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深淵への招待

——天華、夜の高級街区。

煌びやかなホテルやバーが立ち並ぶ繁華街の一角。

出川 正はスーツの襟を軽く引っ張りながら、ため息をついた。

「はぁ~……気が重い。」

これから会う人物を思うと、妙な汗が背中を伝う。

彼は会員制の高級ラウンジへと足を踏み入れる。

ほどなくして、落ち着いた雰囲気のボーイが近づいてきた。

「お客様、こちらへ。」

出川はポケットから一枚のカードを取り出す。

それを見るや否や、ボーイは無言のまま案内を開始した。

エレベーターの扉が開き、出川が乗り込む。

ボーイがカタカタと階層ボタンを操作する。

表示を見ると、地下3階までのはずが——。

さらに下降していく。

出川の額に微かな汗が滲む。

——チーン。

静かにエレベーターが停止した。

「どうぞ、こちらでございます。」

「……ああ、ありがとう。」

出川はゆっくりと部屋へと足を踏み入れる。

そこは薄暗いが、一目で高価な品々が並んでいることが分かる空間だった。

磨き抜かれた装飾品、優雅な調度品。

それらが静謐な闇に沈む。

奥のソファーから、低く響く声がする。

「あんたは、やっぱり律儀だねぇ……時間ピッタリさ。どうだい、飲むかい?」

出川はその声にわずかに喉を鳴らす。

出川は夜の高級ラウンジの奥に進みながら、手のひらにじんわりと滲む汗を感じていた。

——この男、閑条 武。

天宮家に仕える三貴族の一人、境域討滅庁の副長官。

だが、その肩書きは形だけであり、実質的には庁を取り仕切る影の支配者とも言える男だった。

出川は深く息を吐き、ぎこちなく笑いながら口を開く。

「いや、今ちょうど医者に止められてまして……。」

嘘だ。

だが、この状況ではそう言うしかなかった。

「そうかい。」

閑条は、無骨な指で酒のグラスを軽く傾ける。

「いい酒なんだがな。」

大柄で筋肉質な男。

金髪のオールバック、そして顔の至る所に刻まれた無数の傷跡。

この男が戦場を歩いてきた証。

出川は目線を泳がせながら話題を変える。

「……あのような人事変更、良かったんですか?」

閑条は肩をすくめ、気にした様子もなく言った。

「あー、構わんさ。姫様のお達しだ。」

その言葉に、出川の顔がわずかに強張る。

「……姫様? まさか……。」

閑条は酒を一口飲みながら、静かに続けた。

「家は天宮マリアに付くことにした。いい加減、領土を離れるのもなぁ。」

出川は乾いた笑みをこぼす。

「ははは……龍珀の隣でしたね。」

閑条は軽く舌打ちする。

「そうなんだよ。あいつら、騒がしくてな。」

出川は眉をひそめる。

「龍珀が騒がしいなんて……。」

閑条はコップの酒を一気に飲み干し、口元をニヤリと歪めた。

「まあ、脱線したな。どうも姫様は華御門家と水鏡家が嫌いらしい。」

その言葉に、出川は内心戦慄する。

(……やばいな。)

閑条は大きな手を出川の肩にガシッと置き、目を細める。

「さぁて、これがうまくいけば——君は局長だ。」

出川は強張った笑顔を浮かべながら、ゆっくりと頷く。

「善処します。」

秩泉エリア《天華》——その中心にそびえる蒼穹殿。

白銀と蒼を基調とした壮麗な外壁は、まるで天がこの地に降り立ったかのような荘厳さを放っている。

神律が刻まれた壁面が整然と並び、余計な装飾を排した合理的な構造が続く——

まるで、この地に足を踏み入れた者の存在をも“秩序”という名の法に組み込もうとしているかのようだった。

蒼穹殿・宝物庫

この閉ざされた空間で、マリア、イリス、アイリス、霧音の4人が作業を続けていた。

「マリアちゃん、そろそろやめにしない?」

優は、かれこれ8時間以上の作業にうんざりしながら、本の状態で愚痴を漏らす。

「これチョーだるいんですからね。」

「マリア様、これなんてどうですか?」

イリスが一本の杖を取り出し、マリアに見せる。

「ダメね。前に見た能力だわ。」

「そうね……ここにはもうないみたいね。」

その言葉に、優はほっと息を吐く。

——三日間も続いた同じ作業が、ようやく終わる。

「早く元に戻して!」

その瞬間。

「——おやめください。」

どこからか声が響いた。

4人は一斉に身構える。

そこに現れたのは、マリアの面影を持つ30代前後の男。

息を切らしながら、堂々と両腕を広げる。

「やぁ、マリア。久しぶりだね。」

マリアの瞳が冷たく細められる。

「清明兄さま……。」

天宮清明——天宮家の当主の直系の兄でありながら、“レギス”にも“ヴァッサル”にもなれない、無能力者。

「マリア……。」

清明は困ったような表情で、苦笑しながら言葉を継ぐ。

「色々、やってるね。」

マリアは間髪入れず、冷淡に返す。

「適材適所にしただけですけど。」

清明は微妙な顔をしながら、話を続ける。

「いや、私の立場に……水鏡家や華御門家からいろいろと圧力が……」

「霧音。」

短く指示を出すと、マリアの手に小切手のようなものが現れ、彼女はサラサラと数字を書き込んだ。

それを霧音に渡し、清明へと手渡させる。

清明はそれを受け取り、満足した様子で頷いた。

「いいかい、水鏡家や華御門家にも——」

「失礼。」

マリアは一切の興味を示さず、冷たく言い放ち、振り返らずに廊下を歩き出す。

その背中に向かって、清明は焦りながら声を張った。

「先日、私にも娘が生まれたんだよ!もちろんレギス能力者さ!」

しかし——。

マリアの足は止まらない。

そのまま冷淡に言葉を落とす。

「あら、姪っ子にお祝いしましょう。」

振り向くことなく、そのまま歩き去った。


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