机の上に置かれたそれは、見た目も重厚な自動卓。ただし、側面には龍の紋が彫り込まれている。
「……なんだ、麻雀か?」
「むう、優よ。これは麻雀ではなく――龍牌だ」
袁小は軽く鼻で笑い、どこか誇らしげに言った。
「もっとも、その昔“麻雀”と呼ばれていた時代もあったらしいがな」
蓋を開け、一枚の牌を取り出す。そこには金色の龍が描かれていた。
「これが“龍”だ。この牌は――なんにでも成れる牌だぞ。順子が二枚と龍で一メンツ、もちろん頭や刻子にも適用される。字牌ですら構わん」
「えーっと……トランプでいうジョーカーってやつか? なんか簡単に上がれそうだな」
「その通りだ」袁小はにやりと笑う。
「ウーロンの民は気が短い者が多い。だから普通の麻雀より速く、派手に勝負がつくよう進化した。それが龍牌だ」
優は椅子に座り直し、卓をじっと見つめる。
(なるほど……これなら俺でもサクサク勝てそうだな)
ふと疑問が浮かび、優は口を開く。
「なぁ、相手がリーチしてる時に龍を出したらどうなるの?」
「な~に、龍は基本チーやポンはできない牌だ。
そしてリーチの当たり牌にはならん。
ロンはできぬが、例外として――自摸なら上がれる」
「なるほど、安全牌にもなるってことか。面白そうだな」
優は自信満々にニヤリと笑った。
(ふふ……ネット麻雀で鍛えたこの王の腕を見せてやるぜ)
――ちなみに、優は地球では、友達も彼女もいなかったので、家でひたすらネット麻雀ばかりやっていた。
優が龍牌卓に手をかけると、突然、卓そのものがぐるぐると回転し始めた。
牌が卓上に現れると同時に、部屋の空気が何やら不思議な雰囲気に変わる。
「え、なにこれ……?」
優は思わず眉を寄せ、目を丸くする。
袁小はニヤリと笑った。
「ふふ、これはな、我々レギスとヴァッサルの能力を封じる“謎空間”
龍牌では魔力もレギス能力も通用せんのだ。
だからこそ面白い」
優は額に手をやり、軽くため息をつく。
(なるほど……能力でごり押しはできないわけか)
袁小は卓に向かい、得意げに言う。
「ルールは打ちながら覚えればよい。では早速、始めるぞ……」
その言葉に合わせ、卓を取り囲む空間がさらに奇妙に変化した。
袁小の背後に雷鳴が轟き、天を裂くような龍が姿を現す。
優は思わず肩にひじをつき、熟練の雀士のごとく落ち着いた表情で卓を見つめる。
背景では竜巻が巻き上がり、その中で虎が雄たけびを上げた。
「……なんか、すごいゲームっぽくなってきたな」
優は思わず口元を緩め、心の中で静かに盛り上がる。
(よし、この王の腕前、存分に見せてやるか……!)
部屋全体がまるで異世界の戦場と化した中、龍牌の戦いがいよいよ幕を開ける。
龍牌卓の上には索子、筒子、萬子、字牌が並ぶ。わずか数枚の龍牌が潜むが、
手元に来るかどうかは運次第だ。 「さあ、始めるぞ!」
袁小が宣言し、手元の牌を整え牌を積み上げる
「負けねねえぞ」と優も小さな手を器用に牌を積み上げそして、
袁小が龍牌の中央のボタンを押しサイコロが回りだす。
「優が親だな」
「今回は二人だから龍牌でも、チー、ポン、出来るルールにするぞ」
と袁小がそれが開始の合図
優は椅子に深く腰掛け、手牌を眺める。
(まずはタンヤオ……龍は来たらラッキー、使いどころを考えないとな)
袁小が切った牌の形や場の状況から、優は頭をひねりながら自分の手牌だけで順子を作る。龍牌はまだ来ない。
巡目が進む。索子、萬子、筒子を慎重に捨てながら、テンパイを狙う。龍牌は未だ手元に現れない。
「まだ来ないな……いい、じっくり行こう」優は静かに息をつく。
次の巡目で、運良く龍牌が一枚引かれる。手元に置かれたその瞬間、全体の戦略が一変する。
巡目が進む。優は手元の索子、筒子、萬子を慎重に整理しながら、
頭の中で場の流れをシミュレーションする。
(よし……索子の二、三、四で順子……筒子は七、八、九で……字牌はまだ温存……龍牌は最後まで取っておくか)
袁小はゆったりと牌を切る。さすがに慣れた手つきで、無駄のない動きだ。
優はその手元を見ずに、あくまで自分の手牌だけで組み立てる。
(二人でやる場合は、早さ重視、即攻めだぜ)
場に静寂が漂う中、優は慎重に白を切る。
「ふふ……これは安全牌……たぶん」
袁小が頷き、筒子の六を捨てる それを見た優は「チー」と筒子の六、七、八でチーをする
(奴めタンヤオ狙いか)袁小は優のやり方に気が付いたならば・・・・
互いに目を合わせ、沈黙だけが二人を繋ぐ。
次の巡目で奇跡の龍牌が一枚やってくる。優の手牌がテンパイの形をとりあとは上がるタイミングを待つだけだ。
(安手だが、とりあえずジャンジャンあがるで)
優は、安くても上がるのが好きな奴なのだ
袁小が切った九の筒子を見て、優は心の中でほくそ笑んだ。
「ロン!」優の牌が唸りを上げちょと小さな虎がにゃんと現れる
「かかったな袁小」
優が上がった牌は索子の二、三、四 チーした筒子の六、七、八、字牌と龍牌二枚、そして頭は筒子九
どや顔の優に思わず袁小が「そんな安手でアガルな」
「うるせ上がったもん勝ちだ――」
その瞬間、二人の真剣勝負をよそに、扉が勢いよく開く――
「優様!お昼ご飯ですよ~」
新人メイド兼お世話係のリカちゃんが、呑気な笑顔で現れる。
手にはお盆にのったサンドイッチと紅茶。
優は一瞬、アガったばかりの手を置きかけたまま固まる。
(え、もう昼!?)
袁小も顔を上げ、少し拍子抜けした様子。
「……おお、そうか、時間を忘れるほど熱中しておった」
優は机を叩き、ニヤリと笑った。
「こりゃ面白いけど、二人だけじゃ物足りないな」
リカちゃんは無邪気に首をかしげる。
「二人って、誰と誰ですか?」
優は目を輝かせ、牌を握り直す。
「リカちゃん……やる?」
優と袁小は、龍牌卓の椅子に座り、戦いの余韻に浸りつつサンドイッチをつまむ。
「さて、リカちゃんも龍牌覚えなきゃな」優はお盆から紅茶を一口すする。
「ルールは簡単……いや、打ちながら覚えたほうが分かりやすいかもな」
袁小も耳をピクピクさせながら説明を始める。
リカちゃんは目を輝かせながらも少し困った顔だ。
「ワー……難しそうですね。私、午後からも掃除や雑用が色々あるので……」
すると、優はすかさず甘えた声を出す。
「リカちゃん、そんなの明日でいいから! 一局だけ打とうよ~」
そう言いながら、どさくさに紛れてリカの胸に飛びつく。
まるで子供のように駄々をこねる優。
「一局だけでいいから~! 離さないぞ~!」
リカちゃんは呆れ顔でため息をつくが、内心楽しそうに笑っていた。
「はー、しょうがないですね……」
優は満面の笑みを浮かべ
「よしゃ!」と声を上げる。
まるで小さな悪魔のようなその姿に、袁小は呆れつつ。
龍牌卓を囲み、ついに三人での対局が始まった。
「なら三人なら、通常道理で行くぞ」袁小が宣言し、卓中央のサイコロボタンを押す。
「ふむ、リカ殿が親ですな」
リカちゃんはきちんと椅子に座り、手をそろえて頭を軽く下げる。
「はーい、頑張ります」
その仕草に、優と袁小は思わず心の中で声を上げる。
(かわええええ)
牌が配られ、優は手牌を確認する。
(おっ、あと少しでイーシャンテン……こりゃいい)
ぐるりと卓を見渡すと、袁小も明らかに嬉しそうな表情を浮かべていた。
(ぬ、袁小の奴もいい手牌か……)
そのときだった。
「あの~、これって正解ですか?」
リカちゃんのカワイイ声に、優は思わず振り返る。
「どしたん?」
目に飛び込んできた光景は――
背景に広がる宇宙、リカちゃんの体から溢れ出す巨大な何か、そして卓に現れる牌。
「な、なんだってええええ!」
優と袁小の声が部屋中にこだまする。
リカちゃんの背後では、竜巻の如く光とエネルギーが渦巻き、最後には後光が優達の目を焼く。
「て、天和だとおおおおお!」
リカちゃんは申し訳なさそうに首をかしげ、
「正解ですか……?」と呟く。
同時に優と袁小の椅子が飛び、吹き飛ぶ二人。
床に叩きつけられ、慌てて起き上がり、そしてリカの上がり牌を見て
「天和……初めて見た……」
「う……む……」
優は目を丸くし、袁小は耳をピクピクさせる。
「スゲー、リカちゃん……こりゃもう一局だ」
二人は、謎の演出で吹き飛んだことなど気にもせず、すぐさま次の戦いに挑む準備を始めた。
そして―――。
「ロンです!」
その瞬間、優の手牌が空中で小さく跳ね、袁小の耳がピクピクと動く。
「うわ、また……」
夕暮れ時。窓の外から差し込む茜色の光の中で、再びリカの手が輝く。
背景の宇宙が、まるで大爆発を起こしたかのように揺れ動く。
「綺麗に並んでますね~」
牌が揃い、役満の形が完成する。卓の前で座ったまま呆然とする優と袁小。二人の髪は煤け、目は虚ろで、まるで戦いの後の戦士のようだった。
「おい……ち、疲れた……」
優の声は、かろうじて絶え絶えに出る。
そのとき、優しげで聞き慣れた声が、部屋の奥から響いた。
「――あなた達、何をしてるんですか」




