龍殿謁見、奔放なる器
龍殿の謁見の間。
天井高く、龍の紋章が刻まれた柱が並ぶ神聖な空間に、
秩泉からの使者が、慎重な足取りで進み出る。
使者は、ウーロン式の儀礼に則り、
膝をつき、両手を地に添えて恭しく頭を垂れる。
「龍伯公に謁見を賜りたく、秩泉より参上いたしました」
星は玉座の前に立ち、静かに言う。
「面を上げよ」
使者は「はっ」と返し、顔を上げる。
その表情には緊張と敵意が混じっていた。
「龍伯公に、我が主・天宮公との面会を願い出ます。
そして――閑条武様のご遺体の確認を……」
星は一瞬、瞳を細める。
そして、静かに口を開く。
「ふむ……使者殿。天宮との会談、それは我も――久遠優も望んでいる」
その名が出た瞬間、使者の背筋がわずかに震える。
「即急に合わすならば――二週間後に行われる武道大会に来られるといい。
歓迎しよう。祭りの場で、政治を語るのも悪くない」
星は体の向きを変え、背を向けながら言う。
「閑条武とアリーヌ……我も死体を探したが――見つからなかった」
その言葉に、謁見の間が静まり返る。
「くつくつく……」
星は含み笑いを漏らしながら、考え込む。
(あの状態で生き延びるか……いや、奴なら……)
星は振り返り、使者に告げる。
「勿論、あの場所の見分は秩泉に許可を出してやる。好きにしろ」
使者は深く頭を下げる。
「はっ、有難いお言葉。即急に事にあたります」
星は隣に控える偉丈夫――**象の獣人・象信**に命じる。
「天宮との面会は……ふむ、象信貴様が調整しろ」
象信は重々しく頷き、臣下の印を結ぶ。
「承知。天宮公との調整、我が責任にて行います」
秩泉の使者・前田仁が、最後に一歩踏み出す。
その声は礼節を保ちつつも、どこか切実だった。
「最後に――久遠優様にお会いしてもよろしいでしょうか?」
龍伯星は、少し困ったような顔を見せる。
眉を寄せ、口元に微かな苦笑を浮かべながら答える。
「好きにしろ……アレはいつもあれなのか?」
その何気ない一言が、
九京の官僚・貴族たちの間に驚愕の波紋を広げる。
官僚たちは顔を見合わせ、
「“アレ”とは……?」と心中でざわめく。
前田仁は、少し慌てながらも冷静に返す。
「わが天華でも――奔放なお方だと聞き及んでおります。
まさか、ご迷惑をお掛けしましたか?」
星は、歯切れ悪く答える。
「いや……まぁ……」
その曖昧な返答に、
官僚たちはさらに混乱しつつも、
“久遠優”という名の異質さを改めて認識する。
星は手をぶらぶらと振りながら、
謁見の間をゆるやかに退場していく。
「好きにしろ。これにて終いだ」
その背に、九京の官氏が声を張る。
「龍伯星様、ご退場――!」
銅鑼が鳴り響き、
謁見の間に荘厳な余韻が残る。
秩泉の使者・前田仁は、龍殿での謁見を終えるや否や、
急ぎ海条の政務室へと緊急連絡を入れる。
通信端末に応答したのは、天宮マリアの側近――アイリス
「わかりました……すぐ国境沿いに探知型の人員を回します。
わが当主との外交は、すぐウーロンに向かうとお伝えください」
その声は冷静でありながら、
事態の重大さを理解した緊張感が滲んでいた。
アイリスが続けて問う。
「久遠優の安否は?」
前田仁は、一瞬言葉に詰まりながらも、
苦笑を浮かべて答える。
「優様の安否ですか……ええ、大丈夫です。ご健康で……」
その言葉とともに、前田の脳裏に浮かぶのは――
先ほど龍殿で見た、奔放すぎる優の姿。
優は目隠しをしたまま、女官たちと戯れていた。
尻尾に手を伸ばし、目隠しのまま楽しげに言葉を発する。
「にょほほほほ!この尻尾は……釈娘かにゃ?」
女官が笑いながら答える。
「にゃーん、正解にゃ!優様すごい~!」
優は両手を広げて、くるくると回りながら叫ぶ。
「異世界ハーレムきちゃ♡」
緊急連絡を終えたアイリスは、
すぐさま政務端末を操作し、
国境沿いの探知部隊と外交班に指示を飛ばす。
その指先は迷いなく、
だがその瞳には疲労の色が滲んでいた。
政務室の奥から、静かに歩み寄る影――
天宮マリアが、アイリスの背にそっと声をかける。
「アイリス……あなた、寝てないでしょう?
あとは私がやっておきます。寝なさい」
その声は柔らかく、
けれども主君としての揺るぎない命令でもあった。
アイリスは一瞬、手を止める。
そして、振り返りながら、ほんの少しだけ微笑む。
「マリア様……ですが、もう少しやらせてください。
優の安否が確認できたとはいえ、
龍伯の動きはまだ不透明です。
外交班の配置だけでは、足りません」
その言葉には、忠誠と責任感、
そしてほんの少しの焦りが混ざっていた。
マリアはその言葉を聞き、
しばし黙ってアイリスを見つめる。
その瞳は、まるで母が娘を見守るような優しさと、
王としての冷静な判断力を併せ持っていた。
そして、静かに言う。
「……なら、あと一刻だけ。
それ以上は、私が命じます。いいですね?」
アイリスは深く一礼し、
再び端末に向かって指を走らせる。
外は夜。
政務室の窓からは、月が静かに照らしていた。




