災厄の擂臺
神器出現その衝撃で、猛攻をしていたミュラーが怯む。
そして、象嵐は神器を手に取り静かに構えた。
「――吹き飛べ」
扇が振るわれた瞬間、擂臺全体に嵐が巻き起こる。
風が唸り、刃が走り、ミュラーの異形の腕を切り裂き、瘴気を吹き飛ばす。
その嵐はまるで神罰のように、深紅の災いを浄化する力を宿していた。
観客席は息を呑み、狐恋はマイクを握りしめながら叫ぶ。
「出ました! 象嵐ペアの切り札――神器《芙風》!
この嵐は、ただの風ではありません!
瘴気を祓い、戦場を清める――まさに神の風!」
嵐の中で呻きながら、ミュラーは再生を繰り返す腕を盾にする。
しかし、その速度を上回る刃風が、再生するたびにさらに深く刻み込む。
「おのれ……小癪な!」
彼は更なる瘴気を集めようとする――。
その時、シュナイダーが眉をひそめ、低く呟いた。
「……やれやれ。これ以上は、だめだ、ミュラー」
次の瞬間、シュナイダーの手刀がミュラーの胸を貫いた。
「データも取れた。ここまでだ」
胸を貫かれたミュラーは、血を吐きながら睨み返す。
「貴様……ゴフッ……」
そのまま力尽きたように倒れる。
シュナイダーは、静かに手を挙げた。
「……棄権する。これ以上、醜くなる前に」
狐恋がマイクを掲げ、会場に響き渡る声で叫ぶ。
「勝者――象嵐&芙蓉ペア!!」
響き渡る勝者宣言。
だが貴族席では、龍伯星が目を細め、楽しそうに笑っていた。
「……何が出る?」
血だまりの中、倒れたままのミュラー。
切断された両腕の赤い石が、不気味に光を放ち始める。
やがて死体がバタバタと痙攣し、
途轍もない瘴気がミュラーの体から溢れ出した――。
一方その頃、優のいるはずの選手控室では。
「勝者――象嵐&芙蓉ペア!!」
というアナウンスに霧音が安堵し、優に話しかける。
「あの方たちなら、スムーズにギブアップが出来そうですね」
しかし、そこに優の姿はなかった。
「あれ……優様は?」
霧音が周囲を見渡すが、返事はない。
控室のテレビモニターでは、会場が異様な空気に包まれている映像が映し出され、
マリアたちは釘付けになっていたため、霧音の声も耳に入っていない。
その頃、優は――。
(冗談じゃない……逃げるぞ)
そう心の中でつぶやきながら、パタパタと速足で会場を離れようとしていた。
会場は騒然となる。
「馬鹿な……こんな現象、今までなかった……なんだこれは!」
シュナイダーが慌ててミュラーに駆け寄る。
「む……主そ奴に近寄ってもいいのか?」
象嵐が声をかけるが、
「いけません、象嵐……途轍もない何かが――」
扇から人の姿に戻った芙蓉が、鋭く制した。
死の淵に立たされたミュラーの脳裏を、過去の屈辱が駆け巡る。
何をしても、自分は評価されなかった。
理由は一つ――常に隣にシュナイダーがいたからだ。
貴公子然としたその男は、常に舞台の中心を奪い、称賛を浴びた。
戦場でも、社交場でも、女性の心を射止めるのも、すべてシュナイダー。
ミュラーは嫉妬に満たされ、やがてその感情は限界を超えていく。
――その時。
深紅の神印結晶《ヴァル=エシェル》、“ヴァルファナの涙”が反応した。
ミュラーの体はあり得ない形に歪み、
まるで魔法陣を無理やり肉体に刻みつけたかのような姿へと変貌する。
そこから途轍もない瘴気が溢れ出し、場を覆い尽くしていく。
その異様な気配に近づいたシュナイダーが目にしたのは――青紫色の手だった。
手は徐々に形を成し、一人の人間がそこから現れ始める。
瘴気を浴びたシュナイダーは、動けない。
その首元に、青紫色の手が絡みついた。
――「ゴキ」。
不気味な音と共に、シュナイダーの首はあり得ない方向へと曲がった。
そのまま、青紫の手は彼を優しく包み込むように抱え込み――飲み込んだ。
やがて、そこから現れたのは異様な存在。
蒼紫にゆらめく神文が織り込まれた外衣をまとい、
ジャラジャラと銀鎖が鳴る鋼の爪。
死人のように蒼紫色に染まった皮膚。
露出した体には、呪印とも読めぬ刺青が複雑に走っている。
その姿がゆっくりと観客の前に現れると、会場に悲鳴が響き渡った。
耐性の低い者はその場で失神する。
そして――“見えないわけではない”が、“記憶に残らない”顔がそこにあった。
象嵐と芙蓉は、本能的に恐怖を覚える。
控室でモニターを見ていたアイリスが、血の気を失いながら呟いた。
「……アレはまさか、報告にあった“ヴァルファナの影”――アル・カーラ……」
咄嗟にマリアは優の姿を探す。
逃げ出した優は。
――「よっしゃ、ここを抜ければ出口だぜ」
だが彼がヒョイと顔を出したのは、出口ではなく……会場の選手入場口だった。
(優は絶望的に方向音痴なのだ)
その直後、背後から影が覆い
――場内
アル・カーラが、この世で最も不快とも言える声を響かせた。
「ギャシャ――――」
その口から放たれたのは、無数の黒い魔力弾。
空間を裂くように至る所へと噴出し、会場全体を襲う。
象嵐・芙蓉・狐恋の三人は、象嵐が展開した結界によって何とか
直撃を防いでいた。
客席側も緊急防御の結界が展開されるが、魔力弾の衝撃で大きく揺れる。
「ちょっとちょっと! イレギュラー何とかしてー!」
涙目の狐恋は、ちゃっかり象嵐の結界に真っ先に飛び込んでいた。
芙蓉は風の魔法で迎撃を試みるが、相手の魔力弾は圧倒的に強く、
相殺しきれない。
さらにアル・カーラが鎖付きの鋼爪を振りかざし、象嵐へと叩き込む。
「守りながらでは……反撃が……ぐううっ!」
必死で耐える象嵐だったが、その結界がついに砕け散った。
直後、魔力弾が象嵐の巨体を直撃。
轟音とともに、その大きな身体が地面に沈み込む――。
沈み、完全に戦闘不能となった象嵐。
その無防備な身体へ、容赦のない魔力弾が雨あられのように降り注ぐ。
狐恋は恐怖に目をつむり、芙蓉は必死に象嵐を守ろうと身構える――。
だが次の瞬間、襲いかかっていた魔力弾がすべて吹き飛び、
空間に残っていた無数の魔力弾までもが、一瞬で掻き消えた。
視線を上げた観客と戦士たちの目に映ったのは、空に悠然と浮かぶ一人の男。
深紅の龍紋長袍をまとい、頭には目立つ二本の龍角。
しなやかな龍の髭を揺らし、その全身からは圧倒的な武威が溢れ出ていた。
――七大貴族の一人、龍珀星。
その左腕には何かを抱えている。
「楽しいな、久遠優」
そう低く呟くと、抱えられていた人物――それは涙目の久遠優だった。
(なんでこうなるん…)
優の心の声が、場の緊張感にそぐわぬほど切実に響いていた。




