秩序の再編
秩泉の首都――天華。
その中心にそびえ立つ、蒼穹殿。
政務室の通信端末から、九京大武道会の結果の報告を受けていた。
報告するのは、双子の父にして忠実な腹心――華月エンザ。
冷静沈着な男だが、マリアの前ではどこか硬さが残る。
「やはり前評判通り……龍伯星が優勝しました」
マリアは、ディスクに片手を置き、無言で続きを促す。
エンザは報告書をめくりながら言葉を重ねた。
「ですが、良い知らせもあります。
謎の覆面戦士の正体が判明しました――閑条武、そしてアリーヌです。
やはり、生きていました。本人はしばらく旅行をしてから海条に戻ると……。
それと、龍伯星はアル=ナジールのカマルとワヘドをいたく気に入ったようです。
教会の建設は認めないが、布教は許可してやると」
マリアの眉がわずかに動く。
「閑条武が生きていたのは、良い知らせね。
龍伯星‥‥力には寛容、構造には厳格」
静かに頷き、再び視線をエンザへと戻す。
エンザは最後の頁に目を落とし、声の調子を落とした。
「それで――クラウゼヴィッツですが」
マリアの指がディスクを軽く叩く。
エンザは淡々と告げた。
「そもそも当家は、武道大会参加を許可していません。
あれはリヒテンシュタイン家の私兵であり、我が家とは無関係です。
問題のあったリヒテンシュタインは取り潰し、一族全員処刑。
首が欲しいなら、そちらに譲る――そう申しております」
マリアの目が細くなる。
「……露骨な尻尾切りね」
「七大貴族会議は、開けそうかしら」
問いかけに、エンザは端末越しに首を振った。
「只今、全外交官を七エリアに派遣していますが……あまり芳しい返事は得られていません」
マリアは短く沈黙し、低く呟く。
「私が若輩者だから……舐められているのかしら」
「いえ、そんなことは……」
慌てて否定するエンザ。
しかしマリアは椅子から立ち上がり、端末の向こうの彼を見据える。
「ならば――私が動く」
静かな言葉には、確かな決意が宿っていた。
だが、エンザはすぐに首を振った。
「当主……」
その声には疲労が滲んでいた。
瞼には深い隈が刻まれ、連日の政務が顔全体を覆っている。
「国内も、先の事件で疲弊しています。
治めていた貴族たちも、随分と少なくなり……不安定です」
――鏡災事件。
それは秩泉の根幹を揺るがした大事件だった。
水鏡家、天御門家。
かつて秩泉の統治を担っていた名門が、次々と逮捕され、領地は空白となった。
中央から官僚を派遣したものの、独自の統治法が根付く地では土着貴族の存在がどうしても必要だった。
「そして……現状、国事を行う余裕がありません」
その言葉は、重く、静かに響く。
エンザは机に手をつき、かすれた声で繰り返した。
「……人材が、おりません」
それは単なる報告ではなく、長く政務を背負った者の吐息だった。
マリアは思案する。
「ならば――旧水鏡、天御門の者の中から……毒の少ない者を恩赦するしかないのかしら」
「現在リストを作成しております。暫しお待ちを」
「毒の少ない者……それは、毒を持っているということ」
マリアは窓の外を見つめる。
その瞳には迷いと覚悟が交錯していた。
エンザは静かに頷く。
「ええ……ですが、毒を持たぬ者など、貴族にはおりません」
「ならば、毒を制する者になるしかない」
マリアは机に手を置いたまま、静かに目を閉じた。
現状を打開するには――数年単位での人材育成が必要だ。
マリアはふと、答えが見える感覚を得る。
「……学院の拡充を」
思考が形になった瞬間、口が自然に動く。
「そして、官位の試験を大々的に行いましょう。」




