表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/103

祈りと獣の聖地

九京――ウーロンエリアの首都。

二週間後に迫る九京大武道会に、街は浮かれていた。


酒場では、住人たちが声を張り上げる。

「やっぱ星様だろ!あの髭の揺れ方が違う!」

「いやいや、異国の実力者かもよ?アル=ナジールの双剣とか!」

「閑条の悪魔が出るって噂が……あれ、マジでヤバいらしいぞ」


子供たちも、路地裏で木剣を振り回しながら遊んでいた。

「我こそは龍伯星!閑条の悪魔退治してやったり!」


街の至る所で、ごっこ遊びが繰り広げられ、

屋台は増え、提灯が吊るされ、祭りのような熱気が街を包んでいた。


そして――その熱狂の中心にそびえるのが、


その姿は、まさに荘厳。


武道会場 ―龍武擂臺りゅうぶれいたい

その場に足を踏み入れた瞬間、誰もが言葉を失う。

円形を成すその闘技場は、直径およそ九百メートル。

黒曜石と龍骨石――魔力の流れを増幅・制御する希少鉱石――

で構築された外壁が、まるで生きているかのように静かに脈動している。


外壁にびっしりと刻まれた紋章群は、すべてが正しき血統にしか読めぬ古の文字であり、

魔力を媒介として結界を展開する構造となっていた。


天を仰げば、闘技場の中心上空に浮かぶ巨大な天蓋――

金糸で龍の紋章が織り込まれたその布は、周囲の魔力に応じて色彩を変化させる。

昼には蒼く、夜には深い紫へと染まり、空気にすら重厚な緊張感を漂わせていた。


観客席は三層構造で整然と設けられていた。

最上段に構えるのは高位貴族たちのための「貴族席」、

中央層には各地の武門――戦闘家系の末裔たちが座する「武門席」、

そして最下層には広く民衆に開かれた「民衆席」が広がる。

それぞれの階層には魔力遮断結界と音響増幅のレギス(術式)が組み込まれ、

どの立場の者にも公平な視聴環境が整えられていた。


闘技場の中央――

白銀の魔石を敷き詰めた床が、柔らかな光を反射してわずかに輝いている。

その下には大地の龍脈が走っており、

場内には“龍脈結界”と呼ばれる強力な防護術式が常時展開されていた。


ここは、ただの舞台ではない。

生半可な魔力衝突ではびくともしない――それこそが、龍伯が誇る「試しの聖域」なのだ。


巨大な柱には、ウーロンを含む七大エリアの紋章が一つずつ刻まれている。

天井からは龍の尾を模した精巧な金属装飾が垂れ下がり、

揺れるたび、風鈴のように澄んだ音を奏でた。

その音すらも、場の緊張を研ぎ澄ませる演出の一部に過ぎないのかもしれない。


そして入口――

高さ十メートルはあろうかという双扉には、

龍伯の威光を象徴する巨大な赤く燃える憤怒の紋章が刻まれていた。

この扉を開くには、四人の選ばれし“ヴァッサル”たちが同時に魔力を注ぎ込む必要がある。

それはまさに、神域に踏み入るための儀式。


その武道会場の最後の仕上げに、

土の魔法を得意とするヴァッサルたちと、

建築レギス能力者たちが奔走していた。


「西壁の魔紋、あと0.2度ずれてる!再調整!」

「地脈の流れが微妙に変化してる!床の魔石、再配置!」

「観客席の遮断結界、夜間モードに切り替え忘れてるぞ!」


彼らは24時間体制で、魔力の流れを読み、

地脈と空脈のバランスを調整しながら、

“戦いの神域”を完成させようとしていた。


そして、街の人々はその姿を見ながら――

武道会の始まりを、心から待ち望んでいた。

九京は今、祭りのように笑い、

戦のように震えていた。



ウーロンエリア――香口こうこう

ここは九京とは異なる顔を持つ、洗練された国際港湾都市。

混沌とした九京の喧騒とは一線を画し、

香口は秩序と美が共存する、静謐なる玄関口。


港には、ウーロンでは珍しい船影が多数、港に揃っていた。


その中でもひときわ目を引くのは――

白を基調としたアル=ナジールの船団。

船体には金糸で織られた祈りの文様「ティアム」。

帆にはサティエム教の神紋が輝き、

甲板には厳かな神官たちと、屈強な戦士団が整列していた。


その中で、ひときわ目立つ男――

大柄で筋肉質、浅黒い肌に深い堀のある顔。

「砂嵐の双剣」ワヘド。

彼は港に降り立ち、周囲を見渡しながら深く息を吸い込んだ。


「ここがウーロン……素晴らしい。これ程の都市、そして――

ティアムードですら少ない獣人達が、これほどとは……」


港の広場では、獣人たちが楽しそうに会話し、

荷物を運び、商談を交わし、笑い合っていた。


虎の耳を持つ商人が、鹿の角を持つ職人と握手を交わし、

鳥の羽根を持つ案内人が、魚鱗の肌を持つ船乗りを案内する。

まるで――人種の坩堝。


その光景に、ワヘドは目を細める。

「……ここは、獣人達の聖地かもしれないな」


隣で、細身で華奢な体に学者然とした衣をまとった男が、

早口で笑いながら答える。


アル=ナジール家副使・カマル。


カマルは、港の喧騒の中で目を輝かせながら言った。

「ははは、ワヘド。我々がサティエムの子ならば――

ウーロンこそ、獣人達の聖地なのさ」


その言葉には、ただの感嘆ではない。

彼の声には、歴史の重みが宿っていた。


かつて――

獣人たちは、世界のあらゆる地で差別と迫害を受けていた。

虎の耳を持つ者は「猛獣」と呼ばれ、

羽根を持つ者は「異形」と恐れられ、

角を持つ者は「呪われし者」として追われた。


彼らは、居場所を求めて流れ着いた。

この地――ウーロンの辺境へ。

だが、そこでも人間たちは牙を剥いた。

獣人たちを奴隷として扱い、

労働力として搾取しようとしたのだ。


その時――

絶望の只中、赤い稲妻の如く、一人の獣人が立ち上がった

彼の名は、龍黄りゅうこう


龍の血を引くと言われるその男は、

怒りを胸に、仲間たちを率いて立ち上がった。

彼は叫んだ。

「我らは獣にあらず!

我らは、誇り高き者たちだ!」


そして、彼は掲げた。

**憤怒のフンド・フラグ**を。

その旗は、赤く燃える炎の意匠。

獣人たちの怒りと誇りを象徴する旗だった。


龍黄は、襲い来る人間の軍勢を蹴散らし、

この地を――獣人の国と宣言した。

その声は、風に乗って世界へと広がった。


「ウーロンに、獣人の旗が立ったぞ!」

「龍黄が、我らの主となった!」

「そこには、差別も鎖もない!」


こうして、世界中の獣人たちが集まり始めた。

流浪の民は、ウーロンを目指し、

迫害を逃れた者は、港に降り立ち、

新たな命をここで育んだ。


港は広がり、街が生まれ、文化が交わり――

ウーロンエリアは、獣人たちの聖地として形づくられていった。


カマルは、ワヘドの横で微笑む。

「だからこそ、ワヘド。

この地に降り立つことは――」


港の空気は、潮の香りと香の煙が混ざり合い、

異国の者たちの足音が石畳に響いていた。


アル=ナジールの戦士団が整列する中、

カマルは一歩前に出て、声を張り上げた。


「諸君――聞いてくれ」


その声は、港のざわめきを切り裂くように響いた。

細身の体からは想像できないほど、力強く。


「我々がこの地に来たのは、ただの外交ではない。

ただの武の誇示でもない。

――願いを叶えるためだ」


戦士たちが顔を上げる。

ワヘドも、腕を組みながら耳を傾けた。


「ウーロンの武闘大会。

その頂点に立てば、龍伯りゅうはく――

この地の守護者にして、龍黄の血を継ぐ者が、

一つだけ願いを叶えてくれる」


カマルは、胸元のサティエムの紋章に手を添えた。


「我々の願いは――

サティエム教の布教の許可だ」


ざわめきが広がる。

それは驚きではなく、使命の重さに対する静かな共鳴。


「この地に、祈りの灯をともしたい。

争いではなく、信仰と知の道を。

それが叶えば、ウーロンは我々にとっても聖地となる」


ワヘドが一歩前に出る。

その瞳には、戦士としての誇りと、信仰への敬意が宿っていた。


「ならば――その願い、俺の剣で掴もう」


戦士たちが拳を握り、武器を掲げる。

港の空気が、熱を帯びていく。


カマルは微笑みながら、静かに言った。

「この地に祈りを。

この地に、我らの信仰を。

そして――この地に、未来を」


「ティアム」


こうして、アル=ナジールの一行は、

武闘大会へと歩みを進める。

その戦いは、ただの勝利を超えた――

信仰と誇りを賭けた戦いとなるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ