第六ブロック、象と紅
九京大武道会――大会二日目。
本日は、第四~第六ブロックの戦士たちが登場。
その中でも、最も注目を集めたのは龍武擂臺――第六ブロック。
第一試合。
「勝者――クラウゼヴィッツのシュナイダーとミュラー!
海龍一家、敗れる!」
オッズを大きく狂わせた逆転劇に、会場は沸き立った。
シュナイダーは、スラリとした体格に甘いマスク。
黒の軍服を完璧に着こなし、
戦闘中も冷静かつ優雅な立ち回りで観客を魅了する。
SNSでは「#シュナイダー様素敵」がトレンド入り。
女性ファンの黄色い声援が絶えない。
その隣に立つのは――ミュラー。
頬がこけ、目元に疲労の影。
貧相な体格に無表情な顔。
だが、戦闘ではシュナイダーの指示に完璧に従い、
地味ながらも的確なサポートをこなす。
その対比が、シュナイダーの輝きをさらに引き立てていた。
そして――第二試合。
狐恋がステージに現れ、声を響かせる。
「さぁ、楽しみになってきました!
第二試合は、紅一点――羅刃一家のご令嬢、竜春様の登場です!」
竜春は、
華やかな赤の戦装束に身を包み、
長い黒髪を高く結い上げた、一本の龍角と勝ち気な顔した美少女。
勝ち気な瞳には、羅刃一家の誇りと、
“誰かに認められたい”強い意志が宿っていた。
彼女のヴァッサルは――芳蓮。
中華風の装束に、桃色の飾り紐を揺らす少女。
小柄ながらも俊敏で、
主の命令を即座に理解し、
“舞うような魔法”で敵を翻弄する。
「こちらは、象信殿が推挙した実力派ペア!
レギス――象嵐!
ヴァッサル――芙蓉!」
狐恋が紹介する。
象嵐は象の獣人で、屈強な体格と白銀の戦装束が印象的。
額には雷を象った紋が刻まれ、その一歩ごとに地が揺れるような迫力を放つ。
芙蓉は、象嵐の従者。
狸の獣人で、耳に小さな象飾りをつけた少女。
観客席は、華やかな劉春ペアと、
重厚な象信ペアの対比に、期待と興奮を高めていた。
狐恋はマイクを掲げ、叫ぶ。
「さぁ、第二試合――開幕です!!」
竜春は、肩をいからせて闘技場に立った。
闘技場の石畳を踏みしめ、竜春は真っ直ぐに象嵐を見据えた。
「女だからって舐められてたまるか」
家族の反対を押し切り、この舞台に立ったのは意地だけじゃない。
婚約者である星に、
戦士として認められたいという願いが胸の奥で熱く燃えている。
対する芳蓮は、そんな竜春の背中を見ながらも、内心複雑だった。
――未来の妃を守れ。
長老からの厳しい言葉が耳にこびりついている。
軽々しく大怪我などされては堪らない。
試合開始の銅鑼が鳴るや否や、竜春が鋭く踏み込み、
低い姿勢から刃のような蹴りを放つ。
象嵐は片腕で受け止め、巨体を揺らしながらも微動だにしない。
そこへ芳蓮が回り込み、背後から突きを叩き込む。
「竜春、左肩下がってる!」
「わかってる!」
互いの声が短く響き、次の動きへ自然と繋がっていく。
劉春の蹴りが象嵐の膝を抉り、
芳蓮の掌打が胸板に衝撃を走らせる。呼吸も間合いも、
まるで長年組んできたように噛み合い始めていた。
その瞬間、象嵐の瞳がぎらりと光る。
レギス能力《巨象伸躯》
ずしん、と床を踏み鳴らす音と共に、
その鼻が異様な速度で膨れ上がり、長く、太く、
鋼の鞭のようにしなった。
掴みかけていた間合いが一瞬で崩れ、
芳蓮と劉春は反応する間もなく、その一撃に吹き飛ばされる。
石畳を滑る二人の視界が揺れる中、鼻先から放たれる圧が、迫る
「させるかっ!」
竜春は咄嗟に印を結び、足元から透明な結界が膨らみ立ち上がる。
巨力の一撃が結界を歪ませるが、割れない。
その隙に、芳蓮は低く息を吐き、風を巻き起こす。
突風が象嵐の鼻を押し返し、わずかな空間をこじ開けた。
二人の動きは、もう自然に噛み合い始めていた。
竜春が守り、芳蓮が間を作る――呼吸が、合う。
だが、その風に応じるように、背後から別の気配。
象嵐のヴァッサル、芙蓉。銀糸のような髪を靡かせ、扇を一振り。
彼女の周囲に立ち上る風が、芳蓮の風と激しく衝突し、
空気が爆ぜるような音が響いた。
象嵐の巨体が石畳を踏み割りながら前へと迫る。
その動きに合わせるように、芙蓉の詠唱が風を巻き起こした。
巻き上がった砂塵が視界を奪い、
劉春と芳蓮の足元を絡め取る。わずかな体勢の乱れを、象嵐は逃さない。
「行くぞ、芙蓉!」
「ええ、合わせるわ!」
巨腕がうねり、鼻先が地を薙ぎ払う。
芙蓉の風刃がその軌道をなぞるように走り、二人の退路を切り裂いた。
左に避ければ突風が押し戻し、右に飛べば象嵐の足が壁のように立ちはだかる。
前後左右、全てが塞がれる――息を呑むほどの連携。
竜春は一瞬、象嵐の間合いを掴みかけたが、芙蓉の風がそれを乱す。
芳蓮が魔力を練るも、その隙を象嵐の圧が潰す。
まるで巨象と嵐、その名の通りの連携が、二人をじりじりと追い詰めていった。
迫りくる象嵐。その背後で芙蓉が扇を翻し、水の奔流が迸った。
「くっ…!」
竜春は結界を展開し、水の衝撃を防ごうとする。だが、
押し寄せる圧は凄まじく、足が石畳に縫い付けられたように一歩も動けない。
(負けてたまるか…!)
歯を食いしばる竜春の耳元に、芳蓮の低い声が届く。
「竜春、私が前に出る…結界を解いて」
「策はあるの?」
「任せて。…いい、今よ!」
芳蓮の合図と同時に、竜春は結界を解いた。
次の瞬間、守るためなら、嫌われても構わない。
芳蓮は竜春の腹を蹴り上げ、その身体を安全圏へ押しやった。
芳蓮は、真正面から象嵐の巨体を受け止め――衝撃と共に、
無残に弾き飛ばされた。
「棄権しなさい、竜春…」
その言葉を最後に、芳蓮の意識は闇に沈んでいった。
「な……ふざけるなぁ!」
怒号と共に、竜春の力が爆ぜる。抑えられていた闘気が限界を超え、
象嵐に向かって拳と蹴りを叩き込む。
だが――「初めから、お前たちに勝ち目など無いのだ」
象嵐の声は冷ややかだった。
その身には、薄く輝く結界が纏われており、竜春の猛攻は一切通らない。
やがて象嵐は、両腕を巨大化させると
《巨象伸躯》
その巨掌で竜春の身体を左右から挟み込むように打ち据えた。
衝撃が脳天を突き抜け、竜春の意識が暗転する。
「勝者――象嵐ペアだぁ!」
狐恋の声が会場に響く。すぐさま表情を引き締め、
「急いで、竜春様の安否を!」
医療班が駆け寄る。
象嵐と芙蓉は観客の歓声に背を向け、静かに去っていく。
――未来の妃に、本気を出すことなど、
初めからするつもりはなかったのだ。
「会場の熱気はそのまま、次の試合に向けて高まっていく。その裏で――」
特別選手室・久遠優
試合場から離れた静かな控室。外では観客の歓声が絶え間なく響くが、
この部屋だけは時間がゆったり流れているようだった。
丸いローテーブルの上には、ペットボトルのコークとポテチ、
それに試合用の小物類。
そして、その傍らで久遠優は着替えの最終チェックをしていた。
今日の戦闘服は、天宮が用意した特別仕様。
黒地に金の細い刺繍が走るショートジャケットに、淡い朱色のプリーツスカート。
腰には細身の装飾ベルトが二重に巻かれ、小さな魔法具ポーチが揺れている。
ジャケットの背中には、秩泉の象徴である天秤の紋章が、
さりげなく縫い込まれていた。
足元は軽快に動けるロングブーツ。膝まで届く革の黒に、
金糸で模様が入っている。髪はいつもの団子ポニーテールではなく、
軽く編み込みを入れて後ろでまとめ、前髪には小さな水色の飾りピン。
鏡に映る自分を見て、優は眉をしかめた。
(……やっぱり可愛い系すぎないか?
これ、戦う服というよりステージ衣装だろ)
ため息をつきながら、テレビをつける。画面では犬の獣人コメンテーターが、
やたら楽しそうな声で実況している。
「さぁ休憩と治療を挟んで、シュナイダーペアと象嵐ペア、どちらが勝つか。
そして秩泉のディヴァイン級ヴァッサル、久遠優に誰が挑戦するのか楽しみですね!」
「えー……続きまして、なんともう第4ブロックのカマルとワヘドペアが早々に決勝ランド進出!
これは凄い! まさか……
第5ブロックはいまだに1試合しか終えてない! これは時間が掛かりそうですね」
優は、スカートの裾を引っ張りながら
(どっちが良い……痛くない方、話が分かる方がいい)と心の中で呟く。
普段は神に祈るなんてしないのに、思わず口から出てしまった。
「……ティアム南無阿弥陀仏」




