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空に涙

少し前――選手入場口。

「……あれ、ここ出口じゃないのか?」

 てっきり会場外へ出られると思っていた優の耳に、

歓声……いや、悲鳴が混じったざわめきが届く。


 嫌な汗が背を伝い、顔にもじわりと冷や汗が浮かんだ。

(まさか……)

 引き返そうと、くるりと踵を返したその瞬間。


「ほう、さすがだな」

 そこには、腕を組んだ龍伯星が立っていた。


「気配を消したつもりが……やはり貴様も気付いたか

あ奴らの企みも」

 何やら納得顔の星。


(え、何言ってんのこいつ……?)

 心の中で突っ込みながらも、反射的に優は口をついて出た。

「……当然だろ」


(ぎゃあああああ! なんでいつもの癖でカッコつけるんだ俺はっ!!)

 心の中で頭を抱える優に、星は満足げに頷く。

「ならば――行くぞ」


「えっ、ちょ、ま――」

 言い終わる間もなく、龍伯星の片腕が優の体を抱え上げる。

 次の瞬間、視界は地を離れ、猛烈な速度で空へと舞い上がっていた。


「あちょっとまってええええええっ!!!」

 優の悲鳴が、戦場の喧騒にかき消されていった。



そして

「楽しいな、久遠優」

そう低く呟くと、抱えられていた人物――それは涙目の久遠優だった。


(なんでこうなるん…

なにが楽しいじゃ、この戦闘狂が……!)

 涙目の優は、必死に「下ろせ!」と顔全体で訴える。


「ああ、そうだな……お主も戦いたいか。よかろう」

「え、いや、待っ――」


 その言葉を最後まで言わせず、星は空中で優を放り投げた。


「あひょえええええっ!」

 奇妙な悲鳴を上げながら落下していく優。真下にはアル・カーラが待ち構えていた。


 その瞬間――。

 カーラが優と目を合わせる。優には、その“顔”がはっきりと見えてしまった。

 酷く切なく、誰かに会いたいと願う表情。

 そして、年頃の少女のような可愛らしい声が、たった一言。


「あんた、嫌い」


 ――それは、優の存在すべてを否定する声。


 だが優は、それを気にしている場合ではなかった。地面は目前に迫っていた。

時折、

空中で平泳ぎのような動きをしては落下を必死で遅らせようとするが、

まるで意味がない。

「ひぎゃああああああっ!」


 カーラが魔力弾を放つ。しかし、優の目の前でそれは溶けるように消滅した。


 次の瞬間、優は人間ミサイルさながらに突っ込み――

「そうだ……受け身だ!」

あの特訓を思い出せ、目を隠し女官達の尻を撫でたあの動きを・・・・・

ぁいや違う・・・・

 そして案の定、頭と頭が豪快にぶつかり合った。


「ゴッンッ!」


 二人は同時に地面に倒れこみ、優はゴロゴロと転げ回って痛みに悶える。


一方のカーラは――なぜか、優がぶつかった部分が丸ごと消失し、

右半分の顔がごっそりと失われていた。


「はははは、いいぞ久遠優!」

 上空から星の声が響く。

「それではこの余興は終わりだ、貴様に龍の力見せてやろう」


空中で構えを取り全てが静止する

 その身を包む魔力が、龍気へと変わりゆく。

黄金に染まった瞳が光を放ち、神話の龍を思わせる威容を形作る。


「――天衝龍覇ッ!」


 咆哮とともに解き放たれた龍の奔流がカーラを直撃。

 瘴気が瞬時に霧散し、アル・カーラの姿は跡形もなく消え去った。


龍伯星の放った一撃が消えた後――そこには、ぽっかりと穴が空いていた。

 かつてアル・カーラが立っていた場所は跡形もなく、

底の見えぬ暗闇が口を開けている。


(……どこまでが底なのよ、これ)

 狐恋は思わず青ざめた顔をするが、声色は変わらない。

さすがはプロの進行役だった。

「星様、第六ブロックの勝者は……どうなさいますか?」

 いつも通りの調子でマイクを向ける。


「そうだな……」

 龍伯星は視線を穴から外し、口元に笑みを浮かべた。

「あの象嵐の怪我では続行は無理だろう。

ならば……最後に残っている奴が勝者だ」


 その言葉と同時に、星は視線を会場の隅へ向け――

 そこでは、未だ地面をゴロゴロ転がりながら呻く久遠優の姿があった。


 星はずかずかと歩み寄ると、

いきなり優の両手を掴み、ぐいっと高く掲げた。


「え誰ですかその幼児は???」

 狐恋や観客席からも、ざわ……と微妙なざわめきが広がる。


「こ奴こそ、秩泉のディヴァイン級――久遠優だ!」

 高らかに宣言されたが、会場には一瞬、妙な沈黙が落ちる。


 痺れを切らした星は、狐恋をちらりと見やった。

「……え~と、第六ブロックの優勝者、久遠優でーす!

 これでよろしいでしょうか?」


「うむ」

 あっさりと答えた星は、優をぽいと放すと、

そのままあっという間に貴族席へと姿を消した。


 狐恋は優に歩み寄り、小さな声で尋ねる。

「優さん、大丈夫なの?」


 優の頭には見事なたんこぶ。顔は涙目で、

情けないほど弱々しい表情をしている。


 その様子に、狐恋の中で何か庇護欲めいた感情がふつふつと湧き上がった。

「泣いちゃったかな……」

 そっと優の手を握り直す。


「第六ブロックの勝者――久遠優!」

 改めて高々とその手を掲げる狐恋。


「……泣いてないもん」

 優は小さく、しかしはっきりと呟いた。

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