龍の檀上
九京――武道会初日。
三つの武道会場が並行して戦いの火蓋を切ろうとしていた。
第一ブロック:龍武擂臺
第二ブロック:神龍武会
第三ブロック:香口ドラゴンアリーナ
明日の二日目には第四~六ブロックが予定されており、
すべての決勝戦は、再びこの龍武擂臺へ集約される。
そして――第一試合。
ウーロンの支配者――龍伯星が、
まさかのシードなし参戦。
その瞬間、会場は満席どころか――熱狂の坩堝と化した。
「さぁ始まります、九京大武道大会!」
ウーロンのトップアイドル――狐恋が高らかに宣言する。
「我らがウーロンの主――龍伯星様の登場ですーーー!!」
星が擂臺に登場すると、
観客席は地鳴りのような歓声で包まれた。
深紅の龍袍が風に揺れ、
金の冠が陽光を反射するその姿は、まさに――武の王者。
「そして対するは、異国の戦教団――アル=ナジールから!」
狐恋の声が、会場を切り裂く。
「戦教師ゲール、そして――砂漠の蛇――アジスだーーー!!」
ステージに現れたのは、
白銀の戦装束を纏ったゲール。鋭い眼差しは飢えた狼のよう。
手には「聖書」に似た魔導典を携え、
光の術式を操る、アル=ナジールのヴァッサル
そして、彼の背後に立つ――アジス。
黒鉄の鎖を巻き付けた上半身。
肌は砂に焼かれたような褐色で、筋肉が浮かび上がる。
顔は目元から頬まで巻布で隠され、
露出された眼光は、まるで毒を含んだ獣のように鋭い。
頭に巻いた赤い砂布。
腰に下げた骨製の短剣。
背中には“サティエム”の信仰紋が刻まれていた。
その立ち姿は、狂信的な沈黙と殺気を併せ持ち
――まさに砂漠の蛇の異名にふさわしいレギス能力者。
レギスとしてのアジスの力は未知。
だが、その場に現れただけで、
観客は誰一人、呼吸を浅くした。
「異国……こんな化け物じみた奴まで……」
「星様、ほんとに初戦で戦うの!?」
「やばいよ……あの蛇、絶対人を斬ってる目してる!」
擂臺に立つ龍伯星は、
深紅の衣を揺らしながら、静かに目を細める。
「狂気か信仰か……その“力”、我に見せて見よ」
龍武擂臺の空気は、針の先ほどの隙間すら許さぬほどに張り詰めた。
ゲールが目を細め、低く呟く。
「噂は本当か。それとも、我らを舐めているのか――龍伯星」
星は微笑を浮かべたまま、静かに応じる。
「……ほぅ。ならば――試すか。」
その一言を合図に、
ゲールとアジスが同時に跳ぶ。
ゲールは魔導典の頁を展開。
式が空に広がり、光の円環が星の動きを捕捉する。
足場の生成、拘束陣、目くらまし――
細やかな術式が空間を制御する。
アジスは、その隙を縫って
右腕に巻きついた蛇文様が発光し、
彼の手の平には――蠢く毒液の球体が出現。
アジスのレギス能力――
その名は、《蛇神毒脈》。
砂漠で最も猛毒を持つ“紅砂蛇”の毒腺を、
霊式を通して精製・具現化する恐るべき異能。
その毒は、
接触だけで血液を凝固させ、
浸透すれば神経を麻痺させる。
トリッキーな軌道。
ゲールの式で星の足を止めたその瞬間――
アジスの毒弾が、猛蛇の唸りと共に一直線に飛ぶ。
星の左腕を毒弾がえぐり、
服布ごと、皮膚が黒く染まっていく。
観客が息を呑む。
「当たった……!?」
「ウーロンの主が……!」
アジスは勝ち誇ったように吠える。
「やったか――俺の毒にかかれば、貴様とて死は免れぬ!」
だが、次の瞬間。
星は静かに左腕の袖を裂き――
命中部位の血を絞るように抜き出す。
黒い血が、擂臺に滴る。
「……こんなものか」
星の声は、冷淡であり、
それ以上に――意識して“効いていない”ことを見せつける声だった。
「では――今度は我が行こう」
その言葉に、ゲールは肩を震わせながら呟く。
「やはり……レギスと契約なしでも力を使える――
噂は、事実だと。」
そう――
龍伯星は、“契約を持たぬ”にもかかわらず、
独自に魔力を操る、唯一無二で特異なヴァッサル。
龍武擂臺。
空気が焦げるような緊張のなか――
龍伯星の魔力が、
薄く、静かに、周囲の空間を染めた。
観客には“風が揺れた”ようにしか感じられない一瞬。
だが、擂臺では確かに何かが起きていた。
星がただ一歩、足を踏み出したその瞬間――
「――ッ!」
アジスとゲールの身体が、空を舞う。
その姿は、まるで見えない衝撃波に吹き飛ばされたかのよう。
ふたりは場外へと転落。
観客席は一瞬、静寂。
そして――爆発。
「うぉおおおおおおおおおお!!」
「なんだ今の!なにも見えなかったぞ!!」
「勝った……一撃で……!」
狐恋はぴょんと跳ねて擂臺に登場。
「勝者――龍伯星様ぁぁぁーーーっ!!」
彼女の声が響き渡る。
狐恋はマイクを星へと差し出し、可愛らしく微笑む。
「星様、勝利インタビューよろしいですかっ♡」
星はマイクを静かに奪い取り、
黄金の瞳を客席ではなく、擂臺の選手たちに向けた。
「……やはり面倒だ。
そうだ――貴様ら全員、まとめて来い」
客席「え?」
選手たち「え?」
狐恋「……は?」
一拍の沈黙を破るように、
星が拳を掲げ、高らかに宣言する。
「我がルールだ!
束にならねば――唯一、我を脅かすことすら叶わぬ!」
擂臺の選手たちはどよめき、
何人かが怒声を上げる。
「ふざけるな!奢るか龍伯!!」
「……面白い。乗ろうじゃないか!」
客席は大盛り上がり。
「w星様いけ!皆まとめてぶっ飛ばせー!」
「おおおこれは――バトルロワイヤルの予感ッ!」
狐恋はマイクを持ったまま困惑。
「……ちょっとぉ、開会式の“技と力の祭典”宣言は……
どうなってるの、星様……」
星は余裕の笑みを浮かべたまま、
袖を揺らしながら言い放つ。
「祭りとは、混沌あってこそ。
さぁ――始めようか」
龍殿の奥、かつて“優魔殿”と呼ばれた部屋。
ここは久遠優の私的空間であり、饅頭と女官達の楽園だった物。
だが今――その空間には、空気を読む美しき者たちが集っていた。
壁の対面にはテレビ。
そこには、武道大会の速報が日夜流れ続けていた。
早々に決勝へ進出した者もいれば、
深夜まで戦い抜いてようやく勝者が決まったブロックも――
画面越しにも熱狂が滲んでいた。
「やはり――龍伯星、噂通りの強さ」
アイリスが鋭く言い放ち、
手元の資料に指を走らせる。
「第二ブロックから勝ち上がった、あの覆面の二人……」
イリスが目を細める。
「どこかで見たことある気がするの。戦法も独特だったし」
アイリスが頷く。
「三ブロックの劉俊一家の劉章も、負けていませんよ」
霧音が追加情報を挟みながら、メモを取り出す。
その筆致は、完全に戦術分析家のそれ。
マリアは静かに言葉を重ねる。
「……龍伯星は、別格ね。
戦術の枠を超えて存在している」
この空間だけは静かだった。
知性が集い、戦術が練られ、未来が予測されていた。
しかし、その一方――
部屋の隅では、まったく違う空気が流れていた。
久遠優。団子ツインテール。床にタブレット。
そして――イヤホンから流れるのは、《魔法の煌めき》。
狐恋のキラキラした声に合わせて、優は
くねっと身体を揺らし、
キュッとポーズを決めて――
「魔法っ♡ きっらきっら~♡」
完全に現実逃避である。
周囲の誰もがテレビに釘付けなのに、
優だけが、狐恋のライブ映像と一緒に踊っていた。
(ひやー……偉いこちゃ……)
優は、画面の龍伯星が、選手全員を叩き伏せる映像を見て、
目を細め、現実を閉じた。




