禁忌の影、白銀の扇
龍武擂臺――第六ブロック準決勝。
狐恋がステージに立ち、
マイクを掲げて甘い声を響かせる。
「さぁ、誰が勝ち上がるのか――第六ブロック準決勝!
まずは、クラウゼヴィッツのシュナイダーペア、入場です♡」
ステージに現れたのは、
黒の軍服を纏い、金髪をふわりと揺らす貴公子――シュナイダー。
その前髪を軽く上げ、
美しい声で語る。
「先の戦い、象嵐は本気を出していなかった。
ならば――僕が本気を出させ、勝ってみせましょう」
その言葉に、会場の女性陣が一斉に叫ぶ。
「キャーーーーーーー!!」
「シュナイダー様ぁぁぁ!!」
狐恋は苦笑しながらマイクを向ける。
「さすが、素晴らしい意気込みですね♡」
だが――その瞬間、外から物騒な声が飛び込む。
「いやー!あの女狐、シュナイダーに何て声してんの!?」
「呪うわ、あいつ!!」
狐恋は聞こえないふりをして、
優雅にマイクを下げた。
そして――
会場が暗転する。
照明が光線のように走り、
ステージを切り裂くように照らす。
そこに現れたのは――象嵐と芙蓉。
白銀の装束に身を包み、
ゆっくりとした歩みで擂臺へと進む。
象嵐の額には雷紋が輝き、
芙蓉の銀糸の髪が風に揺れる。
その姿に、今度は男性陣が沸き立つ。
「シュナイダー許さん!!」
「叩きのめせ!!」
「象嵐!象嵐!!」
会場は、まるで男と女の代理戦争。
美と武、貴公子と重戦車――
その衝突が、静かに始まろうとしていた。
狐恋は、マイクを掲げて叫ぶ。
「さぁ、準決勝――開幕です!!」
龍武擂臺――最上段に構える貴族席。
金と朱で彩られた豪華な椅子に、
堂々と腰掛けるのは、ウーロンの主――龍伯星。
その表情は、常に楽しげ。
戦いの一つ一つを、まるで芸術鑑賞のように眺めていた。
そこへ、重厚な足音と共に現れたのは――象信。
雷紋を刻む巨体を地に伏せ、深く頭を垂れる。
象信の声が、深く低く響く
「主。先の戦い、竜春様にご無礼をして申し訳ありません。
お怪我を……」
星は、笑いながら手を振る。
「気にするな。それが戦いだ。
無様に負けた者に、貴様ほどの男が詫びなぞ不要だ」
そして、視線を擂臺に向けながら、
星は言葉を続ける。
「なにより――あれは貴様の息子か?
ははははは! いい戦士だ。
さらなる成長が必要だが、我の右腕として期待しているぞ、象信」
象信は、目を見開き、深く頭を下げる。
「ありがたきお言葉……若輩ですが、私の自慢の息子です。
いずれ、貴方様のお役に立てれば……」
星は、笑みを浮かべながら、
杯を傾ける。
「なに――この大会で我を負かせば、あ奴が主だ」
その言葉に、貴族席が一瞬、沈黙する。
「……くっくく。冗談だよ、象信」
だが、星の瞳は――冗談ではなかった。
その視線が、静かに動く。
擂臺の下――クラウゼヴィッツの陣営へ。
特に、ある一人に。
「ふん……何を飼っておる」
その声は、小さく、
だが確かに、警戒と興味が混じっていた。
貴族たちは、言葉を飲み込み、
場の空気は再び、戦いへと移る。
龍武擂臺
シュナイダーは静かに目を閉じ、ゆっくりと手を広げた。
その瞳に宿る冷たい光が一層鋭くなる。
「いくよ、シュピーゲルマーシャル――!」
呪文のように呟くと、周囲の空間が歪み始めた。
次の瞬間、シュナイダー自身の完璧な分身が実体を持って現れた。
続いて、隣にミュラーの分身も姿を現す。
その数は、次々と増えていく。
シュナイダーとミュラーの影が無数に拡散し、敵を包囲し、惑わせる。
このレギス能力は、
対象人物の“実体化された分身”を生成し、
さらに複数の“幻影”を同時に展開することで、敵を混乱させる。
分身は幻ではなく、
実際に触れたり攻撃を仕掛けることが可能な“戦闘用の実体”である。
一方、幻影は視覚的な撹乱を目的とした“虚像”であり、実体は持たない。
この二重構成により、敵は“どれが本物か”を見極めることが困難となる。
「これで、僕たちの真の力を見せてやろう」
シュナイダーは微笑みながら、分身たちとともに前に進んだ。
シュナイダーの分身たちが次々に姿を現すと、
観客席からは女性を中心に歓声が湧き上がった。
「きゃーーー、シュナイダー様!みんなのシュナイダー様よ♡」
狐恋はマイクを握りしめ、声を弾ませて実況を始める。
「おっと、先の海龍一家を倒したあの戦法が炸裂!
さあ、象嵐ペアはどう動くのか!?」
象嵐と芙蓉は慌てる様子はなく、冷静に対応する。
芙蓉が手を翳すと、風の魔法が舞い、
シュナイダーの分身たちを狙った全体攻撃を放った。
だが、それでも数は多く、なかなか消え去らない。
象嵐は大きく息を吸い込み、雷紋が輝く額を伏せると、
強烈な力を込めて吠えた。
「巨象伸躯!」
その声に呼応するかのように、象嵐の鼻がみるみる巨大化し、
黒鉄のような硬さと重さを帯びていく。
その巨大な鼻先がシュナイダーの分身たちを一気に吹き飛ばした。
大量の分身が一斉に消え、シュピーゲルマーシャルの幻術が解ける。
その隙を見逃さず、象嵐は巨大化した鼻でミュラーの分身を強烈に叩きつけた。
弾き飛ばされたミュラーの分身が地面に激突する。
そして象嵐は、その反動を活かして体勢を崩した
シュナイダーへ向けて猛然と突進するのだった。
すぐさま、残った分身を駆使して象嵐の猛攻を止めようと、
ミュラーが前に躍り出る。
その全身に魔力が纏い付き、空気が重く揺れた。
「ふん……ぬるいわ」
象嵐は低く唸り、巨大な鼻でミュラーを吹き飛ばそうとする。
だが――その瞬間、ミュラーの両腕が赤く染まり、
異質で異様な形状へと変貌していく。
肉と金属が融合したかのような、禍々しい生き物の腕。
その異形の両腕が、象嵐の巨体を逆に押さえ込んだ。
「……なんだ、それは?」
象嵐の目が鋭く光る。
すぐさま、芙蓉が象嵐を救うべく、魔力を一気に高める。
風の刃が放たれ、白銀の閃光となってミュラーの両腕を切り裂いた。
肉片が舞い、両腕が肩口から千切れる。
象嵐はその隙に体勢を立て直し、鼻を振りかぶって再び攻撃を繰り出す。
しかし――千切れたはずのミュラーの両腕は、
ぐじゅりと音を立てながら瞬く間に再生した。
場内に奇妙な沈黙が走る。
観客席からは息を呑む音が広がり、やがてどよめきに変わった。
再生した両腕の甲が破れ、
その奥に――どこかで見覚えのある、赤く輝く石が埋め込まれているのが見えた。
選手控室。
優の隣で試合を見ていたマリアたちが、驚愕の声を上げた
その石の名を、誰かが震える声で呟く。
「……ヴァル=エシェル」
かつてマリアたちを苦しめた――鏡災事件。
邪教ヴァルファナの使徒が操った、人造アブレーション。
その忌まわしい力の源こそ、《深紅の神印結晶・ヴァル=エシェル》だった。
控室で映像を見ていたマリアの表情が、鋭く変わる。
「……クラウゼヴィッツ家が、《墜王環》と繋がっていた……?」
彼女の声は低く震え、優も息を呑んだ。
場内――
「ミュラー! なぜそれを使った!?
ここでは使用禁止だと上官に言われただろう!」
「何を呑気な……シュナイダー、負ければそれで終わりだ」
ミュラーの辛気臭い顔が、狂気に染まる。
「それに……強者相手に、どこまで出来るか実験したくなった」
シュナイダーは額を押さえ、苛立ちを隠さず呟く。
「……やれやれ。貴様のせいで処分を受けるのはごめんだぞ」
象嵐の瞳が鋭く光る。
「貴様ら、その力は何だ……アブレーションのような……」
ミュラーは口角を吊り上げた。
「さぁてな――死ねい!」
次の瞬間、ミュラーの全身から、魔力……否、それは人々の胸をざらつかせ、
不快にする瘴気が溢れ出す。
両腕がうにょうにょと異様な生き物のように蠢き、
肉がねじれ、赤い石――ヴァル=エシェルが脈動していた。
肥大化した手に、薄く結界を纏わせた象嵐
ミュラーが猛攻を仕掛ける。
象嵐はその一撃一撃を受け止めながらも、内心で呻いた。
(くっ……奴め、スピードも力も桁違いに上がっている。
このままでは防ぎきれぬ!)
その瞬間――
象嵐と芙蓉の視線が交差する。
「……了解」
互いの意思は、言葉にせずとも通じた。
「こ奴は――ここで潰しておかねばならぬ」
「行くぞ、芙蓉」
「――神器!」
その声が、擂臺に響いた瞬間――
芙蓉の身体が光に包まれ、
風が渦を巻き、空気が震える。
次の瞬間、象嵐の目の前に巨大な白銀の扇が出現する。
それは芙蓉の身体が光に包まれ、武器へと変じた姿だった。
――芙風。
常に風を纏い、あらゆる風を意のままに操る、ミスティック級の神器。
その扇がひとたび振るわれれば、大気は刃と化し、嵐は敵を呑み込む。




